明日に向かって
今週も喫茶店『DAWAN』は、毎度毎度の千客万来でございます。
わたしはいつもの席で客人との他愛ない会話に付き合い、ミカは客人に纏わりついた『諸々の厄災』を退去させています。
最近のトピックスと言えば、木之本家にも待望の跡取りが出来たという事で、店内のお客さんも巻き込んで、連日カーニバル状態になっています。
もっとも、身重になるであろうカスミちゃんについては、早晩店内活動の自粛を余儀なくされてしまうでしょう。
タケシ君は調理担当、ミカは退治屋さん、わたしも二足歩行は得意ではありますが、トレー片手に接客出来るほどの器用さは持ち合わせておりません。
臨時パートのケイコさんだって、四六時中応援をお願いは出来そうにありません。
もはや、新入店員を採用しない限りは、にっちもさっちも仕事が進まない状況なのです。
そんなわけで、本日募集していた新入店員候補の方が面接にやって来られます。
本来であれば、店主たるタケシ君が取り仕切るべきところなのですが、カスミちゃんからのお願いも有ってミカとわたしも同席する事になりました。
ところで、面接希望者として誰がやって来るのでしょうか?
わたしたちは知りません。
タケシ君も聞きそびれているようで…段取りを整えたカスミちゃんだけが、面接希望者の名前を知っています。
が、カスミちゃんは初期のツワリで絶賛お休み中なので、お話を出来るような状況ではありません。
『タケシよぉ~。
せめて、面接希望者の名前ぐらいは確認しような。』
「す、すまん。」
ブルテリアにツッコミを受けるタケシ君の滑稽なやり取りなど、ミカは気にする風もなく、扉の向こうを眺めています。
さて、三人がカウンター席で待つこと半時程が立った頃でしょうか。
不意にミカが立ち上がり、扉を眺めながらわたしに話しかけてきました。
「ワン、ワン!」
ー(来たわよ、お客様。
わたしも扉に意識を集中すると…面接希望者の影が見えてきます。
「ワゥ?」
希望者以外にも、誰かいるように見受けられます。
「ワ、ワゥ?」
ー(ま、まさか?
ミカに視線を向けると、彼女がニヤリとわたしに笑い返してきます。
やがて、扉が開くと一人の学生服姿の少女が入ってきます。
「こんにちは!」
ホーランドロップを胸に抱き、いつかわたしと会話をしたあの少女です。
「本日、面接のお約束でお伺いしました。
藤本 美由紀です。
よろしくお願いします。」
深々と頭を下げるミユキちゃん。
「どうぞ、こちらへ。」
タケシ君は席を立って、自分たちの居るテーブルの向かいへミユキちゃんを招きます。
タケシ君に促され、ミユキちゃんは席に着きます。
連れてきたウサギも机の上に箱座りします。
「それでは…。」
ミユキちゃんの面接が始まった横では、ウサギがわたしたちに話しかけてきます。
「わしの飼い主は、高校生ではあるが、マジメでコツコツと仕事をこなすタイプの人間じゃ。
くれぐれも採用の応援をお願いしたい!」
「それは、わたしたちの決める事じゃないわ。
店主たる、タケシさんの仕事よ!」
ミカがたしなめてみせますが、ウサギは気にする風もなく、言葉を重ねてきます。
「わしも、何がしかの手伝いに参画し、彼女の応援をしていく所存じゃ!」
「大丈夫かしら?」
ミカが悪戯っぽく笑って見せれば
「『騎士』の誇りにかけて!」
鼻息荒く、胸を張ってみせるウサギ。
「…どうだろうか、タツロー?」
不意にわたしに話を振ってくるタケシ君、彼もミユキちゃんの採用にあたって一抹の不安が有ったのでしょう。
全員の視線がわたしに降り注いできます。
わたしは、おもむろにタブレットを取り寄せ、文章を打ち込んでいく事にします。
『協力いただけるのは、有難い事です。』
全員の視線に安堵の色が漂います。
『ただし、条件があります。』
わたしの要らない一言で、場の空気は一変し、緊張が否応なく高まってきます。
全員を十分に焦らしたところで、わたしは条件を提示しました。
『うさ子と一緒に勤務する事!』
この一言で、場の空気は一気に緩み、全員が笑い出してしまいます。
一頻り、笑い声が木霊した後、
「小僧、飼い主ともども、よろしく頼むぞ。」
『騎士』を名乗ったウサギは、わたしの所に来ると、わたしの鼻頭を鼻で突いてきました。
「こちらこそ、よろしくお願いします。
頼りになる騎士殿。」
「うむ!」
わたしの横では、ミカがコロコロ笑い。
一連の所作を見ていたタケシ君とミユキちゃんもニコニコしています。
わたしは、タツロー。
わんこに転生してしまった、元人間です。
…前世では、家族も含め、希薄な人間関係の中で生きてきました。
今、こうして美人の姉さん女房を娶り、我が家に帰還も果たし、頼りになる仲間と共に、日々面白おかしく生きています。
あまつさえ、ライバーとしてのデビューも果たし、時のイヌにもなってしまいました。
前世で失ったものは、確かにあったかもしれませんが、今のわたしは補って余りある幸福を手に入れています。
あぁ、飼いイヌに降格した事は、残念な事なのかもしれませんが、家族も増えたし、何より大好きなミカが今日も綺麗なので、後悔などは微塵も感じていません。
Fin




