20
あれから二日後。あたしは生徒会室に来ていた。
生徒会室は、理事長室よりもはるかに狭い。どこかの準備室だった部屋を改造して作った地味な部屋。
窓があって、普通の机をいくつも集められて中央に置かれていた。
それからホワイトボードがあって、奥には大量の資料が収められていた。
放課後に、あたしはメールで呼び出されていた。
「南条、君は強引だ」
そこには険しい顔の葛西君の姿があった。
南条君は、相変わらずにこにこと爽やかな笑みを浮かべていた。
「どうしたの?南条君」
「ああ……桃香さん、こんにちは」
キュートな笑顔で、南条君が言うとやっぱりキュンと胸がしめつめられてしまう。
「ああ、えと……」
「理事長代理、分かりましたか?」
「ええ、このクラスの名簿を見て分かったわ」
「そうですか、南条」
「はい、じゃあ掲示板を開くね」
南条君は、目の前のパソコンを打ちながら画面を出してきた。
あたしは南条君の後ろに立っていた。
葛西君も眼鏡を抑えてあたしと一緒に南条君のパソコンを覗き込む。
グレーの画面は、学内ネットの掲示板の画面。いろんな投稿があって、いじめの項目を開いていた。
「ここの掲示板、僕が二年A組関連のものだけを集めたんだ」
「すごいわね、南条君」
「葛西生徒会長にも、協力してもらったから」
へへへっ、と無邪気に笑う南条君はとてもかわいかった。
その隣で葛西君はいつもながらに冷静な顔を見せていた。
「ここ」そう言いながら、マウスをクリックして一件の掲示板を開いた。
そこには、いじめに対する愚痴や叫び、嘆きがつづられていた。
誰にいじめられたかが、アルファベットで書かれていた。
――九月十五日、僕は、放課後にA男にいじめられた。いじめの内容は、突然の暴言を言われてロッカーに監禁。
九月十六日、私は、教室でB男にいじめられた。いじめの内容は、悪口を言われてロッカーに監禁。
そのあと、机に死ねとか落書き。
九月十七日、俺は、C男にいじめられた。いじめの内容は、靴を隠されてロッカーに監禁。
さらに翌日には、いやなことを言われて机にイタズラ書き――
「桃香さん……さて問題です。この掲示板を見て、何か気づきませんか?」
質問を出してきたのが、南条君。
そのいじめの掲示板を、注意深く見ていく。
いじめている人間は、みな違う。いじめられている人間も、みな違う。
時間はばらばら、だけどいじめが起きている時間はほぼ一日ずつずれていた。
そして、いじめている人間は別の掲示板でいじめられていた。
「いじめの内容は増えていない?」
「そう、増えている。それには、関連性がある。いいところに気づいたね」
「これって、つながっている?」
「そう、チェーンいじめ」
それを言ったのが、葛西君だった。
「チェーンいじめ?」
「うん、いじめられた人間が、別の人間をいじめている。食物連鎖の様に、このいじめはつながっている。
そして、そのいじめている人間にはもう一つ大きなものが絡んでいた。
それは、このクラスの欠陥で……」
「特待生がいじめていて、いじめられているのが一般生徒」
「そう、それがこのクラスの致命的欠陥。
自分側の生徒が責められていると、なかなか口にしにくい。ましてや生徒の責任を取る生徒会長ならなおさら。
わたしのいるクラスは、特待生と一般生徒の数がほぼ互角という欠陥なのだ」
葛西君は深いため息をついた。南条君は優しそうな顔で葛西君の顔を見ていた。
「まあね。特待生は、学校で何かと優遇されているし昔から仲が悪いんだよ。
特待生の数が少なければ、少数派で大人数になびくものも、数が近ければそうはいかなくなる。
それなのに、二年生までの全クラスは一般生徒と特待生が毎年同じ混合クラスになんだよ」
「それは、クラス分けが間違っているじゃない」
「そう、それが生徒会と部活会の対立を生む」
葛西君は、眼鏡の鼻あてを抑えながら真剣な顔で言ってきた。
「対立?」
「特待生と一般生徒は、元々仲が悪い。ひいきという差別が、そういう問題を生んだ。
それはある歴史も証明している。
根底には大きな事件もあったが、今はその件は関係ない話。
現在起きている、このいじめの対策をすることを考えないといけないね」
「そうだね、桃香さん」
南条君は、かわいい笑顔を見せていた。
静かな生徒会室の広告に、あたしはあるポスターを見つけた。
それは生徒会の葛西君を全面に押し出したポスター。
『NO部活会、乱暴な特待生を許すな』と書かれたポスターは、きれいな絵で描かれていた。
(あたしは理事長代理。だけど今はあたしの責任。
この問題は片づけないといけない、絶対にいじめられている人を救うんだ!)
それを見ながらあたしは、ぐっと力強く手を握った。
「じゃあ、話を戻すけどこのチェーンいじめの根本を探すのが解決方法だと思うんだ。
ならば、ずっと掲示板を追っていくと……これに行き当たる」
「『七月四日僕は、クラスの野球部にいじめられた。
暴言を言われた後、目の前が真っ暗になった。
脅された僕は、黙って従うしかなかった。きっと逆らった相手が、悪かったのだろう。
後悔してももう遅い。外に連れて行かれた後に、手を引かれて小屋に連れて行かれた。
それから、しばらくして狭い鉄の檻みたいなところに連れ行かれた。
手を離し、人の気配が無くなった僕は恐る恐るサングラスを取った。
そこはとても狭い空間。冷たい鉄の壁から、おそらくロッカーの中だろう。
そこに僕は数時間監禁された。そこはとても怖く、気持ち悪い匂いがした。
乗り物酔いのような嗚咽や、狭く暗い不安や恐怖と戦いながら。
監禁されてしばらくしたのち、僕は解放された。それは、とても怖い体験』」
「なんか、すごいいじめね。これって拉致監禁ってやつでしょ」
「そうだね、ヒドイよね」
「ねえ、葛西君。この野球部ってクラスにいるの?」
あたしが聞くと、葛西君は学ランの胸ポケットから生徒手帳を取り出した。
こういう姿を見ると本当にインテリ学生っぽいなぁ。
「うん、『麻生 英孝』。彼は有名人だよ。
麻生は特に二年生エースで、テレビの取材が来るぐらい有名だからな」
「本当に?それはすごいわね」
「天才、鬼才、未来のプロ野球選手、大リーガーも注目の日本人、彼の未来は明るい。
だから私が嫌いなタイプだ」
「嫌い?」
画面を見ながら、眼鏡の耳あての先端部分を右手でいじっていた。
葛西君はかっこをつけて、生徒手帳を胸ポケットにしまった。
「そう。天才だの、エリートだのチヤホヤされていつも自分の我が儘を通す、和を乱す人間。
天才なんかこの世界に存在しない。理事長、君だってそう思うだろ」
「え……南条君パス」
「はははっ、僕にふられてもね」苦笑いする陸上の天才、南条君。
「南条みたいならば天才は好感が持てる。だが、どこにでもいる天才は別だ。
脱線してしまったようだな。麻生はそう言った意味なら、野球部内だと王様扱いだろう。
他にも三人いるが、一人はマネージャー。しかも元マネージャーで二学期初めに転校している」
「それって……」
「ああ、そいつだろう。この掲示板の主だ。
そのあと、彼が別の生徒A男をいじめた。いじめたのが七月十八日、同じように監禁と悪口」
葛西君が掲示板を見せて、あたしは頷いていた。
いじめの手口はロッカーの監禁。場所は男子更衣室みたいだけど。
「なるほど、ここからチェーンがつながっているのね。
でも、それだと解決しているんじゃないの?転校だってしているんでしょ」
「それが、そうでもないんだ」落胆の表情を見せた葛西君。
「二学期に入って九月十二日、野球部のメンバーにいじめられた。担任にも相談したよ。
だけど、その時は「何とかする」って言って終わった。何も解決していない。
麻生は、野球部のメンバー連れていじめを見物している報告例も訴えたのに。
所詮部活の連中や特待生が大事なんだよ、この学校は」
「そっか……」
「頼む。僕たち生徒だとこれが限界だ。なんとか麻生にいじめをやめさせてくれ」
「わかったわ。とりあえず、麻生君がなぜいじめるかを調べる必要があるわね。
やはり、始めにいじめられた転校生をあたってみたほうがいいわ」
「それ……なんだけどね」
南条君が気難しい顔を見せていた。
立っていた葛西君が棚から、学校の生徒名簿を持ってきた。
「それが、転校した生徒の話が載っていないんだ。
彼が大阪出身で、今なお『在籍』の扱いになっていてよくわからないんだ」
「なんなのよ、それ?」
「つまりはこうだ」
葛西君が机の上に座って、眼鏡の鼻あてをいじった。
「転校した彼は、未だにこの学校に籍を置いていて、学校側としては彼を転校させた。
つまりは隠蔽だよ、学校側の隠蔽。問題があった生徒を隔離する、臭いものにフタをする」
「なんで?彼はいじめられて問題なんか起こしていない……」
「いや、いじめているさ。その件だけを取ったのだろう。
だから、部活の連中は差別される。だから天才は嫌いなんだ!」
葛西君の顔が、いつものクールから少し怒っているように目尻が吊り上って見えた。
「葛西先輩……」
「……すまない。この問題、麻生を何とかしないといけないから」
「ええ、もちろん。これだけいじめがあるんだから、解決しないといけないもの。
解決しなくていいいじめなんか、何一つないわ」
「さすがだね、僕ももう少し掲示板の方をあたってみるよ。
転校生の事とか調べないといけないね。それより、桃香さんはどうするんだい?」
「あたしは、野球部に行ってみるわ。その前に、行くところもあるけどね。
一度、本人にしっかり聞かないといけないから」
「そうか、少しだけ期待してもいいのですね」
葛西君は、なぜか恥らいながらあたしに言ってきた。
いきなりそんなこと言われて、あたしはちょっと顔が赤かった。
「理事長代理、顔赤い」
「えっ、そんなこと……ないから」
だけど、確かに手鏡を見たら赤いあたしがいた。
それを見て、最後はクールな葛西君が微笑んでいるのが見えた。




