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生命のおとは、愛のうた  作者: みたよーき
第一章 旧王国領での闘い

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五、深層心理の棘

 『不可侵』のバルハ、やはりその二つ名は伊達ではない。

 短剣を武器とする『残酷のフィル』が守りに徹し、まだ一度も攻撃できていないのを見て、観客達はそう思う。

 そして、その一方的に見える試合に、軽く落胆さえしていた。

 

 しかし、当のバルハの心に余裕は無かった。

 目視の難しい風魔術を使い、動きを制限した上で槍で仕留める。あるいは逆に、槍での攻撃を意識させて、風魔術でダメージを与えていく。それが彼の戦い方だ。

 だが、目の前の敵はこちらの攻撃を完璧に対処している。

 槍での攻撃は片手の短剣だけで受け流されているので、魔術でのフォローが無ければすでに手傷を負っているだろう。

 魔術での牽制を先行させても、意図を読み切られているかのように動かれ、その動きを誘導も制限もしきれない。

 相手は攻撃できないのではなく、しないだけなのではないか。そんな疑念も脳裏をかすめるが、その弱気を誘うことこそが相手の狙いだと自らを奮い立たせ、槍を振るい続ける。

 彼は今、崖の先端に踏みとどまって戦っているような危うい均衡を、その精神力で保たせていた。

 魔術とは魔法現象を発生させるための術式、あるいは方法論であり、その精度や威力は本人の資質の他、想像力にも大きく左右される。

 バルハは普段から槍術と魔術を同時に扱う自分自身のイメージを明確に持って鍛錬に取り組んでいるので、このギリギリの精神状況でも相手に決定的な隙を見せず、外から見たら優位に見えるほどに戦うことができてはいる。

 だがそれだけだ。この相手を打ち倒すには、足りない。

 集中力には限界があるし、その乱れはイメージの弱体化、ひいては魔術の弱体化に直結する。

 それ以前に魔力の消費が回復を上回っている今の状況が続けば、いずれ魔術を使えなくなるし、そうなった時点で終わりだ。

 このまま決定打を打てずにいれば、押し負けるのはバルハの方だということは、当人が最も解っていた。

 ならば、早いうちにリスクを負ってでも勝負に出る必要がある、彼はそう考えていた。

 

 対するフィルも、余裕があるわけではなかった。

 彼(対外的には男として振る舞っているため、ここは敢えてこう表現する)の持つ力の全てを使えば、この程度の相手なら制圧することは可能だ。

 しかしこれから先、帝国と事を構えるとなれば、少しでも多くのカードを隠しておきたい。そのため、できる限り短剣だけでこの大会を勝ち抜くことを自らに課していた。

 だが、バルハはそれを簡単に許すほどの弱者ではなかった。

 現に、フィルはすでに水魔術を行使しながら戦っている(とはいえ、予選決勝でも返り血などから身を守るために水魔術を使っていたのだが)。

 彼の本領は、その血筋に裏打ちされた高い水属性との親和性を生かした、水魔術だ。

 今、表面的には魔法現象が発生しているようには見えないが、彼は近くの大気中の水分を自らの感覚の一部とし、目視での対処が難しい風魔術を発動と同時に感知しているのだった。

 それでも魔力の流れなどから魔術を行使していることを見抜く者がいないとも限らないので、フィルは決着を急ぐ必要があると考えていた。

 

 そんな中、先に動いたのはフィルだった。

 いったん仕切り直しとばかりに距離をとると、牽制に放たれた風の刃を躱すと同時に短剣を時間差をつけて投擲。それと同時に次の短剣をその手にしながら一気に距離を詰めにかかる。

 投げられた短剣は風の壁に阻まれ勢いを失いかけるが、二投目の短剣に押し込まれて壁を越える。

 バルハがそれを咄嗟に首をひねって回避するのを視界の端で捉えながら、不完全な体勢から繰り出された槍の先端を左の短剣で軽く受け流し、さらに踏み込む。

 接近を阻むために新たに生み出された風の壁と、その壁の前に上から襲いかかる風の刃を躱すため槍の下に潜り込む、と同時に打ち据えられる槍の柄を右の短剣で防ぎ、相手の側面から左短剣による斬撃。

 その攻撃は僅かにかすり傷を与えたのみだったが、そこからさらに相手の側面、背後へ回り込むような動きを続けながら止めどなく斬撃を浴びせ続ける。

 均衡は崩れた。

 

 バルハは槍を全て防御に使いながら押し返す機を窺うが、フィルはそれを許さず、二人の距離は離れない。

 風魔術で強引に距離を離そうにも、元々相手に接近されないことを前提にして、なおかつ今までそれを実現し続けてきたバルハは、いざ接近戦となった今、想定していたイメージとのギャップを初めて思い知らされていた。そのため、槍を振るいながら無意識には魔術を使うことは出来ないでいる。

 フィルの休み無い攻撃は少しでも隙を見せたらバルハの身体に無数の傷を刻むだろうことが明らかなため、バルハは意識を僅かでもそらすわけにはいかず、もはや槍のみに頼らざるを得ない。

 この精神的な極限状態の中でバルハの感覚はすでにゾーンに入っており、鍛えてきた槍術もこれまでの限界を超えつつある。だがそれでも、防戦一方の状況を覆せずにいる。

 と、次の瞬間。

 フィルの身体が一瞬沈むような動きを見せる。

 そして、バルハはこの動きに反応した。

 ――反応してしまった。

 いや、それは反射と言うべき現象か。

 フィルの予選決勝の結末が、彼の脳裏に焼き付いていたが為に。

 彼が、男であったが故に。

 

 フィルがその身体を沈めた瞬間、バルハの身体は彼の意思とは関係なく、硬直した。

 全身、特に内股に知らず力が入り、腰が引けた。

 それは、決定的な隙。

 その次の瞬間には、バルハは顎を鋭く打ち抜かれ、膝から崩れ落ちていた。

 手の中にあった槍は、フィルによって遠くへ蹴り飛ばされる。

 会場に響き渡るカウント、観客の歓声と怒号。

 ――そして、試合終了の合図。

 激しく脳を揺さぶられたバルハはそのまま立ち上がることが出来ず、フィルの準決勝進出が決まった。


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