表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
VR空間3
44/48

 大男の大声に、優しさが混じり初めて聞くような旋律となる。



「え? どうしてですか」

「不凍液フィルターがなくても即死するわけじゃねぇ。だがな、全身に毒が回っていてもたってもいられなくなる。気絶できるならいいが、頭は不思議と大丈夫でな」



 ザイトさんは思いっきり顔を歪ませて、何かを思い出したように遠い目になる。



「もしかして、経験したことがあるんですか?」

「ん、まあな。一回、フィルターを交換するのを忘れちまったことがあってなぁ。あの頃はまだ医療班が現実に残っていてくれて助かったけどな……いやあ、あれは本当に地獄だった。手元に銃があったら自殺してたぜ」



 痛みなんて感じなさそうな大男がここまで言うのだから、不凍液フィルターの有無は本当に生死に関わるようだ。



「でもそれで痛みに耐えるくらいなら、死んで欲しいって、本気で言ってるんですか」

「フィルターがなきゃ結局死ぬしかねぇ。だったら楽な方がいいに決まってる」



 わたしは現実の寒さどころか本当の痛みも知らない。だからザイトさんの言葉に何も反論できずに、僅かに震えるだけだった。



「言い方が悪かったなぁ。だけど、現実を知ることも大事だ」

「そのフィルターの代わりって、わたし達でなんとかできないんですか」

「こればっかりは計算機でどうのこうのという問題じゃねぇからなぁ。ソフトウェアをいくらこねくり回しても、アオの体に干渉できるわけじゃねぇしな」



 それでも何かあるはずなんだ。ここまで頑張ってきたのに、アオさんが苦しんで死んじゃうだけの結末が用意されているだけなんてことになったら、わたしは電子の神様を一生恨むよ。



「あ、フィルターって一日は持つんですよね? アオさんの他にもまだ人がいたって聞きましたけど、それで、その人は、その、先に亡くなってて……」



 運営スタッフに採用されてから、何か参考になればと色々なアーカイブを見まくった。あまり墓荒らしのようなことは考えたくないけど、それでも可能性があるのならば。



「イブが死んだのは俺も聞いたよ。何考えてんのか分かんねぇやつだったが、それでも死ぬことはねぇのにな……それで、死体からまだ綺麗なままのフィルター引っこ抜いて使えばいいってか? それは無理だな」

「感染症とかの問題ですか」

「衛生面の話もあるが、それ以上に形状が合わねぇんだよ。不凍液フィルターは脚の付け根に差し込んで使うんだが、そのとき体に合わせて変形しちまうんだ。だから体格差のある二人でフィルターを使い回すのは物理的に無理だ」

「じゃあ、どうしようもないってことですか……」

「まあ、そんなしょぼくれんな。俺はなぁ、お嬢がこのオフィスに飛び込んできて、助けなきゃいけない人がいる! って捲し立ててきたときのこと、昨日のことのように憶えているぜ」

「あれは……忘れてください」



 あのときは試験に合格したことと、やっと味方になってくれそうな人を見つけた喜びで大騒ぎしてしまったんだった。恥ずかしい。



「なんでだぁ? 俺は嬉しかったんだぜ。アオのこと知っててくれているやつが、一人でもいてくれてな。VR空間にログインしてからずっと、英雄だなんだと言われるのがむず痒くて仕方がなかった。アオ達を残してきてしまった俺は、本当はこの世界で孤独だったのかもしれねぇ」



 ザイトさんはわたしの頭の上に大きな掌を乗せて、髪をわしゃわしゃにしてくる。撫でているつもりなのかもしれない。



「だからお嬢が来てくれて助かった。俺一人じゃ何もできねぇ。がさつな俺だったら、こんなにも人を集められなかった」



 大きな手を頭に乗せたまま、わたしは後ろを振り返る。そこにはそれぞれのディスプレイに向かって作業を続けてくれている仲間達の姿があった。

 運営スタッフとしての通常業務をこなしながら、他のことにも手を出すには多くの人員が必要だったのだ。

 わたし達に協力してくれる人達を勧誘してきて、彼らが働きやすいようにサポートする。それが今のわたしの仕事だ。



「お嬢が一人一人説得してきてくれたおかげで、目的が達成できそうだ。ありがとな」



 ザイトさんはそう言って、わたしの頭をぽんぽん叩く。結局、わたしは父親に会えず仕舞いだったが、もし会えたなら、同じ事をしてくれたのかなって思ってしまう。



「でも、まだフィルターの問題が……」

「俺達はやれるだけのことをやった。まずはそれでいいだろ」

「そう、ですか」

「奇跡ってのはな、全力を尽くしたやつのところだけにやってくるんだよ。お嬢もそうは思わねぇか」

「そうですね……」

「それにしてもよ、次のメッセージはまだ届かないのか?」

「まだです」

「まあ、それだけ加速してるってことだが、僅か数バイトのテキストデータを送信すんのに数十年もかかるなんて、まるで別の宇宙にいるみたいだな」



 それだけ離れていれば逆に諦めもついたのかもしれない。

 だけど、本当のわたしとアオさんは今もなお近くにいるはずなんだ。そう思うとなんだか、やるせなくなる。

 同士達のおかげでログインデータ同期の問題は解決できそうだ。

 後はアオさんを信じて待つことだけしかできない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ