エピローグ
「待ちなさーい!」
大陸一美しい王城であると謳われるフィノレア城。
その廊下に、リサの声が響き渡る。
「やだよ! そんなフリフリ、リサが着れば良いんだ!」
「子供みたいなこと言ってないの!」
「ハッ、ハッ、ハッ!」
可愛らしいデザインのドレスを手にしたリサが、逃げるフィルを追いかける。その後ろを「僕も混ぜて!」と言わんばかりに追いかけるのはイレブンだ。
皇帝の名義でフィノレア自治領の復興計画が発布されてから十ヶ月近くが経った現在、城下町には、かつての国民をはじめとした移住希望者一千世帯近くが生活している。
まだ生活の匂いが疎らな街にはどこか寂しい雰囲気も残るが、王城の周りを中心に、明るさも生まれ始めていた。
そんなフィノレアでは本日、この新年を迎えた節目に、正式に帝国から自治領として承認される式典が行われることになっている。そのため、住人達のみならず、観光客なども集まった城下は二重の祝いを寿ぐ声で騒がしい。
そして――、
「ハァ、ハァ……。……まさか、イレブンがリサの味方をするとは……」
「ゼェ、ゼェ、ゼェ……、……ハァ。……良くやったわ、イレブン。そのまま押さえつけておきなさい」
「ウォン!」
別の意味で騒がしかった城内も、ひとまず落ち着いたようだ。
広い王城を数十分にわたって走り続ければ、さすがのフィルも疲れが隠せない。――座り込んだフィルの背中にのしかかり、勝ち誇った表情のイレブンは、まだまだ元気な様子だが。
そんな、謁見の間で座り込むフィル達の所へ、来客が現れる。
「おっ、こんなところに……、って、地面に座り込んで、何やってんだ?」
「ああ、ネクス、久しぶり。……リサに言ってやってよ。そんなドレス、ボクには似合わないってさ」
「ん? ……ああ、いや……」
何を想像したのか、僅かに顔を赤らめるネクス。
「ムッ! これは、私が着るドレスですぅー!!」
「えぇー……」
いきなり前言を撤回するリサに、フィルは理不尽な思いを味わうが。
「フィルはちゃんと、格好良い服を選んでよ!」
「え? うん。……よく分からないけど、助かった……。ありがとう、ネクス」
「あ? ああ? よく分からんが、どういたしまして?」
――すっかり平和を満喫しているフィル達だった。
「高度を上げると操縦者に影響が出るからな。かといって、低空飛行だとプロペラ音なんかが問題になるし、万が一事故った時のことを考えても人が住んでるところの上空は飛べない。だから、列車のようにキッチリ決まった航路を整備する計画が進んでる。その責任者を押しつけられちまったから、今は交渉のためにあっちこっち飛び回ってる。……飛び回る、と言っても、陸路でだけどな!」
「……相変わらず一言余計だね」
「うっせ」
「まあ、楽しそうで良かったよ」
「……まあな。マザーのシミュレーションは流石だし、航路の方はルゲシーさんも力を貸してくれてる。旧連邦全体が盛り上がって景気が良いし、俺自身は前と違って前進してる実感があるからな……、不本意な役職ではあるが、楽しいよ。……ま、こっちはそんな感じだ。遠くない内に、その関係で色々話をさせてもらいたいから、お前らも頑張ってくれや」
「空いてる土地は嫌になるほどあるからね。航路や発着場だけでなく、飛行機の工場建設とかの計画も考えておいて。景気が良いなら是非こっちにもお金を落としてもらわないと」
「……なるほど、俺が心配するまでもなく、頑張ってるようだな」
「まあね。不本意な役職だけど」
「ハハッ。お前の仕事に比べりゃ、俺なんて楽なもんだな。……ま、お前に恩を返せるように、俺も頑張るか。……じゃ、そろそろ行くわ。午後の式典、楽しみにしてるぜ。……お、そうだ。リサも、あまりフィルを困らせるなよ!」
「うっさい! とっとと行け!」
笑いながら去って行くネクスは、疲れている様子も見えたが、以前よりもずっと生き生きとして見える。充実した毎日を送れているようだ。
「この写真を見てくれ。イレブンも可愛いが、こいつも可愛いだろう。ファングと言うんだ」
フィル達の所に顔を見せたアーリカは挨拶もそこそこに、携帯端末で写真を見せる。
「猟犬として飼っているのだがな、つい過保護になってしまって、仲間達から怒られているよ……」
そう言って苦笑いを見せるアーリカだが、ファングが可愛くてしょうがない様子が隠しきれない。――ただの親バカだった。
「遺伝子操作されたモンスターの中には繁殖力が強いのもいてな、結構大きな群れを作っていたりするんだ。……そんなところへファングを飛び込ませるわけにもいかないだろう?!」
「分かったから、落ち着いて、アーリカ」
以前と比べて随分と羽目を外しているように見えるが、別段無理をしているわけでもなさそうで、意外とこれが彼女の本性なのかも知れない。
アーリカの話によれば、まだまだ『人類の牙』の活動に終わりは見えないようだが、彼女の表情には悲壮感はない。デインが頻繁に参加しているせいで組織全体の士気が高まっているそうだが、そういった事とは関係なく、アーリカにとっては何よりも可愛い相棒の存在が大きいのだろう。
「私も一応、王族の血を引いている人間だから、君の苦労も少しくらいは分かっているつもりだ。だから安易に、頑張れ、なんて言えないが……。もし、私に手伝えることがあったら、遠慮なく言ってくれ」
「うん。その時は、頼りにさせてもらう」
「ああ。……あと、えっと、その……。それとだな、君たち二人がだな、その、幸せになってくれたらだな、えーと、私も君たちの友として嬉しく思う……」
「フフッ。ありがと、アーリカ」
「リサ、笑わないでくれ。……フィルまでニヤニヤして!」
「笑ったのは、嬉しいからだよ。だから許してね?」
「リサの言うとおりだよ、アーリカ。ありがとう」
「そんな言い方をされたら、怒れないじゃないか。全く……」
短い間だったが命を預け合った仲間と、こうして穏やかな時を過ごすことが出来る。そんな今の尊さを、三人共が心の中で噛みしめているに違いなかった。
アーリカの後にも何人かの旧知と親交を温めたフィルとリサは、今は昼食後の静かな時間を二人で過ごしていた。
そこへ、二人の携帯端末が着信を知らせる。
「……あ、まただ」
「まただね」
二人に届いたのは、マザーからのメッセージ。
「可愛いのは分かるけどさぁ、こう毎日だと、ねぇ?」
そのメッセージに添付されているのは、赤ん坊の写真。マザーが無事に出産した、元気な男の子だ。
「アーリカもそうだったけど、マザーもかなりの親バカだよね。……まあ、気持ちは分からないでもないけど」
「あー、なんか、フィルはそんな感じする。実は娘とかに甘そう」
「リサは、教育ママになりそうな気がするなぁ……」
そんな軽い気持ちで口にした言葉の意味がじわりと理解されて、二人は見つめ合い、頬を染める。
「……まあ、そんな未来の為にも、式典のラストは成功させたいね!」
「……ねえ、リサ。やらなきゃいけないことなのは分かるけど、式典で、皆の前でやる必要はあるのかなぁ?」
「今更変更なんて出来ないわよ。それに、私たちの新しい門出なんだから、ド派手にいかなくちゃ!」
フィルとしては、憂鬱というか、単純に恥ずかしい。
だけど、皆がリサとボクの事を祝福してくれるなら、そんなに悪いことでもないか。――そんな風に思うフィルだった。
王城へと渡る橋とは離れたところに、もう一つの橋がある。その先、何もなかった海の上には、今は一段高まった舞台が現れていた。王城側から操作し、浮上させたものだ。その舞台の上には、王城を浮上させたものと似た装置がある。
そして今、その装置の前に、正装したフィルとリサがゆっくりと歩み寄る。
式典は滞りなく進行し、いよいよクライマックスを迎えようとしている。
これから行われるのは、未だ海の底に沈んだままの、研究塔の復活だ。
二人は装置に手を置き、見つめ合う。
王城を浮上させた時のように、もう片方の手を繋いだだけでは、研究塔は浮上しない。
フィルに向けて残された前女王、つまり母親からのメッセージに依れば、“より深い繋がり”がそれを可能にするらしい。
フィルとリサは、空いている方の手を合わせ、指を絡ませ合う。
そして、ゆっくりと、二人の顔が近づき――。
ゆっくりと開きながら近づく唇が、咥え合うように重なると同時に、耳をつんざくような歓声と、微かな振動。
そして、二人の背後に、海の中から、巨大な塔が天へ向かって突き出した。
その光景は、まるで愛し合う二人を祝福するかのよう。
――こうして、式典は無事に終わりを迎えたのだった。
こんないきさつ故に、この研究塔が後に俗称『キマシタワー』と呼ばれるようになったのも宜なるかな。
実はその塔の中は、個性的すぎるAIに支配され、独自進化したモンスターなども闊歩しており、後にフィル達はそこで大変な目に遭うのだが――、それはまた別の物語。
今はただただ幸せそうな二人の姿は、きっとどんな困難も彼女らの障害にはなり得ないのだろうと思わせる。
そんな二人の姿に照れた太陽が、この幸せな世界を、真っ赤に染めていた――。
―― Fin.――
この後にもう一つ、後書きを予定していますが、本編はこれで終了です。
もしよろしければ、ご意見やご感想を戴けると嬉しく思います。
最後までご覧くださり、ありがとうございました。




