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ホログラムで映し出されたサーバー群のマップの中央に、ザイトによってつけられたピンが激しく点滅する。
わざわざこんな目立つ真似をしなくとも、ここで作業することくらい容易に想像できていた。
サーバー群の中心には、全てを束ねる基幹サーバーとなっており、加速に纏わることは勿論、大半の制御はここで行っている。
『お、着いたな。俺の言う通りにしてくれ』
ザイトの指示通りにデアイサーを操作し、サーバーの外装を外していく。
しかしいくら上司の言うこととはいえ、違和感を覚える。
どこにも不良や事故の痕跡を見つけることができない。
ザイトの表情や声の波長からも、緊急事態だということを感じさせない。
『加速は順調ではないのですか?』
『んー。やっぱりお前は騙せねぇよなぁ。そうだ、順調だよ』
『ではこの作業の意味は?』
『お前は気温データしか見てねぇのか? 実は太陽の方も順調でな、計算によると融合炉がもう少し持ちそうなんだ。当初の予定と比べてな』
朗報だが、すぐに貴重な不凍液フィルターの数を頭に浮かべた。
最早自分の命は、電力ではなくフィルターに支配されている。
それが増えない限り、死ぬときは決定付けられている。
『だからなお前がくたばる前に、念には念を込めて最終点検しておけって、上から言われてな。まあ付き合ってくれや』
『……分かりました』
そうは言っても、不思議と飲み込めないものはある。
こんな嫌がらせのような作業に、なんの価値があるのだろう。
自分が正義と信じた愚行の結末は、せめて意味のあるものだったと思いたかった。
『そう、それ、その部品の設定を百にしてくれ』
デアイサーのアームによじ登って、生身のまま仕事を行う。
比較的高温のサーバーに囲まれた場所ならば、自分の指も悴むこともない。
ザイトが睨む先には、配線の束に隠れてメーター計のようなものがある。
目盛にはよく知っている数字を指している。
これはVR空間の今の時間の速さを示しているのだろう。
『言われた通りにしましたよ。でもこんな設定変更は、VR空間でもできますよね』
百倍速に設定する操作が、お手軽に完了してしまう。
ますます向こうとの差が開いていく。
その重みに反したツマミの軽さだった。
『いや、まあ、な』
ザイトは優秀なエンジニアだが、見た目通りのズボラさと隠し事のできない大雑把さがあった。
彼は困った様子で顎をカリカリとかきだしている。
『どうしてこんなことを?』
『んーまあ、上のやつらからの指示だって言っただろ。まあ終わったんだ。さっさとフタを閉めてくれ』
ポーカーに勝てないほどに、彼は考えていることをそのまま顔に映し出す。
彼の抱える責任感と、申し訳なさが検出するまでもなく滲み出ている。
二人とも静かに作業を続ける。
簡単だが工数の多い作業なので、時間だけが過ぎていく。
『なあアオ、不凍液フィルターのこと、何も言わねぇのか』
突如ザイトが、ぼそりと言葉を零した。
『何のことですか』
質問自体もその意味も、確かに自分には思うこともある。
ザイトは勿論それを把握して、言葉を繰り出した。
『残りの数のことだ。あと一個か?』
『そうですね。予備もありませんし、予定より太陽がもつのなら、砕氷作業できませんね』
『そうならよ、おかしいと思わねぇのか』
『いえ』
『だからよ、予備もねぇのはおかしいだろ?』
『フィルターはリサイクルもできませんし、仕方ないでしょう』
『分かっててとぼけてんのか? お前もいい性格してんな。不凍液フィルターの在庫は調整されてんだよ。俺のログイン日程を遅らせてな。全部上からの言いつけだ。お前に無駄に長生きされても困るらしい』
ザイトは歯ぎしりしながら、VRで表現された事務所の壁を睨みつける。
その向こうからの指令に嫌々従っていることがよく分かる。
『だとしたら、その狙い通りになりましたね』
排水溝が凍てつくまでの時間さえも、VR空間の最終加速段階に達したら、無限に等しくなってしまう。
つまり、殆ど砕氷作業に意味がなく、自分の存在は不要になる。
だとしたら、サーバーを破壊しかねない裏切り者は、先に死んでほしいと願うことは、当然なのだろう。
そう思いながら、白々しい音声を吐くことに全神経を集中させた。
『……お前は俺のこと監視役と思ってんのかもしれねーが、俺はちゃんと仕事仲間だと思ってたぜ。確かに許されないことをした。だけど同情もできるし何より、真面目に人類のために貢献してんじゃねーか』
『自分が大人しく見えるのは、薬と寒さのせいかもしれません』
『はっ。そんな冗談が言えるなら十分素面だろ』
ザイトは無表情のまま壁をごんごんと叩いた後、そのまま項垂れて言葉を更に吐き出した。
『……悪いな、アオ。俺はなんもできなかった』
『何を言っているんですか。ザイトさんも志願してここに残ろうとしたじゃないですか。心から尊敬します』
『……ふん』
画面の中にあるザイトの顔が、久しぶりに柔らかくなった気がした。
『だから、気にしないでください』
『……最後に確認させてくれ。ここをモニターしているのは知っているな?』
ザイトの指の先には先ほどの加速計がある。
これが指し示すものが、VR空間で何よりも深い意味を持つ。
『ええ』
『最終段階が来たら、その数値をこちらに送ってくれ。その確認をもって全工程は終了だ』
『ちゃんと憶えていますよ』
不具合なく加速が最終段階に達したか否かを、現場が目視でもって判断する。
原始的だが、結局これが一番安心するのだ。
正解の数値は開示されておらず、さぼって適当な数値を送れば嘘だとばれる。
だから真面目に加速計を見張っていなければならない。
『なあアオ、そんな作業だったら、残るのはカメラだけでいいと思わねぇか?』
『どういう意味ですか』
『俺なら上手く誤魔化せる。さっさとこっちにログインしろって、そう言っているんだ』
『何を、言って……』




