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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
VR空間3
46/48

 また花火が打ち上がる。

 空が焼ける香りがほんのり漂い、光の強さが気温を少し押し上げている気がする。できる限り本物を再現するために、各種物理現象をわざわざ計算しているという。

 たしかに、単にぴかぴか光らせるだけのエフェクトとは心へ訴えかけるものが違うと思う。

 だからこそ、こんなにも多くの人が、ここだけではないVR空間全ての人が同じ空を見ているのだろう。



「この記念イベントのこと? それはメアリが企画したんでしょ? 私は手配しただけ」

「その手配が大変なんだと思うけど。だって、全エリアのサーバーの時差をなくすように調整してさ、全ての人が同じときに同じものを見れるようにするなんて、最初は無理だと思ったもん」

「まあそうだけどね。それは運営スタッフの人達と密に連携してさ、なんとかしたよ」



 VR空間稼働開始百周年を祝うと聞いて、これはチャンスだと思いすぐさま計画を立てた。あのシステムを起動するためには、余剰計算力を生み出す必要があるため、多くの人がじっとしているような負荷が軽い状況を作り出す必要があった。


 それには同じときに同じ空を見上げてぼーっとしていればいいと考えて、ミユの花火イベントに思いが至ったのだ。

 自分でも無茶を言っていると分かっていた。各国担当者に罵られながら時差の修正をお願いをして回ったときは、流石に心が折れるかと思った。

 それでもみんなが助けてくれて、なんとか実現にこぎつけたときには嬉し涙で一杯だった。

 だけど当日を迎えると不思議と涙が出てこない。それはやはりこの素敵なイベントが、自分の手柄ではないとよく分かっているからだろうか。ミユの会社だったり、他の運営スタッフだったり、昼夜逆転させてしまったのに結局は納得してくれた各エリアの方々のおかげだったり。


 だから今わたしの胸を締めているのは喜びというよりも、まずはただひたすらに感謝の念なのだろう。



「ありがとう、ミユ。ミユの会社の人達にもありがとうって言っておいて」



 ミユの指を握る力が強くなる。結構力が篭もっていると思うけど、全然痛くはない。



「何言ってんの。メアリが頑張ったからでしょ。私ちゃんと知ってるよ」



 そう言ってくれるミユに、そして世界中全ての人にちょっと申し訳なくなる。どれだけ大切なことでも、このイベントを利用してしまう形になるのだから。

 この瞬間、花火が良く見えるようにという名目で多くの地域が停電になっている。

 つまりそこはなんの活動もされておらず、サーバーが計算するようなものもない。

 そして人の活動の計算についても、多くの人が空を見上げてじっとしているか、興味がない人は家で寝ているかのどちらかだ。


 つまり普段のVR空間では膨大な量の計算が必要なところ、今だけは大分労力の削減に成功している。今頃オフィスでザイトさんのチームが、ログインデータの同期処理のためのシステムを動かしているだろう。

 ああ、一番の功労者達にこの素敵な夜景が見せられないことが申し訳ないのだけれど、あの人達は嫌な顔一つしないで仕事にかかってくれた。


 すべては、アオさんのため。

 この世界に足りないものを取り戻すため。

 本当に必要なことは、これで全部成し遂げたよ。

 後は本当に奇跡がやってくるのを待つだけかな。


 この美しい光景をザイトさんにも見せようと、カメラ機能を起動しようとする。人混みと大きな歓声の中、ウィンドウを操作するのにも一苦労だ。

 空中で指を滑らせていると、着信音とともにテキストメッセージが到着していることに気がついて、一瞬動転する。



「メアリどうしたの? なんか震えているけど。寒い?」

「……ううん、だいじょうぶ、だよ」



 すぐ見なきゃ。だけどなんか怖い。恨み辛みの類が並んでいたらどうしよう。いやいやそんなことあるわけがない。勿論嬉しく思う。

 待ちに待ったアオさんからのメッセージだ。だけどどこか不安に感じさせるのは、わたし達が重ねた時があまりにも違いすぎると分かってしまっているからだろうか。



《【アオ】/不凍液フィルターの問題はもうどうしようもありません。体が痺れ出しました。吸う空気の味がおかしい。体が自由な内に、自分は決断をしなければなりません》



 体調が悪いみたいだけど、もしかして毒が回り出したのだろうか。

 アオさんが決断するって、どういう意味だろう。まさか、苦しむくらいなら、楽になろうってことなのか。

 いても立ってもいられなくなる。どうしよう、もうどうしようもできないのか。

 あのことを、伝えることさえできたなら。とても長い時間で辿り着いた事実、それだけを。



「メアリさー、やりたいことがあるのなら、やってきなよ」

「え、なにが……」

「私に気を遣わなくていいよって言ってんの。それ、あいつからのメッセージなんでしょ?」

「そうだけど……でも、どうしたら……」



 何も手を打つことができない。通話回線をつなぐことはもうできないし、こっちからメッセージを送ったって、エラーが返ってくる。



「何言ってんの? メアリはできそうもないことでもちゃんと逃げずにやり遂げてきたじゃん。今回だってきっと一緒」



 ミユがわたしの背を押し出すようにぽんとはたく。首から下げた運営スタッフのカードが揺れて、花火の光を受けて点滅する。



「ミユ、わたし……」

「私がここまでイベンターとして成功できたのって、あいつがきっかけみたいなところもあるし……だから、まあ、感謝してる。あいつのためにメアリは頑張ってきたんでしょ? だったら最後までやらないとね」



 もう一度強い力で押し出される。いつまでも踏みとどまろうとしていたわたしを、叱咤激励するような衝撃だった。



「うん……! ありがとミユ! 行ってくる!」



 花火を合図にするように、わたしは駆け出した。まずはザイトさんのところに行くしかないけど、他にできることはないか考えろ。

 折角運営スタッフになったんだ。試験勉強だけの技術力だけど、昔にはできなかったこと。

 アオさんに何度も通話をかけてみる。当然繋がらない。アオさんが持っているはずのコンソールにも接続できない。

 多分そうじゃない。今わたしとアオさんを繋ぐことができるのはログイン用のケーブルだけ。そこに情報のやりとりを別に割り込ませるなら、テキストデータが限界だ。

 発話内容をすぐさまテキストに変換できるように、音声認識の設定する。



「アオさん! 聞いて、お願い!」


《【システム】/エラー:受信側がログイン処理中です》



 多くの人の中、打ち上げ花火だけが支配する空間では、わたしの声は余りにも小さい。



「アオさんに届いて! 少しだけでいいから!」


《【システム】/エラー:受信側がログイン処理中です》



 それでもわたしは、マイク機能を持つウィンドウに向かって叫んだ。



「アオさん諦めないで!」


《【システム】/エラー:受信側がログイン処理中です》



 走っているせいでスポーツモードが機能してしまっている。

 早くなる鼓動に荒ぶる声。涼しい浴衣なのに汗があふれてくる。

 この場で花火を見ていないのは、わたしくらいか。

 なんのために走るのだろう。ザイトさんに泣きつけばなんとかしてくれると思ったのか。

 そんなことでは駄目だ。

 自分でなんとかしないと。そう思ってこの憎たらしいエラーメッセージを凝視すると、ふと閃いてしまう。

そうだ、これならいけるかもしれない。何せ今日は特別な日。



「アオさん、届いていますか? メアリです。今ログインシステムを乗っ取りました」



 ログイン時に各種処理を行うシステムをわたしが肩代わりして、表示されるメッセージを書き換えてしまえば。可能性はある。

 多分わたしはこのときのために、運営スタッフになったんだ。



《【アオ】/どうしてメアリさんがそんなことを? それに時間差があるはずなのにメッセージが届くのですか。信じられません》



 足がもつれて立ち止まった。運動のせいでくずれた浴衣を着直す気も起きない。人は奇跡を目の当たりにすると、それを享受する以外何もできないものなんだ。



「アオさん、アオさん、アオさん……よかった、本当に……」


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