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《【アオ】/もうとっくに調べられたかとは思いますが、現在の地球で生き残るためには、不凍液フィルターを毎日必ず交換する必要があります。そして今朝の分で保管庫は空になりました。運良く今日も電源が生きていたとしても、このままでは体は持ちそうにありません。今日中のログイン完了はまず不可能でしょうし、超えるべき壁は多そうです。いえ、弱音をわざわざ送りつけているわけではありません。ただの現状報告です。ですが今も考えてしまいます。本当に自分はそちらに行っていいのかどうか。勿論、メアリさんにまた会いたい気持ちは変わらずあります。しかし、決断をしなければならないときは迫っています》
紅葉の中に紛れて、アオさんからのメッセージが浮かぶ。唐突に現れるものだから、思わず手に持っていた焼き饅頭を落としてしまう。セーターを汚した気がするがそれどころではない。
しかし何十年ぶりだろう。嬉しくって、懐かしくって、一文字一文字丁寧に、何度も読み上げる。
たいして寒くもないのに、わたしの荒ぶった息が白く濁っている気がする。
少しづつ冷静さを取り戻し、アオさんの言葉を咀嚼する。やっぱりフィルターのことが問題みたいだけど、まだ諦めたりしてないみたい。
それが確認できただけで十分嬉しい。嬉しいけど、なぜだか、頬を水滴が伝い秋風がそれを押し流そうとする。
やるべきことがあった頃は、ただがむしゃらに突き進むだけでよかった。一つ一つ成果が出るたびに、アオさんに近づけている気がした。だけどもうザイトさんの開発も一段落して、こちらでできることは何もなくなってしまった。
ただ、ただ、待ち続けている。それがこんなにも苦しいなんて、恵まれていたわたしには想像できないことだった。
ずっとめそめそしていても、それはアオさんの望むことじゃないって分かっている。だから、この美しい世界でわたしはわたしなりに楽しんで生活させてもらうしかない。
だけど、それでもたまに思う。
こんな季節の変化を何度も繰り返しても、あの人はきっと、まだ凍える世界で闘っている。もしかしたら、フィルター不足のせいで全身に毒が回り激痛に苦しんでいるのかもしれない。
それでもわたしを安心させようと、なんとかメッセージを送り続けているのかもしれない。
だというのにわたしはのうのうと、この死の恐れのない空間で生きている。本当にわたしだけ楽しんでいていいのだろうか。
そんな矛盾した思いを秘めて生きていくことしかできない。
この涙は、わたしの無力さが生み出したのかもしれない。
真っ暗な空に、一輪の大きな華が咲く。遅れてやってくる爆音とともに赤い火花を散らして、大勢の観客の目を奪う。
あれを百回もやるなんて、いくら記念日でも目がちかちかしてしょうがないと思う。
「メアリー、どう? 今回は一段とすごいでしょ?」
浴衣の袖を引っ張る力が強まって、ようやくミユの存在に気がついた。
「こんなところに来てていいの? 記念式典の実行委員長様」
気品を感じさせるスーツ姿のミユは初めて見るが、正直合ってないと思う。
「いやー、私にとっての今日の主役はメアリだから、ここでいいの」
「今日? 今日って、まさか」
今日はVR空間稼働百周年のイベントの日。それを開催する日を、まさかわざわざ調整して今日に合わせたとしたら。
「百十六歳のお誕生日おめでとうーメアリ」
「うん。ありがと」
悪戯っぽい笑顔のミユに、わたしは平然と返した。
「ちょっと、もっと嫌そうな顔をしなよ! 百十六だよ百十六」
そう言われても、現実で年をとった覚えのない身からすると、百年ってこんなものかとしか思わない。
「わたしもミユも全然おばあちゃんにならないし、だったらお祝いは多い方がいいよ」
「うーん、まあ、そういう考え方もあるか」
ミユは笑みをこぼしながら、わたしの指に彼女の細い指をからませる。
ミユはずっとわたしと一緒にいてくれる。視野の狭いわたしにとってこの広すぎる世界では、彼女がいなければとっくに迷子になっていたことだろう。
あの人を待ち続けるわたしにとって、ミユの存在は道しるべとなった。
「ミユありがとう。こんなにしてくれて」
「いいよ。誕生日なんだから」
「そっちも嬉しいけど、もっとすごいことしてくれたよね」




