小町のコンプレックス
騒動を聞いて駆けつけてきた衛兵に、なぜかエイラの代わりに冴木小町とレドリックのふたりが平身低頭で謝ることで、何とか許してもらえた。ただし、次は見逃さないという警告はしっかり頂いた。
「で、どういうことか説明してもらいましょうか?」
エイラの冷たいと言うより、怖い声が響き渡った。
ディフォルメされた猫の顔の形をしたテーブルと、肉球のクッションがついた猫の手の形をした椅子が、即席の被告人席になっていた。
被告人は黒猫姫こと冴木小町。
そして、それを問い詰める鬼検事はエイラである。
「わ、私がこの夢を最初に見たときなんだけど。あの…私がいたのが自由都市の広場で、そのふたりが決闘していた」
しどろもどろになりながら小町が言うのに、レドリックは夢を初めて見たときエイラと決闘したことを思い出した。
「それで、ふたりに気づかれる前に、急いでギルドを抜けて、そのままこの家に隠れていた……」
どんっと音を立てて、エイラがテーブルを叩いた。
「どうして逃げるの!?」
エイラの気迫に押され、小町はのけぞって目をウルウルさせた。
美人だが、美しいというよりカッコいいという言葉が似合いそうな小町が、そうしたか弱い面を見せるのに、レドリックは保護欲がうずきそうになる。
「だ、だって……」
小町は真っ赤になった顔を伏せて言った。
「恥ずかしいじゃないか!」
エイラはしばらく何を言われたのか理解できなかったように、きょとんとした顔になる。それからムッと不機嫌な顔を作ると
「いったい何が恥ずかしいのよ!?」
続けて「あたしだって、こんな格好を」と小声で続けたのをレドリックは賢明にも聞かなかったことにした。
「だって、私のような女がこんな格好しているんだ! おかしいだろ? 自分だって似合わないと思う。
でも、いいじゃないか! 好きなんだから!
ああ、私はこういう可愛いものが大好きなんだ! それなのに家が古流剣術の道場だからって、周りのみんなは私に対して変な偏見をもってるし! 剣術やっていたら、可愛いものが好きじゃいけないのか?!」
一度口にしたら、それまでずっと押さえ込んでいたものが噴き出したのか、小町は一気にしゃべりだした。
「私だって、できれば可愛い服を着たり、ニャン子とか可愛いヌイグルミが欲しい! それを勝手なイメージで、ずっと押し付けられてきたんだからな!」
「ったく、そんなくだらないことで……」
「なんだと! おまえにはくだらないことだろうけど、私には切実な問題だ! エイラは、ゲームでも夢でも変わらないな!」
「それで、何でゲームにまでログインしなくなったの?」
「……! そ、それは」
小町は、レドリックの方をちらりと見やった。
「翌日、学校で…その…レドリックがいたから」
「はぁ?」
「だから、あの時はまだ、ただの夢だと思ってたんだ! それなのに、学校で夢の中に出てきたレドリックとそっくりな人間と会えば、驚くだろ?!」
レドリックは、あっと思った。確か初めて夢を見た次の朝、下足箱のところで自分を見て小町が驚いていたことがあった。
「これでは、ゲームのやりすぎで現実とゲームの区別ができなくなった、おかしな人ではないか! そう思って、しばらくゲームを自粛しようとしたんだ。それなのに夢は毎晩見るし、そのうちこの夢に出てくる人間が現実にいるなんて言うじゃないか! それで私は……」
放っておくと、どんどん落ち込んでいきそうな小町をどう扱えばいいか困り果てているレドリックの耳元で、いきなりエイラの声がした。
『エイラからのささやき:レドリック、フォローしなさい』
良く見ると、エイラは小町から口許を手で隠しながら、こっそりとつぶやいて「ささやき」を送っていた。
『エイラへのささやき:ど、どうやってさ?』
『エイラからのささやき:っもう。いいから、あたしの言うことを繰り返して言いなさい』
「えっと……いいかな、小町さん?」
「あ、うぅぅ……」
レドリックに声をかけられ我に返った小町は、とたんにまた小さく縮こまってしまう。
それに困ったレドリックは助けを求めてエイラに目をやるが、逆に「早くしろ!」と催促されてしまった。仕方なく覚悟を決めると、
「俺は小町さんが言うほど、似合わないと思わないけど?」
「…え!? あ…う…そ、そんなお世辞なんていらないからなっ!」
お世辞でも嬉しかったのか、顔を真っ赤にして、もじもじと身体をもだえさせていた。
「それじゃあ、小町さん。俺のこの鎧姿はどうかな? 俺って身体が筋肉質じゃないから、不恰好でしょ?」
相変わらずエイラは人がひそかに気にしていることを的確に突いてくるな、という思いを内心に押し込め、レドリックは言った。
「そ、そんなことないと思う。結構似合っていると思うよ!」
「そうかなぁ? お世辞じゃないの?」
「お世辞じゃない、お世辞じゃない。本当にそう思っているから!」
真剣というより、必死な表情で力説する小町。見た目から、レドリックはもっと凛とした態度の女性かと思っていたが、こうして実際に話してみるとどこか子供っぽい仕草が多い。外見とのギャップから、つい「かわいい」と思ってしまう。
そんな心の内を見透かしたエイラの冷たい視線を頬に感じ、レドリックは空咳をして取りつくろってから、言葉を続けた。
「えっと、それなら、小町さんも同じじゃない?」
「同じ?」
「うん。ほら、自己評価ってついつい厳しくしちゃうでしょ? 自分じゃ似合ってないと思っていても、実はそれほどでもないってことさ」
「え。でも、そんな……」
「確かに、小町さんにはその衣装は派手かもしれない」
ちょっと嬉しいそうだった顔が、とたんにしゅんと暗くなる。
「でも、かわいいにもいろいろあると思うんだ。たとえば、え? ま、マジカル・キュート?」
突然、小町が目を輝かせて、テーブルの上に身を乗り出してレドリックに詰め寄った。これが漫画やアニメだったら、目の中に星が輝いているような表情だ。
「レドリックも、し、知っているのか?! 『まじかる☆きゅ~と アイナちゃん』を!」
そんな顔の小町に、とてもじゃないが「知りません」とは言えないレドリックは口ごもるのをごまかしながら、こっそりとエイラに「ささやき」を飛ばす。
『エイラへのささやき:なんだよ、マジカル・キュートってのは?』
『エイラからのささやき:今、女の子から大きいお友達に大人気の魔法少女アニメ。教えて欲しければ、後で教えるから今は続けて』
「その『マジカル・キュート』のヒサメちゃん? みたいな、かわいさもあると思うんだ」
「そうか! レドリックはわかっているな! 私も氷雨ちゃんはかわいいと思う!」
「えっと…ヒサメちゃんは、かわいいだけじゃなくて、カッコいい?」
小町は両手をギュッと握りしめると、力説する。
「そう! そうなんだよ、レドリック! 氷雨ちゃんはクールなんだけど、そこがまた可愛いいんだよ。それで、可愛いからなおさらクールなのがカッコいい!」
「だからさ、小町さんもそういう可愛いくてクールなのを目指したらどうかな? そっちのほうが似合うと思うんだけど」
まるで暗闇の中で光明を見つけたように、小町の顔がパァッと輝いた。
「そうか! そうだな、うん。――確か、グイネグスの法衣のトップスの形状が似ていたな。あれを青く染色して、それからボロックスの法衣のズボンと組み合わせれば……! できる、できるぞ!」
装備の外見にはさほどこだわらないレドリックには理解の外だが、小町は自分の思い描く理想のファッションを目指して楽しそうに語っていた。
小町はやおらレドリックの手をつかむと、激しく上下に振り始めた。
「ありがとう、レドリック! 私が狭量だった! 可愛いにもいろいろ種類があるんだ。私に似合わないと思って諦めず、私に合う可愛さを求めるべきだったんだ! ありがとう、ありがとう!」
なんだかすごく感謝されているが、すべてエイラの言った言葉を反復しただけなので、レドリックは複雑な心境だった。
小町に腕を振り回されたまま、苦笑いを浮かべるレドリックの耳に、ささやきが届いた。
『エイラからのささやき:コンプレックスが強い女ほど、そこをついてやればチョロイもんね』
このときほどエイラが怖いと思ったことはなかった。




