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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
現実2-2
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4

 ホログラムで映し出されたサーバー群のマップの中央に、ザイトによってつけられたピンが激しく点滅する。

 わざわざこんな目立つ真似をしなくとも、ここで作業することくらい容易に想像できていた。

 サーバー群の中心には、全てを束ねる基幹サーバーとなっており、加速に纏わることは勿論、大半の制御はここで行っている。



『お、着いたな。俺の言う通りにしてくれ』



 ザイトの指示通りにデアイサーを操作し、サーバーの外装を外していく。

 しかしいくら上司の言うこととはいえ、違和感を覚える。

 どこにも不良や事故の痕跡を見つけることができない。

 ザイトの表情や声の波長からも、緊急事態だということを感じさせない。



『加速は順調ではないのですか?』

『んー。やっぱりお前は騙せねぇよなぁ。そうだ、順調だよ』

『ではこの作業の意味は?』

『お前は気温データしか見てねぇのか? 実は太陽の方も順調でな、計算によると融合炉がもう少し持ちそうなんだ。当初の予定と比べてな』



 朗報だが、すぐに貴重な不凍液フィルターの数を頭に浮かべた。

 最早自分の命は、電力ではなくフィルターに支配されている。

 それが増えない限り、死ぬときは決定付けられている。



『だからなお前がくたばる前に、念には念を込めて最終点検しておけって、上から言われてな。まあ付き合ってくれや』

『……分かりました』



 そうは言っても、不思議と飲み込めないものはある。

 こんな嫌がらせのような作業に、なんの価値があるのだろう。

 自分が正義と信じた愚行の結末は、せめて意味のあるものだったと思いたかった。



『そう、それ、その部品の設定を百にしてくれ』



 デアイサーのアームによじ登って、生身のまま仕事を行う。

 比較的高温のサーバーに囲まれた場所ならば、自分の指も悴むこともない。

 ザイトが睨む先には、配線の束に隠れてメーター計のようなものがある。

 目盛にはよく知っている数字を指している。

 これはVR空間の今の時間の速さを示しているのだろう。



『言われた通りにしましたよ。でもこんな設定変更は、VR空間でもできますよね』



 百倍速に設定する操作が、お手軽に完了してしまう。

 ますます向こうとの差が開いていく。

 その重みに反したツマミの軽さだった。



『いや、まあ、な』



 ザイトは優秀なエンジニアだが、見た目通りのズボラさと隠し事のできない大雑把さがあった。

 彼は困った様子で顎をカリカリとかきだしている。



『どうしてこんなことを?』

『んーまあ、上のやつらからの指示だって言っただろ。まあ終わったんだ。さっさとフタを閉めてくれ』



 ポーカーに勝てないほどに、彼は考えていることをそのまま顔に映し出す。

 彼の抱える責任感と、申し訳なさが検出するまでもなく滲み出ている。

 二人とも静かに作業を続ける。

 簡単だが工数の多い作業なので、時間だけが過ぎていく。



『なあアオ、不凍液フィルターのこと、何も言わねぇのか』



 突如ザイトが、ぼそりと言葉を零した。



『何のことですか』



 質問自体もその意味も、確かに自分には思うこともある。

 ザイトは勿論それを把握して、言葉を繰り出した。



『残りの数のことだ。あと一個か?』

『そうですね。予備もありませんし、予定より太陽がもつのなら、砕氷作業できませんね』

『そうならよ、おかしいと思わねぇのか』

『いえ』

『だからよ、予備もねぇのはおかしいだろ?』

『フィルターはリサイクルもできませんし、仕方ないでしょう』

『分かっててとぼけてんのか? お前もいい性格してんな。不凍液フィルターの在庫は調整されてんだよ。俺のログイン日程を遅らせてな。全部上からの言いつけだ。お前に無駄に長生きされても困るらしい』



 ザイトは歯ぎしりしながら、VRで表現された事務所の壁を睨みつける。

 その向こうからの指令に嫌々従っていることがよく分かる。



『だとしたら、その狙い通りになりましたね』



 排水溝が凍てつくまでの時間さえも、VR空間の最終加速段階に達したら、無限に等しくなってしまう。

 つまり、殆ど砕氷作業に意味がなく、自分の存在は不要になる。

 だとしたら、サーバーを破壊しかねない裏切り者は、先に死んでほしいと願うことは、当然なのだろう。

 そう思いながら、白々しい音声を吐くことに全神経を集中させた。



『……お前は俺のこと監視役と思ってんのかもしれねーが、俺はちゃんと仕事仲間だと思ってたぜ。確かに許されないことをした。だけど同情もできるし何より、真面目に人類のために貢献してんじゃねーか』

『自分が大人しく見えるのは、薬と寒さのせいかもしれません』

『はっ。そんな冗談が言えるなら十分素面だろ』



 ザイトは無表情のまま壁をごんごんと叩いた後、そのまま項垂れて言葉を更に吐き出した。



『……悪いな、アオ。俺はなんもできなかった』

『何を言っているんですか。ザイトさんも志願してここに残ろうとしたじゃないですか。心から尊敬します』

『……ふん』



 画面の中にあるザイトの顔が、久しぶりに柔らかくなった気がした。



『だから、気にしないでください』

『……最後に確認させてくれ。ここをモニターしているのは知っているな?』



 ザイトの指の先には先ほどの加速計がある。

 これが指し示すものが、VR空間で何よりも深い意味を持つ。



『ええ』

『最終段階が来たら、その数値をこちらに送ってくれ。その確認をもって全工程は終了だ』

『ちゃんと憶えていますよ』



 不具合なく加速が最終段階に達したか否かを、現場が目視でもって判断する。

 原始的だが、結局これが一番安心するのだ。

 正解の数値は開示されておらず、さぼって適当な数値を送れば嘘だとばれる。

 だから真面目に加速計を見張っていなければならない。



『なあアオ、そんな作業だったら、残るのはカメラだけでいいと思わねぇか?』

『どういう意味ですか』

『俺なら上手く誤魔化せる。さっさとこっちにログインしろって、そう言っているんだ』

『何を、言って……』


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