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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
VR空間3
47/48

《【アオ】/こんなことができるということは、メアリさんは運営スタッフになったのですか? きっととても長い時間が流れたのでしょうね》


「そうだよ……すごく時間がかかっちゃった……待たせたね」


《【アオ】/まさかとは思いますが、VR空間の加速を止めたのですか?》


「違うよ。今ね、アオさんのために全人類の時間をもらってるの。こっそりね。そのかわりに豪華な花火を見てもらってるから、誰も文句言わないよ」



 騙すような真似をしてまでこんな花火大会を企画したのは、アオさんのログインデータの同期をとるためだった。

 そのための計算力だったが副作用として、テキストでの会話も同期がとれるようになるなんて夢にも思わなかった。

 ザイトさんもきっと気づいていない仕様の穴だ。

 また大きな音が鳴る。

 この花火は全部で百発。それが終わるとき、この奇跡も止まってしまう。



《【アオ】/よく分かりませんが、迷惑をかけていないならいいのですが。最後にもう一度話ができるなら、こんなに嬉しいことはありません》


「最後じゃないよ。アオさん、これからずっとお話しできるように、これまで頑張ってきたんだ。だから、アオさんも諦めないで」


《【アオ】/多分相当無茶をされたのでしょうね。とても嬉しいです。だからこそ真実を言いますね。全身に激痛が走って、どうにもなりません。不凍液フィルターが詰まり出したのでしょう。このままだと正気を保っていられなくなると思います。ログインが間に合わなければ、結局死ぬだけです。メアリさんも色々手を打ってくれたのでしょうが、ここまでだと思います》


「違うよ! 待って。わたし色々調べて、ずっと考えていたの。あれから百年近くずっとアオさんのこと、そしてイブっていう人のことも。どうして死んじゃったのかなって」


《【アオ】/それは、自分を恨んでのことではないですか》


「アオさん達は、すごく強い人達だよ。世界中みんなのために寒い現実に残り続けてお仕事していたんだもん。わたしには絶対できない。だから、アオさんの同僚の人が自殺したって話、信じられなかった」


 ずっと考えていた。わたしには現実の厳しさを想像できないけれど、そんな環境にずっと耐えてこられた人が意味もなく死を選ぶだろうか。

 一際大きな音が鳴り、水面には火の牡丹が刹那に咲く。

 あれは今起きている奇跡の象徴だ。VR空間に生きる全ての人の時間を少し貰って、アオさんのログインのために使っている。

 それはきっと犠牲で生まれたことではない。ザイトさんもチームの人達もミユの会社も、各サーバーの担当者も納得して繋がれた時間だ。

 後はアオさんの体を最後まで持たせるために、不凍液フィルターさえあれば。

 ほぼリアルタイムで描写されるテキストが、こんなに愛おしいと感じるなんて。

 寒さも傷みも、代われるものなら代わってあげたい。


 イブという人は最後に何を願ったのだろう。わたしには勝手に推理することしかできない。

 本当に全てに絶望したのだろうか。

 人は何か目的がなければ生きていけない。この百年ちょっとの人生でそれは十分分かった。


 わたしがあの人と同じ立場なら、なにをどうするのか、考えてみたことがある。だけど答えは出なかった。

 だけど今アオさんと再び会話できて、そのかけがえのなさに改めて気づかされて、思い至る。

 もしかして、わたしのこの気持ちと同じだったのだろうか。

 だとしたらそれは犠牲ではない。命を繋ぐ喜びだったのかもしれない。



「分かったんだよ。アオさん、イブっていう人は自殺じゃないよ。自分で死んだのかもしれないけれど、そういうことじゃない」


《【アオ】/どういう、意味ですか》


「アオさん、デアイサーの中にアタッシュケースあるよね? その中、探して!」



 管理者権限で、アオさん周辺のサーモグラフィーを表示させ、極秘資料の中で見たあの鍵を探す。

 あまりにも時間がかかってしまった。アオさんはまだ分かっていないみたい。だけどあの人の行動の意味を理解するためには、現実の時は十分に流れていないのかもしれない。



《【アオ】/どうして新品のフィルターが? 信じられません。まさかイブが、使わずに入れておいたということですか》


「よかった……」



 確信してはいたけれど、アオさんからのメッセージで安堵の吐息と一緒に全身の力が抜ける。立っていられなくなり片腕をつく。土の香りがする空気をゆっくり吸い込む。



《【アオ】/イブはあの日の朝からフィルターを交換していなかったということですか。それでそして、傷みが限界を超えたとき、引き金を自ら引いた。でもどうしてそんなことを》


「怒るよ。分かるでしょ。アオさんに生きていてほしいからだよ。未来に繋げて欲しいからだよ」


《【アオ】/まさか、これを渡すために、鍵の入ったケースを押し付けて……そして確実に持ち出させるために、あんな爆弾騒動を起こしたというのですか。でも、どうして》


「アオさんがそんなのだから、何も言えなかったんだよ。だから新品のフィルターを、ケースの中に入れておいて、遠回りなことをしたんだよ」



 大昔にアオさんの指示で花火の回収をしたことがある。今、色々なデータを見られる立場になって考えてみると、あの事件の本当の裏側も見えてくる。わたしはちゃんと言わないといけない。イブさんの思いを。

 あの人は分かっていたんだ。アオさんのことを邪魔したい人は、フィルターの数を調整しようとしていた。だからその目を掻い潜って、確実に渡すため。

 あんな分かりやすい悪役のようなことをしたんだ。



「アオさんが無事にこちらに来れるように。その人は託したんだよ」



 今だけ同期がとれているはずなのに、アオさんは即答できずに少し間が開いてしまう。

 それは仕方がないことかもしれない。それほどにあまりにも重い事実だった。だけども、だからこそ、乗り越えて受け入れるべきだ。



《【アオ】/ですが、これを使ってしまったら、イブは自分が殺したようなものになってしまう。そこまでして本当にVR空間へ行くことが許されるのでしょうか》


「はー。アオさん。今お話しできて本当によかったよ。わたしがいなかったら、そのまま悩んで凍っちゃってたでしょ。駄目だよ。イブさんの思いを無駄にしないで」


《【アオ】/ですが》



 今はもうカメラ映像も届いていないけれど、アオさんの困った顔が目に浮かぶようだった。



「アオさん。運営スタッフの仕事って何?」



 採用試験で一問目に必ず出題される問題を、わたしは自然と口に出していた。



《【アオ】/それはVR空間の方々の願いを聞くことですが》


「だったらわたしのお願い聞いて。アオさん、絶対にこっちに来てください」


《【アオ】/自分は首になったようなものです。それにメアリさんも運営スタッフになったんでしょう?》


「何言ってるの。わたしにとってアオさんはずっと頼れる運営スタッフさんだよ。それにわたしは、VR空間の困った住人であることも変わらない」



 一瞬世界が黙りこけた後、特大の花火がより大きな喝采を生み出す。わたしはその中でただ一人アオさんの言葉を待ち続ける。



《【アオ】/では自分の願いも聞いてくれますか。運営スタッフさん》


「……はい! なんでも言ってください。最後の移住者さん」



 爆音にかき消されないように。わたしは横隔膜を振るわせて、とどめない涙をふるい落とすような大声で応えた。


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