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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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ヤンデレで溢れた常夜町

「お役目があるから付き合えない」と断り続けてたら守るべきもの燃やされた

作者: 赤茄子橄
掲載日:2026/08/09

※放火は犯罪です。





 俺の恋は、放火で成就した。



 パチ、と灯芯が爆ぜた。


 俺は慌てて火袋の中を覗き込む。よし、消えてない。

 油を注ぎ足して、手を合わせて、一礼。


 常夜町の外れ、雑木林を少し登った先にある小さな祠。

 これが我が灯守家が代々守ってきた、夜灯様(よとうさま)の祠だ。


 言い伝えによると、この灯が絶えたとき、常夜町の夜は明けなくなるらしい。

 町の名前が常夜町なんだから最初から夜が明けてないようなもんじゃねぇか、というツッコミは、小学生のときに爺様に言ったらゲンコツをもらったので、それ以来していない。


 俺、灯守燈真(ともりとうま)。灯守家の跡取り。

 跡取りの仕事は単純だ。日が暮れたら祠に来て、灯を確かめ、油を注ぎ、朝までの無事を祈る。毎晩。年中無休。


 そしてもう1つ。家訓。


 ――跡取りは、代替わりの日まで灯に添うこと。


 要するに、恋愛禁止。結婚は代替わり後。

 灯に嫉妬されるから、だそうだ。灯って嫉妬すんのかよ。


 バカバカしいと思うか? 俺も思う。

 思うけど、俺はこの家訓を、笑ったことは一度もない。



「トウマ、おつとめご苦労さま」



 背後から声。

 振り返らなくてもわかる。というか、今日が金曜だと思い出した時点で覚悟はしていた。


 火群朱莉(ほむらあかり)さん。年上の幼馴染。

 家がお隣同士で、物心つく前からの付き合いになる。この春から制服を着なくなって、顔を合わせるのは、もっぱらこの祠の前だけになった。


 振り返ると、外灯もない参道の暗がりで、朱莉さんはニコニコ笑って立っていた。

 暗いのに、笑ってるのがわかる。この人の笑顔はそういう笑顔だ。


「......どうも。わざわざこんな山まで、毎週すみませんね」


「ううん、ぜんぜん。トウマに会えるからね」



 そう言って、朱莉さんはとことこ歩み寄ってきて、俺の隣に並んで祠に手を合わせた。

 律儀な人なのだ。灯守家の祠のことも、夜灯様のことも、たぶん俺より大事にしてる。


 そして、お参りを終えると、こちらに向き直って、すっと息を吸った。


 来る。


「トウマ、好きよ。私と付き合いなさい」


「ごめん。俺には、お役目があるから」



 毎週金曜、告白という名の命令をしに来る朱莉さんと、それを断る俺。

 もう何度目になるのかは数えてない。数えたら負けな気がする。


「うん。今週もフラれちゃった」


「そんな清々しい顔で言うことじゃないんだよなぁ......」


「だって、トウマは『朱莉が嫌い』とは一回も言わないから。断る理由が『お役目』なら、私がフラれてるんじゃなくて、お役目にフラれてるだけでしょ?」


「屁理屈がすぎる」


「ふふ。じゃ、また来週ね。おつとめ、がんばって」



 そう言って朱莉さんは、暗い参道をスキップしながら帰っていった。

 あの暗がりをスキップで下れるの、普通にすごい。


 ......言っておくが、俺は朱莉さんのことが嫌いなわけじゃない。


 むしろ、まぁ、その、なんだ。

 面倒見がよくて、笑顔が明るくて、昔から俺が転ぶたびに先に泣きそうな顔をしてたような人を、嫌いになれるわけがない。


 ただ......この町で育った人間として、本能が警鐘を鳴らすのだ。


 あの人の「好きよ」は、たぶん、重い。


 この町では、愛が重いのは別に珍しいことじゃない。

 けど朱莉さんのそれは、笑顔の圧がひと味違う。毎週金曜、雨の日も、テスト期間も、インフルで学級閉鎖になった週すらも、一度も欠かさず告白しに来る継続力。怖い。継続は力なり。怖い。


 それでも、俺が断り続けてる理由は、怖いから、じゃない。


 俺は灯守の跡取りだ。1200年続いた灯を「恋にかまけて絶やしました」なんて、そんな筋の通らない話があってたまるか。

 背負ってるもんがある男は、それを下ろすまで、想いを口にしちゃいけない。爺様がそう言ったわけじゃないけど、俺は勝手にそう決めている。


 だから「お役目」は、断り文句なんかじゃなく、本心からの言葉だ。


 そのはずだった。



*****



「なぁ灯守。火群先輩、まーた常闇さんとこおったぞ」


「は?」



 週明けの教室。前の席の八舟(やふね)が、パンをかじりながら振り返ってきた。

 常闇(とこやみ)さん。我らが町のシンボルっぽい大きい神社。ご利益は本物(と噂されてる)。


「火群先輩。土日、2日連続で見た。社務所の前の行列に並んでた」


「......行列?」


「例の御守りだよ、恋の。あれ、朝イチで売り切れるからな」


「あー......噂だけは」



 ......あの神社の、例の御守り。

 ご利益は絶対、というのがもっぱらの評判で、そのわりに、授かった人間の浮いた話より物騒な話のほうをよく聞く、例のアレだ。


 ......朱莉さんが、あれを?


 背筋にツツーっと冷たいものが伝う。

 あの噂が本当なら、あの御守りの使い方には、確か、想い人の......。


 いや待て。落ち着け。

 俺は自分の両手首を確認した。無傷。注射痕もない。体調も良好。飯もうまい。


 よし。まだ何もされてない。


「でもさ、火群先輩、けっきょく買えてなかったっぽいぜ。行列の後ろの方だったし。んで、社務所の人となんか長いこと話し込んでた」


「話し込んでた......? 何を?」


「知らねーよ。けど、なんかすっげー納得した顔で、うんうん頷いてた。よかったな、変な御守り掴まされなくて」


「......そう、だな」



 そのときの俺は、正直、ちょっと安心してしまっていた。

 売り切れでよかった、と。あれさえ手に入らなければ、ひとまず命の危険はない、と。


 愚かだった。


 御守りは、道具だ。

 道具が手に入らなかったとき、人は道具に頼るのをやめて――発想を変える。


 そして、あの社務所の人は、恋する乙女にとても親身になってくれるのだった。



*****



 金曜日。


 その匂いには、雑木林の入り口で気づいた。


 焦げた匂い。


 最初は、誰かが焚き火でもしてるのかと思った。

 参道を半分登ったあたりで、それが焚き火なんかじゃないとわかった。


 夜空がぼんやり明るい。俺は駆け出した。



 祠が、燃えていた。



 いや、正確にはもう、燃え終わっていた。


 小さな火袋も、俺が今朝も油を注ぎ足した灯明も、爺様の爺様のそのまた爺様の代から建ってたはずの祠も、ぜんぶまとめて、行儀よく真っ黒な消し炭になっていた。

 ちろちろと残り火が爆ぜる。


 パチ......パチ......。


 毎晩聞いてた灯芯の音と同じ音が、今夜だけはやたらデカい。


「う、そだろ......」



 膝から力が抜ける。


 1200年。爺様いわく、この灯は1200年間、一度も絶えたことがなかったらしい。

 それが、俺の代で。よりにもよって俺の当番の日に。


 夜灯様の灯が消えたら、常夜町の夜は明けなくなる。

 言い伝えが本当なら、明日から町はどうなる。いや、それより爺様になんて説明すれば。


 頭が真っ白になりかけた、そのとき。



「あ、トウマ。遅かったじゃない」



 焼け跡の向こうから、ひょこっと人影が立ち上がった。


 見慣れたシルエット。聞き慣れた声。

 ほっぺたに煤をつけて、両手に軍手をはめた、火群朱莉さんが、そこにいた。


 にっこにこで。


「................................朱莉、さん?」


「うん」


「なんで、ここに......」


「うん、あのね」



 朱莉さんは軍手をぱんぱんとはたいて、胸を張った。

 まるで、夏休みの自由研究を発表する小学生みたいに、誇らしげに。



「トウマ、喜んで? 君が守るべきもの、ぜんぶぶっ壊してあげたよ」



 パチ、と残り火が爆ぜた。


「.....................は?」


「あ、心配しないで。夜灯様はご無事だから。ほら」



 朱莉さんが指差した先、焼け跡から少し離れた切り株の上に、白い布で丁寧にくるまれた御神体が、ちょこんと鎮座していた。

 その前には、お供え物の塩と酒まで、きっちり並べてある。


「先にお社の外にお移りいただいて、それから燃やしたの。夜灯様に火の粉ひとつかかってないから、安心してね。あ、この移す作法も、ちゃんと教わったのよ。『遷座』っていうんだって」


「そういう問題じゃ、ないんだよなぁ!?」



 やっと声が出た。裏返ってたけど。


「なんで!? なんで燃やした!?」


「うん、それはね」



 朱莉さんは、こてん、と首を傾げて。

 世界で一番当たり前のことを言う顔で、言った。


「トウマは『お役目があるから付き合えない』って言ったでしょ? だから、お役目の方を消せばいいんだなって」


「発想が! おかしい!」


「えー? だって、2年間ずーっと考えたのよ? どうやったらトウマと両想いになれるかなって。気持ちの方を変えさせるのは違うでしょ? トウマは今のままで完璧だから、1ミリも変わってほしくないの。私も変わりたくないし。そしたらもう、消去法で、変えていいのは『お役目』だけじゃない?」


「消去法の使い方も! おかしい!」



 俺は頭を抱えた。


 思い出せ。八舟の話。

 売り切れの御守り。社務所で誰かと話し込む朱莉さん。すっげー納得した顔。


「......社務所の人と、何を話したんですか」


「あら、知ってたの? 御守りが買えなかったから、『他に絶対に恋が成就する方法はありませんか』って相談したの。そしたらね、こう言ってくれたのよ」



 朱莉さんは、こほん、と咳払いして、声色を作った。



「『御守りはしょせん道具です。道具に頼らずとも、恋の成就を妨げる障害は、あなたの手で取り除いてしまえばいいんですよ。自分の力で叶えた恋こそ、永遠ですから』......って。ね、いいこと言うでしょ? 私、目から鱗が落ちちゃって」


「あの神社、まじでなんなんだよ......」



 いいこと言ってる風だけど、その人、絶対いつもそのテンションで物騒なこと言ってるからな。

 例の物騒な噂の件、あとで警察は一回あの社務所を調べたほうがいい。


「......いやいや。いやいやいや。ダメでしょ。放火でしょこれ。犯罪でしょ」


「大丈夫。灯守のおじいさまには、ちゃんとお許しをもらってから燃やしたわ」


「.....................は?」



 今日2回目の「は?」だった。

 今のが今日一番デカい「は?」だった。


「爺様に......許可、取った......?」


「うん。さすがに勝手に燃やしたら不法侵入と器物損壊だから。ダメよね、犯罪は」


「犯罪の線引きが独特すぎる」



 と、そのとき。


 ざく、ざく、と参道の砂利を踏む音がした。

 提灯の明かりがゆらゆらと登ってくる。


 爺様だった。


 寝間着に半纏を引っ掛けた爺様は、焼け落ちた祠をひと目見て、ふぅむ、と長い息を吐いた。


 怒鳴られる。

 1200年の灯を絶やしたのだ。勘当か。切腹か。


 俺は反射的に土下座の体勢に入りかけた。が。


「......消えたか。ようやっと」


「は?」



 今日3回目。


「爺様? え? 怒らないの? 1200年の灯だぞ? 常夜町の夜が明けなくなるんだぞ?」


「そんなのは迷信じゃ。普通に明けるぞ」


「は!? え、なに、じゃあ俺はなんのためにお役目してたの!? 無意味!? 無意味だったのか!?」



 爺様はどっこいしょと切り株に腰を下ろし、御神体の隣で、煙管に火をつけた。

 燃え残りの火種から火をもらうな。罰当たりか。


「燈真。灯守の家がなんで『恋愛禁止』なんぞというアホな家訓を守っとると思う」


「灯に、嫉妬されるから......だろ?」


「そうじゃな、しっかり信じておって偉いの。じゃが、それは適当な作り話じゃ。我らの灯の神様はそんなに嫉妬深くない。むしろ男女を結びつけてニヤニヤなされるタイプのお方なんじゃ」


「......え?」


「灯守の灯はな、代々、こうやって消えるんじゃ」



 爺様は、煙をふーっと吐いて、焼け跡を眺めた。

 どこか懐かしそうに。


「わしの灯は、おまえの婆様が消した。祠ごと川に流された。あれは水責めじゃったのう」


「は!?」


「わしの親父の代は、確か、祠ごと地面に埋められたと聞いとる。その前は、雪の中に......なんじゃったかのう。ま、要するにじゃ」



 爺様は煙管の先を、ぴっ、と朱莉さんに向けた。


「灯守の『お役目』はな、守るためにあるんじゃない。壊されるためにあるんじゃ。跡取りの掲げる断り文句を、それごとぶち壊してでも添い遂げようという、剛毅な嫁や夫を選ぶためのな」


「ふつつかものですが」


「ほっほっほっ、よろしいよろしい」


「よろしくない!!!!!」



 俺の絶叫が、夜の雑木林にこだました。


「聞いてないんだけど!? そんな家訓!?」


「言うわけなかろう。言うたら『お役目』が断り文句にならんじゃろが」


「じゃあ何か!? 俺が2年間、使命だと思って背負ってたもんは!?」


「嫁への撒き餌じゃな」


「撒き餌?!」



 膝から崩れ落ちる俺の肩を、朱莉さんがよしよしと撫でてくる。

 温かい。悔しいことに、温かい。


「まぁまぁ、トウマ。ほら、見て」



 朱莉さんが焼け跡の脇を指差す。

 そこには、真新しい木材が、きちんと角を揃えて積み上げられていた。


「......なにこれ」


「新しい祠の材料。再建の手配も済ませてあるの。棟梁さんには『来月あたりから』って伝えてある」


「手回しが良すぎて怖いよ」


「だってほら、祠がないと、困るでしょ?」



 朱莉さんは、俺の耳元にそっと唇を寄せて、囁いた。



「私たちの子の代の、断り文句がなくなっちゃう」



 パチ、と残り火が爆ぜた。


 ......あぁ、そうか。

 こうやって、1200年続いてきたのか、うちの家系。


 全身から力が抜けていく。恐怖で、じゃない。

 これは、あれだ。認めたくないけど、あれだ。


 安堵だ。


 背骨だと思って背負ってたものを抜かれたのに、俺はいま、途方もなく身軽だった。

 お役目の陰にしまい込んでた気持ちは、しまう場所をなくした。夜風に晒されて、なんかもう、どうにでもなれって気分だった。


「......朱莉さん」


「なぁに?」


「今日、金曜ですけど」


「うん。金曜だね」


「......しないんですか。いつもの」


「ふふ」



 朱莉さんは、すっと息を吸った。


 暗がりでもわかる、あの笑顔で。

 燃え残りの火に照らされて、今日はちゃんと見える、あの笑顔で。


「トウマ、好きよ。私と付き合いなさい」


「......お役目、なくなっちゃったからなぁ」


「うん」


「......はい。よろしくお願いします」


「ふふふ。これが運命を掴むということなのね」


「運命って......まぁたしかに掴んでるのかもだけど......」



 こうして、灯守家1200年の灯は、俺の代も、無事に消えた(・・・・・・)


 夜灯様の祠は来月から再建されるらしい。

 完成したら、灯明番のお役目も家訓も、元通り復活するんだそうだ。


 次の代の、断り文句のために。ゴメンな、俺の子どもたち。



 ちなみに、朱莉さんはあれから毎晩、切り株の上の夜灯様にお参りに来る。ついでのような顔で、俺の隣に並んで。

 「相談に乗ってくれた人にも、ちゃんとお礼参りしなきゃね」なんて言ってるけど、あの社務所にだけは、俺は当分近寄らないと決めている。


 最近はまいにち子作りさせられてナニが痛くなってきて辛いんだが、それも超えるくらい気持ちいい。相性ってやつだろうか。

 頼むから早くデキでくれ。そうでないと朱莉さん、また例の神社に行ってろくでもないものもらってくるぞ。



 ............まぁ、なんとかなるか。

 1200年、なんとかなってきたらしいし。




※放火は犯罪です。


<終わり>


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― 新着の感想 ―
なるほど 放火の逆! つまり許火!!
つまりそこまでするからこそ真実の愛が
常夜町にしては誰も死んでないし本人たち幸せだし、なんなら親公認だし、かなり健全では?(錯乱) 結婚後の家系運営まで視野に入ってるし朱莉さんは優良物件ですね(白目)。 家系自体が狂ってるのは……まあ、そ…
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