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後編

 私は記憶を辿り、昨夜の女の子が彼らの中にいないか、探した。

 女の子は2人いたが、どちらも違う。1人は太めで、もう1人は背が高い。何より雰囲気が違う。田舎育ちとはいえこの子らは現代風に垢抜けている。あんな時代遅れの服を着るような子ではなかった。




 その夜、私が執筆をしていると、スマートフォンが鳴った。編集部の私の担当からだった。


「どうですか、田舎の空気は? 星空は綺麗ですか?」

「ああ。なんとか調子が戻りはじめて来ましたよ」

「それはよかった。いい作品、期待していますよ」


 電話を切ると、私は苛立ち気味にスマートフォンをベッドに放り投げた。せっかく筆が乗って来ていたところだったのに邪魔された。

「見ろ。名台詞を忘れてしまったぞ」

 ラブレターを書いている最中に悪友から邪魔をされた貴族のイケメンのようにそう独りごちると、私は部屋をうろつき回る。


 集中力が途切れると、途端に落ち着かなくなった。窓を横目で何度も見る。今夜も白い手でそれをノックする物が現れるのではないかと、気が気でなくなった。


 しかし執筆への集中力が戻ると、私の心からは不安も恐怖も消え、時間も早く進みはじめる。現実にはどこにも存在しない登場人物たちが、私の目の前で言葉を発し、実在するように形を得、さまざまな感情に動かされて表情豊かに物語を作りはじめる。田舎へ来てよかった、スランプは脱した、と物語の裏側で思いながら、私が調子に乗って筆を進めていると、窓が一斉にノックされた。


 ドキリとして振り向くと、窓のすぐ外に無数の顔のない子供たちがいて、私のほうを覗き込んでいる。


「ちょうだい」と、同じ言葉を、各自不揃いに発しながら、ただそこに立っている。


「ちょうだい」


 たまにノックをする手はバラバラだった。窓に近い子が必ず叩くわけではなく、後ろのほうにいる子が前へ出て来てノックすることもあった。彼らは一様に、二昔ぐらい前の服装に身を包んでいる。


「やめろ」

 私は彼らから顔を背けた。

「やめてくれ。消えろ」


 すると窓を叩く手の音が無数に背後で起こり、激しくなった。


「ちょうだい」という声が不協和音のように重なり、私を圧し潰そうとして来る。


 私は立ち上がり、星型のチョコレートを段ボールごと持ち上げると、怒りをぶちまけようとする勢いで窓のほうへ向かった。顔のない子供らは黒い森を背に、悪霊のように蠢いている。私は窓を開けるため、音を立てて段ボール箱を足元に一旦置いた。その時に彼らの正体を確かめようと、一人一人の顔を確認しようと、目を凝らしたが、どうしても彼らの顔は暗闇に隠されていて、見えなかった。見えないというよりは、ないようにしか見えなかった。


「ちょうだい」

「ちょうだい」

「早くちょうだい」


 感情のない子供たちの高い声が私を急かす。私は勢いよく窓を開けると、入って来た無数の腕を押しのけるように、段ボール箱の中身を外へぶちまけた。


 彼らの動きと声が止まる。

 私の無礼な行為を詰るように、その場に突っ立ったまま、一斉に私をじろじろと見て来る。一様に黒い顔で、しかし蔑むように見られているのがわかった。私は窓を閉めてしまった。子供たちはそれを見ると、足下のチョコレートを一つも拾うことなく、背を向け、暗い森の中へ消えて行った。





 朝、窓の外に堆く捨てられたチョコレートの山を見て、私は後悔した。私は何てことをしてしまったのだろう。銀紙一枚に包まれて、バラで箱に入れられていた星型のチョコレートたちは、朝日に照らされ、しっとりと朝露に濡れていた。ティッシュで拭けば食べることに問題はないが、一度屋外に廃棄したものを、昼間やって来る子供たちに与える気にはなれなかった。

 あの顔のない子供たちと、昼間の子供たちに何の違いがあるだろう。昼間やって来る子供たちは顔が見えているという、それだけの違いではないか。いや、確かにもっと大きな違いはある。昼間の子供らはどこから来るのかがわかっている。名前も各自聞いたことがあった。夜の子供らは確かに何もわからなかった。人間であるのか、幽霊であるのかさえも。

 

 しかし、彼らは何も悪いことなどしてはいない。子供らしく、チョコレートを欲しがっただけなのではないか。


 なぜ、私は、夜の子供たちだけを、差別してしまったのかーー


 彼らは昼間の子と同じく、チョコレートを欲しがって来ただけではないのか。もしかしたら私の小説を読みたがってくれてもいたかもしれない。

 それなのに私は追い返したのだ。一方的に幽霊扱いして、害虫を払うように、段ボール箱を投げつけて。




 私はあの子らに謝罪したいと思った。星型のチョコレートはまだ机の引き出しの中に残っていたので、今度来たらそれを手渡しで1つずつ、あげようと思った。やって来てくれたらどこに住んでいる子なのかを聞き、名前も聞いて、ついでに私たちと同じ人間なのか、それとも幽霊なのかどうかも聞いてみたかった。

 しかし彼らは二度とやっては来なかった。




 私は都会のマンションに帰ると、それを引き払い、再び村へと戻った。

 これまでに貯めた金を持って、あの森からそう遠くない畑沿いの傾斜地に家を借りて住み着いた。

 あの子供たちに会えるとは思っていない。再会できたところで顔も素性もすべてがわからない。昼間に会ってもきっと気づかないだろう。あの夜の貸別荘で同じように再会するのでなければ。しかし、彼らに関する話なら、どこかで聞けるかもしれない。夜の森に出没する顔のない子供たちの噂話がどこからか訪れて来てくれるのを、私は待った。


 彼らが何者であったのかは、おそらく永遠に知ることができない。私はその歯痒さを原稿用紙に叩きつけるように執筆を続けた。元々登場人物の顔を描写しない癖のあった私が、詳しく顔を描きはじめた。


 私の小説の中で、表情豊かな子供たちが産まれはじめた。彼らは幸せそうに笑いながら、星型のチョコレートを手に、読む人々に丁寧に1つずつ、それを手渡しはじめる。




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― 新着の感想 ―
名台詞を忘れてしまったぞ > うわ、最悪。でもこういう事はよくあるよね。大抵相手に悪意はない。全くない。 この夜の子どもたちは先生の書いた小説のキャラクターだったのかな? 顔を描写しないキャラクター…
[一言] なんとなく分かる。 顔のない子どもたちの気持ち。 読んでもらった側が星形のチョコレートをあげるのも、面白い設定だと思った。
[良い点] >ラブレターを書いている最中に悪友から邪魔をされた貴族のイケメンのようにそう独りごちると、私は部屋をうろつき回る。 この描写、すごく好きです! それまで夜は非日常的な不穏感があったところ…
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