~帰郷と感情と~ phase5
「それで、本隊はいつ招集する気だ?」
中里准将が問い掛ける。
M.S.S.U本部に向かう車の中。都内は騒然としていた。いや、都内だけではない。今や日本中が騒然としていた。
47元老院が緊急放送でアメリカから攻撃を受けたこと、迎撃したこと、それに伴い国内の全米軍を制圧、拘束したこと、アメリカとの全面戦争になるだろうことを公表したからだ。
国会では自衛隊の防衛展開が決議、可決され47元老院が天皇陛下へ提言、承認された。
また、各都道府県の防衛部隊も展開した。中央首都、東京を中心に札幌、仙台、横浜、名古屋、大阪、高知、広島、福岡、長崎、那覇の各支都が緊急ネットワークを形成、自衛隊との連携を始めている。
そう、これは完全な防衛戦だ。侵攻してきた敵性勢力を日本領土に入れない。防衛部隊は日本領土から出ることはない。
表向きは。
『中央首都防衛部隊』という組織がある。東京を守備する部隊で、M.S.S.Uとは別の組織だ。警察と自衛隊の中間といったところか。都内に展開しているのはこの組織だ。
米軍を迎撃したのは自衛隊が行ったことになっている。在日米軍を制圧、拘束したのは自衛隊だが、迎撃したのはM.S.S.U常駐部隊。公には出来ない。だが、M.S.S.Uと自衛隊が間違いなく日本防衛の要だ。だからいろいろと隠れ蓑を使う。展開、即撤収が原則。
「本隊はもう本部に待機していると思いますよ」
事も無げに言う。いつの間に招集した?
「ああ、6年ぶりですか」
懐かしそうな言葉とは裏腹に感情はない。
都庁の地下へ入っていく。横にスライドする駐車タワーのコンベアに車輌を停める。0番と書かれたシャッターが開く。誰も降りないままシャッターの中へ。シャッターが閉まり、ゴウンッとゴンドラが動き出す。
それは都庁の地下にあるM.S.S.U本部への巨大なエレベーターだった。都庁内の0番は全てM.S.S.U専用で関係者のみに存在が知られている。もちろん普段はカモフラージュされていた。
エレベーターが止まり、車輌のロックが外れる。発進シグナルを確認して車輌を駐車スペースへ。車輌を降り、エレベーターでさらに下層へと向かう。
いつの間にか、美夜の姿はなかった。
「矢崎総司令へ、敬礼!」
エレベーターの扉が開いた瞬間だった。5000人を超えるM.S.S.Uの隊員達が整然と並び、方膝を着いて刀を横に差し出していた。その中央を、矢崎は平然と歩いていく。その列が終わりかけた頃、直立したまま刀を胸に当てている一団に変わった。500人ほどだろうか?その先頭には美夜がいた。
「これが、本隊か…」
中里准将が呆然と呟く。理由は分からないが、女性の割合が多い。そして美夜同様、全員の感情が見えない。
驚愕なのはその体格だった。成人していると思われる者はほとんどいない。下は10歳前後じゃないか?そして全員、顔を道化師の仮面で覆っていた。
「美夜、報告してください」
矢崎が美夜に話し掛ける。美夜は列から離れ、我々と歩き始めた。
「本隊が62名、別動隊が37名、特殊作戦群が15名、計114名が休籍に。作戦遂行には支障ありません」
きゅうせき?聞き慣れない言葉だ。何を意味する?
「分かりました。あとで名簿を届けてください。都知事の元へ行きます。このまま同行してください」
了解しました。そう言って美夜は矢崎の後ろに着いた。
M.S.S.U司令部。そこに都知事と石浪恭也参謀長は佇んでいた。都知事は憮然としている。
「お待たせしました。まずは説明が先ですね」
状況は分かっているが、事実を知るのは早い方が良いだろう。
「当たり前だ。お前がどういう考えなのか、聞かせて貰おうか」
都知事はご立腹の様子だ。まあ無理もない。
「私の考えですか?日本存続の為に…」
「そんなことは聞いていない!」
言葉を遮られる。これでは説明が出来ない。その後ろで石浪恭也は微笑んでいた。私がどういう基準であの子達を選んだのか、気付いたらしい。さすが元副官といったところか。
「お前が集めた子供達はなんだ!あんな部隊で本気で」
「あの子達は全員、余命宣告を受けています」
「な…」
中里准将、白海大佐、大越都知事は絶句していた。石浪大佐だけが平然としている。
「余命宣告を受け、親からも見放された子達です。そのような中から素養のある者に選択させ、訓練しました」
そう、私は善人ではない。全員は救えない。私の元は更なる地獄。だから選択させた。もちろん拒否した者もいる。静かなる死を望み、去った者もいる。
「国家皇族警務隊には休籍という言葉はないでしょう?」
中里准将に問い掛ける。
「ああ。何を意味するのかと思っていたが…」
休籍という言葉はM.S.S.U本隊、別動隊、特殊作戦群内でしか通じない。
「休籍とは余命を全うし、死んだ者達のことです」
重苦しい空気が更に重くなる。
「そんな部隊で…」
白海大佐が呆然と呟く。
「そんな部隊だから強いのですよ。死が寄り添い、常に意識している。自分の死を知っている者は、強い」
「矢崎、お前はどうなんだ?」
中里准将に問い掛けられる。相変わらず鋭い方だ。微笑んで、答えずにおく。
コンソールに向かって、話し掛ける。
「ありす、おはようございます」
その瞬間。メインコンピューターが起動した。メインモニターに文字が流れ始める。
起動プログラムチェック
メインシステムチェック
サブシステムチェック
メインプログラムチェック
サブプログラムチェック
全システムオンライン
プログラム ありす 起動
全プログラム オンライン
「…おはようございます。約6年ぶりですか?」
スピーカーから少女の声が聞こえてくる。
「ご無沙汰してしまって申し訳ありません。あなた方の協力が必要です。状況は分かりますね」
「…起きたらアメリカとの全面戦争に突入するところですか。妹達も起こさないといけませんね」
白海大佐が怪訝な顔をしている。無理もない。
「それで、そちらのお二人に紹介して頂けないのですか、ご主人様?」
この子はさすがだと思う。生まれが生まれだけに、何と説明したら良いのか分からないが。
「これは失礼しました。中里准将、白海大佐。この子はありすと言います」
二人は顔を見合わす。まあ仕方がない。
「国家皇族警務隊総隊長、中里准将と副隊長、白海大佐。初めまして、ありすと申します。実体が無いのでわかりずらいでしょう?」
「実体が無い?」
中里准将は気付いたようだ。
「中里准将は分かったようですね。私は人間ではありません」
白海大佐も気付く。
「AIか!しかしこのクオリティは…」
量子コンピューターが普及している現在でもAIが人間らしく振る舞うことは出来ても人間と違和感がない振る舞いは出来ない。感情を表現することが出来ないからだ。
だが、このありすは…
「私をAIと言ったらAIがかわいそうですよ?私達は、バグに過ぎないのですから」
そう、ありすはプログラミングされた訳ではない。AIがバグから自我を持つ、なんていうのは映画などの常套手段だ。しかし、そもそもメインコンピューターにはAIは搭載されていない。オペレーターが必須だった。ありすが起動していなければ、アナログな量子コンピューターなのだ。
「あなた方はバグではありませんよ。確立された存在です」
私なんかよりもよほど。周りには聞こえないように呟く。
「妹と言ったな?他にもいるということか、君のような存在は」
いますよ、とありすは答える。
「何人いるとか、何が出来て何が出来ないとかは機密になってしまうので、教えられないんですけどね」
楽しそうに会話をしている。人と触れ合えるのが嬉しいのだろう。
端末にメールが入った。操作してメールを開く。発信者は…
『あなたがいるから私達も存在していられる』
ありすだった。




