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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
現実2-2
18/48

『はい』

『んーと、その』



 彼女は高速でストローを指ではじいて、目を泳がせる。

 分かりやすいほどもじもじしているが、何か言いにくいことでもあるのだろうか。



『なにか』

『そうだ、そこって寒いの?』

『そうですね。サーバーが熱を出しているから幾分ましですが、地獄には変わりがないです』

『地獄……本当に大変だね。アオさんみたいな人がいる場所じゃないかも』



 いや、まさに自分にぴったりだろう。

 そういう言葉を必死に飲み込んだ。代わりに口から飛び出したのは、自分らしくない文言だった。



『ここは処刑場ですよ』



 しまったと思った。

 今の彼女ならすぐに、ウィンドウを操作しその意味を調べられる。

 自分は馬鹿なのか。

 メアリは、何も知らなさそうだから、そのままでいてくれればいいのに。

 いや、やはり、それは許されないのか。

 そのことが自分でも分かっているから、あんなことを口走ったのか。



『ねえ、アオさん……』

『……はい』

『アオさんって、そんなに何か悪いことしたの?』

『そう、ですね』

『やっぱり、そうなんだ』

『誰かから聞きましたか。何をしたかは知らないんですか』

『うん。教えてくれそうな友達とは喧嘩中だし。それに、アオさんが言いたくないなら、わたしも知りたくない』

『そのまま個人ウィンドウを操作すれば、大体のことは調べられますよ。検索コードを教えましょうか?』

『いや、いいよ! わたしにとってアオさんは、この世界を支えてくれるいい人だから! それに変わりはないの! 昔に何かあったから、今お仕事頑張っているのは分かったよ。だから、それでいいじゃん』

『……本当に知らないのですか? 自分がどうしてここにいるのか』

『うん』



 それでいいと思ってしまう。

 ザイトの言う通り自分は変わってしまったのだろうか。

 あの幸福そうな世界の住人に、救いを求めてしまうなんて。

 自分が氷の世界に留まっている理由。

 その意味をもう一度噛みしめようとする。

 イブの声が頭の中で反芻されていく。


【人が嫌いなの】


 きんきんに冷やされた自分の頭は、思わず同意しそうになる。

 だけど、不凍液で満たされた心臓が、なんとか踏み留まらせようと否定する。



『それでさ、アオさん。お仕事は、いつ終わるの』

『今日の仕事は専門外ですので、分かりません』

『そっちじゃなくてさ。いつまで現実に残っているの? AIといっても、こっちにこないと活動できなくなるでしょ?』

『いつまで、ですか』



 本当に答えはない。

 そんなこと太陽に聞いてくれって思った。

 いや、不凍液フィルターに限りがあるから、遅くとも二日後にこの地球に別れを告げることになる。



『前にも聞いたと思うけど……どうして教えてくれないの?』

『一応、仕事に関することですので……』

『こんなサーバーは見せてくれるのに? アオさんのログイン日時は駄目なの?』

『まぁ……そうですね』



 返答に困りサーバーの巨大な壁面を見上げるしかできない。

 彼女に真実を告げることに、どれだけの意味を持つだろうか。

 同情をかっても空しいだけだ。最初の内は気を遣って色々してくれるかもしれない。

 だけどすぐに誰のためにもならない愚行に変わって、お互いの時間を浪費するだけになる。

 自分は、ただ約束のときまで生き残ればいい。

 寒さを忘れさせてくれる話相手がいてくれれば、それでいい。

 そのためには彼女には最後まで普通でいてくれれば、それだけで十分だ。



『もうすぐ加速の最終段階に入ります。それを見届ければ自分には仕事がなくなるので、その後ですね』

『……そっか、ちゃんと予定はあるんだね。よかった』

『今日ここに来たのだって、加速試験の調整のためです』

『そっかそっか。そういえば、もうすぐ一気に数百倍とか早くなるらしいね。お知らせのメッセージが来てたよ』

『そうです。そうしたらもう、音声で話すことも厳しいでしょうね』



 加速の最終段階の意味を、やはり彼女は分かっていないようだった。

 だから話題を逸らすことも容易い。



『わたしはいつまででも待てるけどなー。あ、でも自分の現実の体は、なるべく早く見ておきたいかも』

『それについては、これが終わり次第、向かいます。そちらでいうと、かなりお待たせすることになるかと思いますが』

『アオさんが大丈夫なら、それでお願いします!』



 ようやく笑みを取り戻した彼女を見て、自分の頬も少し緩む。

 氷漬けの自分の体を見るという彼女の特殊な願いを叶えてあげるためには、本当に時間がない。

 明日、自分の体温が運動可能なレベルかどうかも分からないのだ。

 メアリを映していたウィンドウが、高速で景色を変える。

 移動しているのだろう。

 空はすっかり暗い。

 さっきまで昼だったように思えたが、この現実の一瞬で、VR空間は半日を終えてしまったのだ。



『ん、ああ、ごめん、移動中。カフェを追い出されちゃったよ』

『気づかずに申し訳ありません。一度切断しましょうか。もうお休みの時間でしょう』

『えーと、そうだね。お仕事邪魔してごめんなさい。終わったら連絡ください!』



 帰路に就くメアリは、通信が切れるまでずっと手を振っていた。

 頃合いを計って、すぐに安置所へ行かなければならない。

 前の自分だったなら嫌に思ったのかもしれないが、人に頼られていることの有難さに気づいたならそうでもない。

 寒さで震える体を抑えることにも、意味を持たせてくれるなら、あまり辛くはない。


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