役所からのお客様
さて、帰宅してから二週間が経ちました。
二階の居住区は程なく我々の住まいに相応しいモノになりました。
わたしの部屋は、わたしとミカの寝室兼居住区画に変わり、父の書斎はタケシとカスミの愛の巣に変わりました。
そして一階の喫茶店なのですが…。
「ねぇ、これ使えるかしら?」
骨董品級のくすんだ色のコーヒーミールを掴み上げてタケシに確認を求めるカスミ。
このような調子で、食器棚や戸棚に隠れているカップやカップ皿のような食器から、すっかり黒ずんでいるが洒落たデザインのポットなどを物色している夫婦でした。
(使い込んまれた結果のクスミであれば味わいと言えるのでしょうが…。
棚に押し込まれて腐った結果のクスミではゴミとしか言えないのではないでしょうか?)
夫婦のやり取りを見ながら心でつぶやくわたしと、何かお宝が出ることを期待しているのは、わたしの隣りに座っているミカさん。
わたしはわたしで、夫婦から充てがわれたタブレットを開き、喫茶店経営のノウハウについて、諸経営者のブログなり、経済新聞の取材記事などをネットサーフィンしながら物色しています。
「坊やも、あの夫婦もご苦労さまね。」
ゆっくりと伏せの体勢に入るミカさん。
どうやらお昼寝の時間が近いようです。
さて、三者三様の作業をし、ミカがうたた寝を始めた矢先、ガチャリと玄関の扉が開き、扉にかけてあるパイプチャイムの音色が部屋中に鳴り響きます。
人の気配は察知していたのでしょう…ミカは気にする風もなく眠り直しています。
「「いらっしゃいませ~!」」
来客に対して、店員風の挨拶で答えてしまう夫婦。
「こんにちは~。」
お客さんは、過日お世話になったパンツスーツ姿の住民課窓口の女性でした。
タケシは食器棚と戸棚に挟まれ身動きがとれないため、カスミが女性のところに駆け寄っていきます、お供はわたしです。
「こんにちは。
何か御用でしょうか?」
カスミが笑顔で件の女性に語りかけます。
「こちらは、木之本 武さんのお住まいでよろしかったでしょうか?」
「はい、そうです。」
「ああ、失礼しました。
わたし、住民課の桜庭 美優と申します。」
「これは、ご丁寧に。妻の香澄です。」
社交辞令と名刺の受け渡しが行われた後、二人は近くのテーブルに腰掛けます。
「きれいなお住まいですね。
何だか喫茶店みたいで…。」
「ええ、素敵な建物なんですよ。
道具とかも色々揃ってますし…。」
ミユが語りかけると照れるようにカスミが頷きます。
わたしは、二人の様子を暫く観察していました。
女性同士の会話は、概して前段の話が長引く傾向にあるようです。
実際、ミユはここに来て10分程度経ちますが、彼女の用向きに触れていません。
あるいは、触れないことが、用向きの真の目的かもしれませんが…
「わん!」
二人の談笑を遮るのは、申し訳ありませんが、わたしは会話に割り込むことにしました。
「どうしたの?
タツロー?」
「この子、タツロー君って名前なんですか?」
「ええ、そうなんです。」
「ふぅ~~ん…ところで、木之本さんたちは、これから何を…
って、喫茶店を開きたいって言われてましたね。」
ようやく、本題に話が移ってきました。
「出来れば、喫茶店を経営したいんですが、こちらに知り合いなどは居ませんし、相談できそうなところもなくて困っていまして…。」
意気消沈気味になるカスミと、ようやく食器棚と戸棚の間から抜け出してきたタケシも同席してきます。
「そうでしたか…。
実は、本日お伺いしたのも、木之本さんたちのような若い夫婦さんを対象とした、生活全般の応援事業についての説明にお伺いしたのです。」
そう言って、何やらパンフレットやら書類を鞄から取り出すミユさん。
タケシの目配せもあり、わたしも同席することに。
不思議なことに、ミユさんもわたしが席に着くのを待っています。
さてさて、イロイロと書類が広げられていますねぇ。
「それでは、この街の案内をさせていただきますね。」
そう言って『街の名前』が書かれた案内パンフレットを取り出すと、我々に説明を始めるミユさん。
…何だか、小学生時代の事を思い出して、背中がむず痒くなりますが、夫婦は真剣に説明を聞いています。
まぁ、来た事も聞いた事も無い街の話ですからねぇ、仕方ないかな。
引き続き、自治会の話やらゴミ出しルールなど、生活周り全般の説明が終わり…。
「…、となっております。
ここまでで、ご質問等ございますか?」
「いえ、大丈夫です。」
ミユさんの問いかけに笑顔で応える夫婦。
しかし、書類はまだまだ積んでありますが?




