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東京戦争 ~the end of world~  作者: 紅月雪夜
4/13

~道化と華と~ phase4

「相変わらずえげつない布陣ですね。まあ、このくらいはしてもらわないと困りますが」



車輌を降りて20分後、すでに皇宮の敷地内に足を踏み入れていた。布陣は完璧、ではなかった。一本だけ皇宮に至る道筋が残っていた。



「なめられたものですね。やってみろ、ということですか」



皇宮内の警備は皇宮近衛と皇族親衛隊によって完璧に固められていた。おそらくもう通ってきた場所の警備も完璧だろう。つまり、私がここに来ることを見越していたわけだ。ここまではサービス、後は容赦しないという意思表示。



「皇宮内の布陣は完璧、ここも時間の問題」



しかし…



「まだ、甘いですよ?」



彼は行動を開始する。










「何かありましたか?」



侍女に聞いてみる。答えは、何も聞いていない、ということだった。もっとも何かあれば親衛隊が確認に来て、この部屋に張り付くはず。扉の外には居てもこちらに来ていないのなら何もないのだろう。



しかし、ほんの少しだけ雰囲気が変わっていた。彼が来ている。直感的に思う。それは嬉しいことでも、哀しいことでもあった。



ふわりとした、春めいた風が入ってきた。



「気持ちのいい風ですね」



思わず目を細める。



「もうすっかり春ですね」



そう言いながら、侍女は下がっていった。



「あの子も、もう少し気付かないとね」



窓は、閉まっていたはずだった。風が入ってくることはない。



「あなたもそう思わない?」



いつの間にか開いていた窓に向かって問いかける。そよ風ではためくカーテンの向こうから、懐かしい顔が入ってくる。漆黒の制服はあの頃のままだ。お互いに6年ぶり。今の私を見てどう思うか。



「おや、あの方は私に気付いていたのですよ?恐らく、ですが」



それは意外だった。そうすると気を利かせてくれたのか。あの子に対する認識を改めないといけないな。



「そう?それにしてもまた無茶をするものね。最高警戒レベルの皇宮に侵入するなんて、まともじゃないわ」



ああ、やっぱりだめだ。彼の顔をまともに見られない。彼の視線から逃げるように玉座の方へ移動する。彼はきっと覚えてはいない『約束』がよぎる。







彼と初めて出会ったのは確か18の時だ。国家皇族警務隊への出向でこちらに来ていた。その時の私はえらく反抗的で、恥ずかしいくらいに子供だった。



私は天皇の子供として扱われていたし、そういうものだと思っていた。ちょうどその日は何故かむしゃくしゃしていて、誰彼構わずわがままを言ったり、当たり散らしていた。



そんなときに彼は来た。当然、わがままを言って困らせてやろうと思った。だから無理難題を吹っ掛けた。だが、彼の反応は他の誰とも違っていた。



「それを叶えて、貴女は満足なさいますか?」



頭をばかでかいハンマーで横殴りされたかのような衝撃だった。今までの人間は『天皇の娘』の機嫌をとるのに必死だった。でも彼は『天皇の娘』ではなく私を『一人の人間』として見ていたから。そんな人は、今まで誰一人いなかった。だから、腹もたったけど、言い返せなかった。



「貴女が満足しないのなら、意味がありません」



見透かされていた。その上で、対等に見ていた。そんな彼に興味を持った。



「時間が空いているときでいいから、話相手になって」



私は顔を真っ赤にしていたに違いない。そんな私を見て、彼はうっすらと微笑んでこう言った。



「どのくらい時間が取れるかは分かりませんが、喜んでお供致します」



その後、彼は少しでも時間が空けば訪ねてきてくれた。父である先代が亡くなり、即位して彼が離隊するまでほぼ毎日。いろんなことを聞き、話した。それが約3年。



あとで知ったことだけど、彼の出向期間は6ヶ月だった。元の部隊に戻ってもわざわざ許可を取ってまで来てくれていた。



彼と最後に会ったとき、離隊すると告げる彼は少し寂しそうだった。そして彼からこう告げられたのだ。



「刀の話は以前しましたね。預かって頂けませんか?」



私は固まって、慌てて預かれないと断った。



刀。M.S.S.Uの誇りであり、彼らの魂とでも言えるもの。隊員1人1人に支給され、同じものは1つとしてないのだと言っていた。昔からの技術で刀鍛冶が打ち上げ、研師が研ぎ澄ました刀身。同じなのは拵えだけで、銘すら違うと。



そして彼の刀は少し長めのものと、小太刀。そんな大事な2振りを手入れも出来ない私に預けるなど。



「貴女だから、預けるのですよ。本部の保管室ではこの子達がゆっくり休めません。貴女の側だから、ゆっくりと休めるのです。お願い致します」



彼は膝間付いて、頭まで下げた。預からない訳にはいかなかった。そして受け取るということは、しばらく会えないということ。哀しくて、それを悟られないように最後に困らせてやろうと思った。



そして、それを聞いた彼は珍しく少し困ったような顔をして、それでもこう言った。



「それでは、約束ですね」








あれから6年。きっと覚えてはいない約束。それでもいい。私が覚えているのだから。



「今警備に出ているのは3番隊以下の部隊でしょう。私でテストしているのですよ。総隊長も意地が悪いものですね」



その通りだった。1番隊、2番隊は精鋭部隊。いくら彼でも、ここまで来れるとは思えない。私は総隊長の回線を呼び出し、30分後に副隊長と来るように伝えた。



「刀を、返さなければね」



玉座の横に納めてあった刀を手に取る。彼の魂。これを返すということは、彼が修羅場へ戻るということ。出来ればさせたくはない。けれど、国民が傷付く。彼以外に、出来ることではない。



「確かに返したわ」



彼は愛刀を受け取ると少しだけ刀身を引き出して、そしてほんの少しだけ驚いた顔をした。やっぱり気付いた。してやったり。



「…どこで手入れを?」



「ここで、私がね」



忙しい合間を縫って刀の手入れを猛勉強した。まさかここまでやるとは思っていなかったようだ。



「後でちゃんと手入れしなさい。最低限のことしか出来なかったから」



彼は刀を納めてこう言った。



「必要ありません。完璧ですよ」



そして急に抱き寄せられた。え?



「私も、約束を果たさないといけませんね」



耳元で囁かれる。



「覚えてたの!?」



忘れていたと思っていた。覚えていてくれた嬉しさと恥ずかしさ。とりあえずいったん離れようとするけれど、腰に手を回されて離れられない。



「ちょ、ちょっと待って」



「待ちません。それと、本当に嫌ならしませんよ?どうなさいますか?」



動くのをやめる。彼の腕の中で、彼の顔を見上げて…



「いじわる…」



唇を塞がれた。目を閉じる。彼を思いっきり抱き締めて。



これが、約束。あの時の約束は、私が彼を忘れられないようにすること。彼は約束を守ってくれた。



天皇に即位すること。それは自由に人を好きにはなれないこと。この国を、国民を背負わなければならない。自分というものはできるだけ殺さねばならない。



だから、最後のわがままだった。



私の、人生最後の恋。叶うことのない、叶えてはいけない想い。



どれくらいの時間が経ったのか。5分以上か、一瞬かもわからない。そんなキスが終わり、彼の胸に顔を埋める。彼の顔を見れるわけがない。彼は、優しく抱き締めていてくれた。



「忘れる訳がないでしょう?」



唐突に彼は言う。



「私が愛した、最初で最後の人との約束ですから」



「…ばか」



泣いてしまった。絶対に泣かないって決めていたのに。この人は絶対にドSだ。



「差し上げたいものがあります。たいしたものではありませんが」



そう言って彼が取り出したのは小刀だった。造りは彼の愛刀に似ているが、少し違う。



「同じ刀匠に頼んで拵えて頂いたものです。戦闘用ではなく、守り刀で私の私物なのですが、入隊時から肌身離さず持ち歩いているものです」



思わず彼を見上げる。



「そんな大事なもの、んっ…」



また唇を塞がれた。何も言えなくなる。やっと離してくれて、また彼の胸に顔を埋める。



「そんな大事なもの、受け取れるわけないじゃない…」



何がたいしたものではない、だ。とんでもなく大切なものじゃない。



そして、彼の意図が分かってしまった。彼は私に全てを預けていく気だ。人としての、全てを…



「私は道化に戻ります。私の全ては、貴女と共に…」



私は顔を上げて、彼の顔をしっかりと見つめる。そして私達は3度目の、恐らく最期のキスをした。







「国家皇族警務隊総隊長、中里紀一准将及び副隊長、白海拓実大佐、参上致しました」



先ほど陛下に呼ばれたお二方が来られたようだ。さて、私を見てどういう顔をするか。



「どうぞ、入ってください」



陛下は楽しそうな笑顔だ。まるでいたずらっ子のように。



「失礼致します。陛下、何か御用…」



中里准将は私を見て頭を抱えた。白海大佐はあからさまに嫌な顔をしている。



「お二人共、お久しぶりです」



二人とは旧知の仲だ。国家皇族警務隊に出向する前からの顔見知りで中里准将は同じ年齢、白海大佐は2つ下だったはず。



「…入室したのはどれくらい前だ?」



「1時間ほど前ですよ。敷地内からここまでで20分ほどかかっていますが」



「ほぼ素通りじゃないか」



余計に頭を抱えた。さすがにこんなに早く通り抜けられるとは思わなかったらしい。陛下は声を上げて笑っている。



「陛下、笑い事では…3番隊以下は再訓練だな。まさか発見すら出来んとは」



中里准将は端末を操作し始めた。恐らく1番隊、2番隊に警備を交代させるのだろう。



「それで、あんたはいったい何しに…」



そう言いながら白海大佐は私の愛刀に気付いた。



「その服だから、まさかと思ってたけど」



ええ、と私はうなずく。



「陛下へ原隊への復帰の挨拶とこれからのことの謝罪に伺いました。国家皇族警務隊への正式な挨拶と要請などは本部に戻ってからになりますね」



「ちょっと待て」



中里准将が驚いた顔をする。



「原隊だと?本隊を招集する気か。全面戦争になるぞ」



「あちらは奇襲開始前からそのつもりです。すでに全軍に非常招集がかけられて侵攻を開始しています」



詳しいことは本部に戻り次第連絡を、と付け加える。



「准将、1番隊、2番隊が警備行動に入りました。3番隊以下はバックアップに着かせます」



分かった、と中里准将は返事をする。さて、それではこちらも始めましょうか。



「ああ、手土産を忘れていました。少し待っていただけますか?」



端末を操作する。さて、どんな顔をするか。見物ですね。






そして15分後、私以外の3人は固まっていた。私の入ってきた窓から1人の女性が入ってきたからだ。年齢は16歳前後。ショートカットで右目は包帯で隠されている。腰には私と同じ拵えの刀が2振り。



「どこからも連絡はなかったぞ!まさか…」



白海大佐が呆然と呟く。



「ばかな…1番隊、2番隊の警備を抜けてきたとでもいうのか…」



中里准将は、信じられないという顔をしている。



「美夜と言います。階級は中佐。本隊の指揮官で、今の私の副官です。美夜、御挨拶を」



膝間付いて礼をする。



「お初にお目にかかります。矢崎光輝特佐の副官及びM.S.S.U本隊、別動隊、特殊作戦群の指揮を執っております、美夜と申します」



「個人能力は御覧のように。指揮官としても問題はありません」



横から急に襟を掴まれた。白海大佐だった。



「問題がないだと?こんな年端もいかない少女を戦争に参加させて何が問題…」



白海大佐の首筋に、刀が突き付けられていた。美夜が感情もなく言う。



「大佐。申し訳ありませんが、特佐の元に居るのは私達の意志と存在理由です。離して頂けませんか」



白海はゾッとした。いつの間に抜刀した?常に視界に入れていたのに分からなかった。いや、それよりも感情が見えない。これでは揺さぶりもへったくれもない。



「私達と言ったな?」



臆することなく、聞く。



「それはM.S.S.U全部隊のことか?」



美夜はいいえ、と答えた。



「特佐が離隊中に集めた者達全てです。特佐は戦争になるだろうことは見越していました。そして私達を見出だしてくれた。特佐が私達の存在理由で、行動理由です」



相変わらず感情が見えない。感情が無いかのようだ。俺を切るのも躊躇わないだろう。



「美夜、刀を納めてください。陛下の御前です」



こいつは何を考えて何を組織した?人形部隊ならただの欠陥部隊だ。薬物や洗脳によるものでもない。こいつはそんなものを組織するほど馬鹿ではない。



「ずいぶんと妄信的なんだな」



俺が手を離すのと美夜が刀を納めるのは同時だった。



「失礼致しました」



美夜が謝罪し、張り詰めた空気が弛緩する。



「1つ訂正しておけば、私達は特佐が助からない場合、躊躇なく切り捨てます」



やれるだけのことはやりますが、と美夜は言った。作戦目標を間違うことはないと言いたいのか。どのくらいの規模かは分からないがとんでもないものを組織したらしい。



「相変わらずだな、お前は」



中里准将が苦笑する。やれやれ、また振り回されるのか。



「とりあえず本部まで送ろう。まだ正式には復隊していないんだろう?私も都知事に用がある。白海、悪いが車を回してくれ」



了解しました。そう言って俺は車を取りに向かった。


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