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「お、お見合い っ!?」
事件は、母の持ってきた一枚の写真から始まった。
「ちょっと、お母さん、どういうことよ!?」
久々に家に帰った日のことだった。母は私が大学に入る少し前に再婚したので、大学卒業後、私は今勤務している中学校の近くにアパートを借りていたのだ。
「いやね、なんでも、あんたのこの前撮った写真を見た友達のお姉さんが、何を思ったか気に入ってねぇ、息子もいい年頃だから、どうですかって。せっかく言ってくださるんだから、会うだけでも」
私はテーブルをたたいて立ち上がる。
「断ってよ、そんなの! 卑怯だわ、私の断りもなく、勝手に話を進めて! 私、お見合いなんかしないからね。絶対しないわよ!!」
私は居間を出て、玄関へ向かった。
「ど、どこいくんだい?」
「決まってるわ。帰るのよ、自分のアパートへ!」
久しぶりに家に帰ったと思ったらこれだ。母はいつだって自分で何でも勝手に決めて、私には事後承諾なのだ。再婚のことだってそうだった。
もちろん、母だってひとりの人間だ。幸せになりたいと思うのは、当たり前のことだ。それを、娘だからといって私が邪魔できるわけもない。
でも、それと同じように私の幸せは私にしか決められない。誰にも、決められないのだ。
それが何故、この人にはわからないのだろう。
「もう、三年も経ったんだよ。忘れなさい、あの人のことは」
靴を履き終えた時、背後で、残酷な声がした。
私は振り返らなかった。
「死んでしまった人を、いつまでも思ってたって仕方ないんだよ。あんたは、生きてるんだから。これから先、独りで生きていくなんてことできっこないんだから」
さもわかりきったように言いきる母の傲慢さに腹が立った。
確かに、母はそうだろう。
でも私は違う。私は母ではないもの。全てを同じに考えるなんてできっこない。
それなのに何故、自分の考えだけが絶対のように、自分だけが正しいように、言い切れるのだろう。
私でもないのに。私の気持ちなんて、全然わかろうとしないくせに。
「おまえのためを思って、言ってるんだよ」
嘘つき。
私のために、そう言う?
それなら、私の気持ちなんてどうでもいいの?
こんなにあなたの言葉で傷ついているのに、それでも私のためだというの!?
そう叫びたかった。
三年も。
あなたはそう言うけれど。
まだ三年よ。私がこれから生きていく長い人生の中で、まだ、たった三年だ。
私のためを思って?
そう言えば、自分が正しいとでも思っているのだろうか?
免罪符のような言葉を掲げて、私の心を踏みつける。
そんな独り善がりな思いやりが、どれほど私を傷つけてきたか、そんなこと思いもしないのだ。
いつだって、私のことなんて考えてはいないくせにこの人は優しい母親のふりをする。
私を本当にわかってくれたのは、透だけだった。透しか、いなかった。
透がいればよかった。
透だけでよかったのに、いつも私にはいらない人ばかり残る。
「――」
私は黙っていた。
大声で心の中に芽生えたやりきれなさを叫びたかった。でも、できなかった。
叫ぶ前に泣いてしまう。泣き顔だけは、見せたくなかった。
私は黙って家を出た。
どこか、一人になれるところへ行かなければ。
けれど、この密集した住宅街ではそれは望めない。こうしていても、どこかしらに人がいる。
私は唇を噛みしめ、ついでに自分の手の甲をつねりながら、北へと向かった。
住宅街を外れた空き家。
あそこへ行こう。
あそこなら、誰も滅多に入って来るまい。
あの噂が出始めた時は、野次馬根性で来てた人はいるだろうけど、昼日中に幽霊を見にくる物好きはいないだろう。
あそこなら、きっと思いきり泣いても構わない。
透がいた、あの場所でなら――




