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生命のおとは、愛のうた  作者: みたよーき
第一章 旧王国領での闘い
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六、幸運のヘイコブ

 『幸運』のヘイコブは不幸である。

 不幸な偶然によって起きた、不幸な事故。

 不幸にもその事故に巻き込まれた彼は、不幸なことにその左腕の自由を失った。

 それでも彼はまだ闘士として十分戦うことが出来たが、不幸にも周りの目はその事実よりもまず、左腕が自由に動かないという部分のみを見て、彼を見限ったのだった。

 闘士とは、競技場で定期的に行われる賭け試合に出場する選手であり、ほぼルールなしの帝国市民権を得られる闘技大会とは違い、ルールに守られながら戦いを披露している。

 その収入は主に、自身への掛け金に比例する出場給と個人スポンサー料だ。勝利給は無いが、勝ちが増えれば掛け金も増え、収入が増える。しかし、色眼鏡で見る人々が彼に積極的に賭けるはずもなく、当然スポンサーも先が見込めない選手にわざわざ投資するはずもない。そうなれば当然、彼の生活は困窮へと向かっていった。

 そんな逆境でも彼は妻と息子の為に戦い続け、勝ちを重ねた。闘士として平凡だった以前よりもその数は多いほどに。

 だが、それは実力として正当に評価されなかった。

 人々は言った。「奴は、運がいいのだ」と。

 そしてその評判は、闘技大会の主催者達の興味を彼に向けさせた。

 帝国からの指示を受け大会を運営しつつ、裏では密かに介入し、そこから生まれた利益をかすめ取ろうとする者達。

 その目的を果たす為、大会を盛り上げる為の“生け贄”を探していた彼らに目をつけられたのだ。――不幸にも。

 

 そして、主催者側の陰謀は暴かれることなく、ヘイコブはこの舞台に立ち続けている。

 ここまでは、客に夢を見せ、大会を盛り上げる為のラッキーボーイとして。

 だが今は、主催者たちにとって気に食わない事態を打破する為の捨て駒として。

 主催者達は、予選を通して見てもその強さの底が知れないフィルを問題視していた。事実、準々決勝では守るばかりで客を白けさせ、攻めに転じたかと思えば盛り上がる間もなく決着をつけてしまった。

 それなりに戦えると踏んでぶつけたバルハでさえそれなのだ。決勝をそんな面白味の無い試合にするわけにはいかない。主催者達は保険としてここで当たるようにしたヘイコブを使い捨てることを決めた。

 ヘイコブの決勝トーナメント準々決勝は、不戦勝。対戦相手のファランドはその日の朝、風俗街の路地裏にて死体で見つかっていた。

 

 ヘイコブと対峙したフィルは、違和感を感じていた。

 ヘイコブの一番の特徴は、固定した左腕と一体化し、半身に構えた身体の大部分を隠すほど大きな盾。その見た目からは守りに重点を置いた戦いをするように思えるし、実際ここまではそのように戦ってきたはずだ。

 だが今の彼は自ら先手をとって動く。その戦い方は、一言で言うなら、ヒットアンドアウェイ、だ。

 それだけなら、そういう作戦なのだろうと判断することも出来る。

 だが、フィルが一番違和感を感じていたのは、積極的に打ち込んでくる相手から、殺気を感じられずにいることだった。さらに言えば、その目は何かを訴えかけようとしているようにも見える。

 そのため反撃もせず様子見に徹していたが、やはり気のせいとは思えないため、相手に付き合ってみることにした。

 すると、フィルの僅かな変化に気づいたか、ヘイコブはその表情に微か喜色を浮かべ、フィルだけがそれに気付いた。

 

 それからの攻防も、観客からはさほど変化したようには見えなかった。

 強いて言うなら、フィルがそれまで以上にやりにくそうにしているように感じるくらいか。

 その攻防の中でヘイコブがフィルに何かを伝えていることには誰も気付かない。

 「私」、「体内」、「爆発」、「魔鉱石」

 「家族」、「手紙」、「駅」、「東」、「小ロッカー」、「五十一」

 「鍵」、「君の」、「パートナー」、「預けた」

 「頼む!」

 ヘイコブは動きが単調にならぬように、盾を構えて突進したり、あるいは長剣を振りかざして懐に切り込んだりと変化をつけつつ、接近しつつも相手との距離を詰めたまま止まる時間を作らぬように注意しながら、一つ一つ単語を伝えていた。

 そして、そこまでを伝え、ヘイコブはそれまで以上に距離をとり、これで解ってもらえただろうか、そんな思いを視線に込めてフィルを見つめる。

 と、それまで防戦一方だったフィルが攻めに転じた。

 慌てて盾を構えるヘイコブ。

 フィルの短剣がその盾を打ち据える直前。

 

 ――引き受けた。

 

 そのフィルの言葉は確かにヘイコブの耳に届いた。

 

 ヘイコブは思う。

 主催者共は勝っても勝てなくても、家族に長く暮らせるだけの財を与えると言った。

 だが自分では、たとえ幸運を味方につけても目の前の相手には勝てないだろう。

 勝てないならば、自分にあるのは死のみ。

 自分が死ねば、奴らが律儀に約束を守るとは到底思えない。

 だから、思い残すことが無いと言ったら嘘になる。

 それでも、目の前の、自分の遺志を受け止めてくれたこの少年ならば、少なくとも今の自分が足掻くよりはまともな結果に家族を導いてくれるだろう。

 ならば、これ以上は必要ない。

 せめて最期に自分を利用した奴らにひと泡吹かせてやろう。

 

 ヘイコブは後方へ向き直ると舞台の端へ走り出し、体内の魔鉱石を暴発させるため、ありったけの魔力を流し込んだ。

 そして、舞台の端で、その身体は、閃光に包まれて――。

 

 『幸運』のヘイコブは不幸である。

 だが、彼は妻ミリアに出会った。

 息子ヘイスに恵まれた。

 彼にとっては、ただ、それだけで――。

 『幸運』のヘイコブこと、ヘイコブ・ラックマンの人生は、幸せであった。


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