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プロローグ
不器用な天才数学者が遺したものは、ただ一人を想う静かな愛だった
ノーベル賞に数学賞がないのは、有名な話である。
なぜ、ないのか。
その理由については、さまざまな説が語られている。
いずれにせよ、アルフレッド・ノーベルの提案によってノーベル賞が設立されてから百年以上を経て、ようやく数学のノーベル賞と言うべき賞が生まれた。
アーベル賞。
数学界の最高の栄誉ともいわれている。
◇ ◇ ◇
春の光が差し込むオスロ大学のアウラ講堂には、世界中から集まった数学者たち、そして関係者が詰めかけていた。
壇上に立つ司会者が、ゆっくりと口を開いた。
「2026年のアーベル賞受賞者は……」
その声と同時に、壇上のスクリーンには20代後半の青年……アーベルの肖像が映し出された。
この賞が誰の名を冠しているのかを、改めて示すように。
ノルウェーの誇る天才、ニルス・アーベル。
その瞳は、まるで未来の受賞者を見つめているかのようだった。
この若くして亡くなった数学者の生涯を知る者は、このとき果たして何人いたのであろうか。




