11 勝ち抜き戦のはじまり
十四日の朝。
まだ空気が冷たい時間帯に、わたしはフード付きのローブを深くかぶって屋敷を出た。顔を隠すためだ。
先日の中央の立ち位置と、アレクサンダーの喉を裂いた一撃で、わたしの顔はそれなりに知られてしまった。
腰には、アレクサンダーが落とし、わたしが拾った杖を差している。
軽い。上質だ。握るだけで、魔力の通り道が整うのがわかる。あれを使いこなせていなかったあいつは残念だったな。
なんせアレクサンダーだから。アレクサンダーなんて名前のやつは、ろくなもんじゃない。
さて、勝ち抜き戦だ。
今日の形式は一対一。どちらかが降参するか、死ぬかで決まると執事は言っていた。
死ぬ必要はない。だが、殺しても構わない。
その選択権が、わたしにある。
受付を済ませ、賭け窓口に向かう。昨日と同じように、わたしは一戦目も二戦目も自分に賭けた。倍率はそこそこだ。
集団で上手く立ち回って勝った。そう思われているから。
だから、魔法士に剣が勝つことはない。そう判断されている。
控室に入ると、じろりと視線が刺さる。
全員が杖を持っている。
昨日までは剣と杖で明確に分かれていたが、今日は違う。全員が魔法使いだ。つまり、全員が訓練を受けてきた側の人間。
わたしは異質だ。
係員が入って来て、人数を確認する。
「全員揃っていますね。組み合わせは外の闘技場で抽選で決めます」と係員が告げる。
抽選。
公正を装うための儀式だな。
外に出ると、机がひとつ置かれていた。その前に、いかにも貴族然とした男と、ぶりぶりと太った庶民が並んでいる。
「これらの名前を書いた札を箱に入れます。順番に紙を出して対戦表に並べていきます。こちらの男性二人が順番で札を引きます。出場者の皆様は名前札を確認してください」と係員が説明する。
形式だけは整っている。
わたしは自分の札を受け取り、裏を見た。印がついている。
小さな、爪で引っかいたような傷。
偶然か? いや、偶然とは思わない。誰かが操作している可能性は高い。貴族席の意向か、運営の演出か。
だが気にしない。
それをもう一度机に戻し、お互いの名前札を確認しあう。公正さが前面に出ている。見事だ。
操作されているなら、それごと利用するだけだ。
札が順に引かれていく。
名前が読み上げられ、対戦表に並べられる。観客席はざわめきながらも、まだ熱は低い。
そして、わたしの札が引かれた。
対戦相手が読み上げられた瞬間、貴族席がどよめいた。
なんだ?
庶民席ではなく、上段。天蓋の下のあそこだ。
わたしはそちらを見上げた。ジョナサンの父親もいるだろうが、生憎とジョナサンの記憶の父親は後ろ姿だ。
だから、どこに父親がいるのかわからない。
じっくりと彼らを見る。彼らもわたしを見ている。どうだ。可愛いだろう! にっこりと笑って会釈しておいた。
どよめいたぞ。ジョナサンやるな!
わたしは一回戦、八試合のうち七試合目に組み込まれている。
つまり、ほとんど最後。これはわたしに不利。相手に有利なのだろうが、わけわからない。
見学していいと言われ、わたしは見学席に座る。
ここからが本番だ。まずは周囲の観察。
闘技場の砂は新しい。完全に入れ替えられている。
砂時計を見上げる。近くで見たい。
観客席は二層に分かれている。
下段は庶民。食べ物の匂い、酒の匂い、笑い声。混ざりたい。
上段は貴族。絨毯、椅子、天蓋。静かな目。俺の血を求める目。
庶民は血を求める。貴族も血を求める。
わたしの視線は、砂時計へ。
開始から終了までの時間を測る装置。
あれを壊せば、混乱は起きる。だが今は壊さない。時間管理は重要だ。相手の魔力消費、観客の集中力、審判の判断。すべて時間と連動している。
第一試合が始まる。
杖を構えた二人。距離は一定。開始の合図と同時に、詠唱。
真っすぐに飛ぶ、火の玉。
単純だ。
だが勝ち抜き戦では、観客は単純な破壊を好む。バトルロワイヤルよりも、明確な勝敗。
一人が防御を固め、もう一人が連射する。やがて、防御側の杖が弾かれ、腕に風刃が当たる。
血が滲む。降参だ。歓声。
審判が確認し、終了。
早すぎないか?
第二試合。
今度は長い。牽制、探り合い、牽制。
観客がざわつき始める。庶民は待てない。
だが、長期戦は貴族席が好む。技術の誇示、家の格。
わたしは両方を見る。
庶民席の波が下がる瞬間。
貴族席の身じろぎ。
この温度差が、盤面を動かす。
わたしの試合は七番目。
つまり、そのころには観客は疲れているか、あるいは熱しきっているか。
どちらに転ぶかは、前六試合次第。
わたしは砂時計の落ち方を観察する。
粒の大きさ。落ちる速度。
半分落ちるまでの時間。
だいたいの秒数が頭に入る。
七試合目。
相手は誰だ?
札の印が意味するもの。
わたしを目立つ位置に置くためか、それとも始末するためか。
どちらでもいい。
わたしはフードの中で、わずかに口角を上げる。
周囲の出場者たちも、お互いを観察している。
だが、わたしも観察する。この観察が賭けを有利にする。
全員を観察する。
歩き方。
杖の握り方。
なによりも杖を観察する。
指の震え。
視線の癖。
勝ち抜き戦は殺し合いではなくなった。
心理戦だ。
降参する兆候。
相手が降参するまで追い込むか、降参させずに殺すか。
選ぶのはわたし。
さて。見学と砂時計の観察は十分だ。
七試合目。
わたしが砂の上に立つとき、闘技場の空気はどうなっている?
冷えているか。沸いているか。
どちらでもいい。
わたしはその温度を利用する。
闘技場は円形。
だが、盤面は平面ではない。
観客、貴族席、賭け金、運営、そして対戦相手。
すべてが駒だ。
七試合目。
そこから、動かす。
今日は、殺すかどうかは気分次第だ。
だが勝つ。
それだけは、決まっている。
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