タツローの自宅
ケイコさんは、ゆっくりと語り始めます。
わたしが人間であった頃、そしてわたしの知らないわたしにまつわる話…。
「それは、裏手にある住宅団地が造成され始めた頃にまで遡るわ。
表通りは今も昔も変わらず、人通りは多かったみたいね。
それから、今はなくなってしまったんだけど、路面電車も走っていたようなの。」
そう言いながら、書籍に掲載されていた写真のコピーを見せるケイコさん。
「その頃、ここに住宅を建てたのは、タツローさんの母方の祖父…。
そう、タツローのおじいちゃんなのよね。
もっとも、当時は喫茶店ではなくて、惣菜屋さんを経営されていて、通りを行き交う人たちにお料理を提供していたみたいね。」
当時は有名な惣菜屋だったようで、古い新聞の切り抜きもケイコさんは見せてくれました。
自分の知っている外側の話のため、戸惑っているわたし。
そんなわたしを落ち着かせようと右からミカが左からクイーンがわたしの顔を舐め回してくれます。
その様子を眺めていたケイコさんは、笑顔で語りかけてきます。
「そして、あなたのご両親が恋仲になった頃に、おじいちゃんが急逝してしまいます。
そこでタエコさんのご家庭を守るために結婚を決意されたあなたのお父さん。
身内でささやかな結婚式を上げ、やがてあなたが生まれてくるんだけど…。」
ケイコさんの顔に悲壮な陰りが見えます。
「あなたが生まれてひと月もしないうちに、路面電車の事故が有ったの。
その事故に巻き込まれて、お亡くなりになったの…買い出しのお手伝いに付き合っていたお母様。
あなたのおばあちゃんとともに…ね。」
父が隠したがる事実はこれだったのでしょうか。
生前の父は、母のことについては、寡黙を貫き、多くを語ること無く、墓場まで持っていきました。
「そして、お母さんたちが亡くなられた後に、彼女の夢だった喫茶店を一階に作り、二階に住居を構える。
今の様式に建て替えたのが、あなたのお父さんだったんです。」
ケイコさんは店内を一望してから話を続けます。
「タエコさんは、ここで人も動物も、それぞれがゆったりと寛げる空間を提供したかったみたいね。
それと、当時としては斬新だった『ハーブティー』の提供も考えていたみたいね。」
ケイコさんが手に取ったのは、母の形見のレシピ本でした。
まぁ、カスミが見つけてきたおかげで知ることになったシロモノなのですが…。
「以降、この家を守ってきたお父さんがあり、あなたを経て、木之本夫妻にバトンが渡されたわけよね。」
満面の笑みになるケイコさん。
夫婦はわたしの顔を覗き込んだり、お互いの顔を見たりと、鳩が豆鉄砲を喰らった状態です。




