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住宅街の少し外れの古びた空き家に幽霊がでると噂されたのは、夏も終わりに近い頃だった。
「売っちゃいなさい。あんな家、住みもしない、貸しもしないなんて無駄じゃないか。
放っておくから、変な噂が立つんだよ。売っちゃえば、土地だけでもたいしたお金にもなるそうじゃないか」
ことあるごとにそう言っていた母は、ここぞとばかりにまくしたてた。
「何度いえばわかるのよ。あれはまだ私のものじゃないの。名義上預かってるだけなんだから売るつもりはないの。絶対、ないの」
言い返す私は、いつものことなのでほとんど投げ遣りになってしまっていた。
「だいたい、そんなもの預かってたって、あんなさびれた家、使えもしないよ」
「どうでもいいでしょ、そんなこと。例え形だけとはいえ私が預かってるんだから、私の自由よ」
人の噂もなんとやらと言うが、幽霊の噂はかなり広まっていて沈下する様子もなく、結構な問題となっていた。初めは、私もどうこうするつもりはなかったのだ。そんなもの、はなから信じてはいないし、大体が何かの見間違い、もしくは勘違いと相場が決まっているのだ。
しかし、新しく入った情報が、私の重い腰を上げさせた。
『空き家にでる幽霊は、若い男である』
家主代理の私はさっそく一人で空き家に出かけ、日暮から夜明けまで、そこで幽霊を待った。けれど、ただの一度も幽霊は私の前には現れなかった。
正直、私はがっかりした。
別に幽霊が好きだったからでも、若い男が好きだったからでもない。
ここにでるのなら透の幽霊だと思ったからだ。
透は、私の恋人だった人。三年前、ひょっこり出かけたきり、戻らなかった。二十八にもなって定職にもつかず、根無草のように生きている人だった。放浪癖があるのは分かり切っていたので、いきなり彼がいなくなっても、私は別段心配しなかった。
だが、二週間を過ぎて、私は透の車がこの町から遠く離れた海に面した崖下から発見されたという連絡を、彼の顧問弁護士だった人から受けた。
かけつけた私が見たものは、これ以上なくひしゃげた車と、運転席のシートについた黒ずんだ血の後だけだ。
死体は波にさらわれたのか、とうとう見つからなかった。
透は、まるで自分が死ぬことを予期していたかのように遺言を残していた。他に身寄りのない透はあの家の名義と管理を――と言っても、遺産の方は透の放浪資金のため半分以上はなくなり、あとは自動的に弁護人を通じて家の管理費に使われて結局のところびた一文私にお金が入るわけではなかったが――私に譲渡するようにと。
あの事故から三年が過ぎようとしていた。私は二十五になっていた。
私はもう大学生じゃない。就職難の為一般の職種の就職試験にことごとく落ち、教員免許を持っていたためにかろうじて地元の中学校の臨時講師として採用してもらい、社会人となっていた。透が決してならなかった普通の社会人に。
そうして、時間は流れていくのだ。
でも、私はまだどこかで透が生きているような気がしてた。いつか、なんでもなかったように私の前に、
「ただいま」
そう言って笑ってくれると、心の半分でだけ、信じていた。




