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周りは既に真っ暗で秋の夜は底冷えして寒い。木枯らしも吹いていた。
教職員用の駐輪場は、理事長室の近くの階段を降りたすぐ先にあった。
ゆっくり歩きながら、携帯電話のメールを確認した。
(南条君からだ、うん)
あたしは歩きながら、メールを確認した。
『かわいい理事長さん、最近いじめもなくなりました。
これもかわいい理事長さんのおかげです、僕も練習に専念できます。本当にありがとうございました』
それを見ると寒い秋の夜も、あたしの胸は暖かかった。
何か仕返しがあった時、すぐに知らせるため。
だけど、彼のメールからはもう仕返しはないようだ。
彼は優しいけど内に秘める勇気ある人だ。
そんなメールを見ると、あたしの顔は自然とほころんだ。鼻歌まで流れちゃう。
自分の自転車を見つけるために、あたしが歩いていると奥から三人組が近づいてきた。
それはとても大きな男、顔を見て分かった。
末松君だし、隣の二人もラグビー部の生徒だ。
「末松君、あらどうしたの?」
「おい、お前よくもやってくれたな!」
「理事長代理だか何だか知らねえが、俺たちのやり方に口出しするなよ」
一人は、拳をボキボキと鳴らしてあたしに近づいてきた。はっきりと殺気を感じた。
これはまずいとあたしの第六感が働いて、足がすでに震えていた。
「親に言っただろう、お前!」
「あなたがいじめを認めないからよ!あんたたちのやっていることは、単なるいじめだから」
「いいや、そいつは違うだろ。『かわいがり』だって言っているだろ、な」
そう言いながら、末松は隣にある自転車を蹴とばした。
ギーンと激しい音を立てて、バシャンと大きな音を立てて自転車。
拳を鳴らした男は、三人で囲むようにあたしに近づいてきた。あたしは後ずさりするしかない。
「だったらお前も『かわいがって』やろうか?」
「それがいい、そうすれば俺たちのやっていることが正しいって分かるだろ」
「いいねえ、いいねえ。俺、久しぶりに女を抱きてぇ」
「俺が先だって、いいだろ」
「末さん、ズルイっすよ」
言い合う中で、あたしは隙をついて背中を向けて走った。
背を向けたあたしだけど、すぐさま背中に大きな体重がのしかかった。
「きゃっ!」あたしの背中が、強い力で押されて倒れていた。
「俺たちをなんだと思っている、全国制覇も夢じゃないラグビー部だぞ!」
うつぶせになって倒れたあたしの腰には太い両腕で、しっかり抱え込まれていた。
強い力で、女の子の力ではとてもはがれそうにない。
「くうっ、放しなさい!」
「さあ、かわいがりの時間だ。南条よりもかわいがってやろう」
ジタバタするあたしをよそに、不敵な笑みを浮かべた末松君。荒い呼吸があたしの後頭部にかかった。
そのまま、末松君は体を起こしてあたしの腰にお尻を乗せた。もう逃げられない。
恐怖が走った、あたしは怖かった。
もがいてももがいても、あたしの体は抜けない。男の力にあたしは、なす術がない。
(また、あのときの……)
脳裏に一瞬にして走り、暗闇で振り上げられた拳。あたしの恐怖がピークに達していた。
叫びたい、助けを呼びたい。あたしの頭でぐるぐると思考が回る。
だけど口は開いても、声は出ない。恐怖で声が、出なくなっていた。
(出ない……声が)
あたしは、心の底から恐怖を感じていた。
あの時みたいに、あの時と同じ、久しく感じなかった恐怖を。
自分という人間が、ぐちゃぐちゃになってしまうんではないかという恐怖を。
その瞬間だった。
あたしの背中が急に軽くなった。
振り返ったあたしは体を起こしてみると、体に乗っかっていた重りみたいなものが無くなった。
「えっ……」
そして、あたしの上に乗っかっていた男は宙に浮いていた。
そのまま、背中から男は叩きつけられて倒れていた。
あたしの足元には別の男の姿があった。彼がパンチを繰り出して、男を倒していたのが見えたから。




