十一、西へ
黒騎士を倒したフィル達は、もしかしたら気休めにしかならないかも知れないとは思いつつも、その残骸を近くの湖に沈めた。
隠し通路も確認したが、黒騎士がこちらへ来る際に潰していたようで、もう利用できそうにはなかった。
それらの作業を終えた後は、まずは旧市民街で情報を集めてきたネクスの仲間と街の外で接触。
「フィルさん、これを」
そう言って彼が手渡したのは、ゼノンの刀の鞘だった。
「あの家に火を放ったのはゼノンさんのようです。おそらくは黒騎士に後を追わせないためにやったのでしょう。辺りを探しましたが、見つかったのはこれだけでした……」
「……フィル……」
ネクスが沈痛な面持ちでフィルを見る。
「……ネクスさん、そんな顔をしないでください。ゼノンが……父さんが見つからなかったということは、むしろまだ生きている可能性が高いってことだとボクは思ってますから」
そう言って笑顔さえ見せるフィル。
(フィルだって不安が無いわけないのに、どうしてそんな顔を出来るんだろう?)
リサはこんな時にも拘わらずフィルが見せた笑顔に、そんな疑問と共に胸が締め付けられるような感覚を味わう。
「とにかく、次の刺客が現れる前にここを離れましょう。何かあれば旧連邦領のアジトで落ち合う手はずですし、父さんもすぐに合流できないのであればそっちを果たそうとするはずですから」
フィルは気丈にもそう言って、これからのことに目を向ける。
そして話し合われた、今後の方針。
まずは、明日まではゼノンを待つ。
同時にその時間を使ってネクスの仲間に同行者が増えた分の保存食を用意して貰うが、その際にはミリアも変装して街へ入り、帝国に口座を押さえられたりする可能性を考慮し、まとまった現金を手元に引き出すことにする。
そして、明朝から南西の森にある隠れ家へ向かい、既に用意してある旅に必要な装備や物資を回収。
そこからは旧国境でのチェックを避ける為にそこを迂回する形で中央山脈地帯寄りの森林の中を進み、西へ。
旧連邦領に入った後は、西部のミフラン州の山地内にある『自由の翼』アジトへ向かい、そこで暗号化されている盗み出したデータをデコードし、手に入れた情報を元に旧女王国への侵入作戦を立てる。
ひとまずは以上が当面の目的になる事を確認した。
続いて、アジトまでの行程の確認。
目的地までは直線距離でおおよそ二千五百キロメートルといったところ。
大陸北部を横断する寝台列車を使えれば二日で旧連邦領内の西部まで行けるが、今は逃げ場の無い密室に自ら飛び込むわけにはいかない。
なので徒歩で進むことになるが、見つかるリスクを回避する為に森の中を進むということもあって徒歩だけだと順調でも恐らく三ヶ月以上はかかってしまう旅路になる。しかし、森が終わってからも悠長に歩くのでは見つかるリスクが高まり本末転倒だ。そのため、できるだけ早く森を抜けてレジスタンスと接触し、車などで距離を稼ぎたいところだが、国境近くでは警戒網が強まっている可能性もある。
なので、森から国境を越えたら森を抜ける最短距離は念のため回避して、一つ先の州までは森の中を進み、そこでレジスタンスと接触してアジトへ可能な限り早く向かう、と言うことに決めた。これならよほどの不運が無ければ一ヶ月半もあれば目的地に到着できるはずだ。
物資を運ぶためのキャリアはモータでの駆動も可能で、ある程度の大きさもあるので、ミリアやヘイス、リサら旅慣れない人間は適宜その上で休んで貰いながら進むことにする。ただ、モータ動力は回生エネルギーの補助もあるが基本は太陽光発電のみなので、天候によってはそのプランも上手くいかない可能性はある。
物資も有限なので森の中では食料の現地調達も可能な限り行いたい。ただし、森の深いところには機械に囲まれた文化的な生活を嫌う人々が隠れ住む集落が点在するため、うまく出会えれば少しくらいの食料などは融通してもらえるかも知れない。
川や沢はそれなりの数があるはずだし、いざとなればフィルとリサは水魔術が使えるため、水の心配はなさそうだ。
――そんな話を聞いてミリアやヘイスはその表情に不安の色も覗かせていたが、リサは心配よりも楽しみの方が勝っている様子で、フィルは道中のことよりもそんなリサの様子の方にこっそり不安を覚えていたりした。
「僕に戦い方を教えてください!」
打ち合わせを終えミリアが仲間と共に街へ向かった後、フィルはヘイスにそう声をかけられた。
そのヘイスの表情からはその真剣さが窺える。だからフィルも容易に答えず、真剣に考える。
決して楽ではない旅の中で、さらに稽古をつけるとなると、彼の体力的な面で不安がある。
まだ若い、というよりも幼いとさえ言える彼には、自分の限界を見極めて自分にストップをかける判断力も求めるべきではないだろう。
そうなるとフィルが見極めなければならないが、人に教えるという経験の無いフィルには正しくそれを行える自信は無い。だから安請け合いはするべきではないと思う。
だが、森の中では帝国の追っ手が無かったとしても、動物や魔物と戦わざるを得ない状況も起こりうる。
突発的な状況ではいつでもフィルが側で守ってあげられるとは限らないのだから、彼の為を思うなら戦う術を身につけさせるべきだろう。
それに、その後のこともある。レジスタンスに保護されたとしても、平穏に暮らせる保証は無い。ならばやはり、彼には力をつけてもらう方が良いのだろう。
そこまで考えて、やはりフィルは自身の指導力に不安を覚え躊躇するのだが、そこで先ほどの戦闘のことを思い出す。
相手は左腕を失っていたとはいえ、あの黒騎士と戦って致命的なダメージも無くこうしていられるのは間違いなくゼノンのおかげだ。
自分の中にはゼノンの教えが息づいている。自分自身は信じ切れなくても、ゼノンを信じることが出来るなら、ヘイスにある程度のことは教えることが出来るのではないか。
何より、彼のあの目を見れば、その覚悟を無下にするわけにはいかないと思える。
そう思ったら、フィルも覚悟が決まった。
「……分かった。でも、厳しい訓練になるかも知れないよ? 辛くても諦めずについてくると誓える?」
「はい!」
迷い無く答えるヘイスに、フィルも全力で向き合おうと心に誓った。
翌日。
結局ゼノンは姿を現すことはなかった。ただ、焼け落ちた家からも人の遺体などは見つからなかった事が確認されたので、フィルに悲観する様子は無かった。
そして出発し、南西の隠れ家までは何事も無く三日目には到着した。
用意してあった諸々の物資などにも問題は見当たらず、一行は落ち着く間もなく西への旅路へと踏み出したのだった――。




