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そして、それから、僕たちは。  作者: ぺらー。


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2/2

02---ギフテッド(2)

 三人で住んでいるのは大きめの二階建て一軒家。そして、そのすぐ横に建てられているのがオフィス兼スタジオだ。それらを囲うように広々とした庭があり、外での衣装撮影も殆どが敷地内で行えるようになっている。璃玖の地位を考えて、あくまでも安全面に配慮した上。なんて聞いたけれど、璃玖を溺愛する華吹家の息がかかっていることは間違いない。

 この敷地に入るだけでも世界屈指のセキュリティを突破しなければならないのだから、どれほど璃玖のことを大切に思っているのかがよく分かる。それとも俺がまだ知らないだけで、璃玖にはもっとすごい秘密があるのだろうか。

 思えば、璃玖の性格や好み、ちょっとした癖なんかは把握しているけれど、どこまで踏み込んでいいのか分からずにいる部分も多い。璃玖が普段から過去のことを話すタイプじゃないからか、それとも意図的に隠しているのかは不明だけれど。

 真紘さんが請け負っている『華吹』の仕事についても、璃玖と真紘さんがたまに出席している謎のパーティーのことも、細かい部分はあまりよく分かっていない。真紘さんに聞いてみたところで「環はまだ知らなくていいよ」の一点張りなのだ。

「環さん、ドラマ撮影の次の日、朝一で髪色変えるわ」

 飛び込んできた璃玖の言葉に、意識が思考から現実へと引き戻される。真紘さんの言う通り、今はまだ知る必要が―――否、知る余裕がない。璃玖は俺のことを『仕事が出来る』なんて評価しているけれど、実際は璃玖の身の回りのことだけでも手一杯。スケジュール管理をして、マネージャーとして外部とのやり取りをして、璃玖が体調を崩した時はその調整に追われる。

 そこまでやらなくていい、と璃玖には言われているけれど、これは俺が好きでやっているのだ。他の誰にも、勿論、璃玖本人にも奪わせる気などない。

「ショートドラマはウィッグだっけ?」

「ん、白だって」

「へぇ、楽しみ」

 白髪でサイコパスなキャラクター。役柄の事前情報はそれだけ。ネット配信用のショートドラマで、しかも璃玖が演じるのは脇役だ。台詞も殆ど無いと言っていたから、真紘さん曰く『華吹の名前を使いたいだけだろう』と。

 それでも璃玖が出演を決めたのは、ただの気まぐれである。璃玖の気まぐれなんて今に始まったことじゃないから、俺も真紘さんもさほど気にしていない。俺が気にすべきところは璃玖の負担になるか否か、それだけ。璃玖自身が好んでやりたがっているものに関しては、出来るだけOKを出せるように調整するのみ。

「来週からの撮影もウィッグだし問題ねぇだろ」

 電話頼んだ、と言い残して撮影に戻っていく璃玖を見つめながら「そういうことじゃないんだけど」と独りごちる。

 美容室は華吹家の知り合いが経営しているという、行きつけのところだ。当日でも時間を空けてくれるほどには利益に貢献しているらしい。念のためにドラマの方の詳細を確認してみたけれど、どちらも髪についての指定は無いとしっかり書かれている。一番の問題はそういう部分じゃなくて。

 折角、璃玖のために捻じ込んだオフ日。それもオフにならない可能性が浮上している。

 つい先程、周年特集についてスケジュールを確認してみたけれど、璃玖のスケジュールを考えるとオフ日を充てる以外に時間を作れる見込みがないのだ。あっちの雑誌編集者も忙しいことは分かっている。俺と真紘さんは時間を作れるとしても、璃玖に関しては早いうちに詰め込むしかない。

 髪を染めるのだってストレスだ。ずっと待っていることも、髪色を楽しむことも、心にはそれなりの変化が生まれるのだから。それらを我慢しろとは言わない。璃玖が早いうちにあの青い髪をどうにかしたいと思っているのも分かる。ただ、タイミング悪く忙しい時期というだけで。

 数枚の撮影の後「確認します!」とみんなでモニターを見ながら写りを確認していく。璃玖はいつも通り真剣にモニターを見ているようだけれど、心成しかいつもよりも気を張っているような。いや、俺が気にしすぎているだけだろうか。

 少しだけ離れた場所で美容室に電話をしつつ、璃玖からは一時も目を離さないように意識を向けた。

 モニターを見ていた璃玖が何かを紡ぐと、すぐに全員が所定の位置に戻り撮影が再開されていく。何か納得のいかない部分があったのだろう。数枚撮って再びモニターを確認し、今度は璃玖が大きく頷いた。

 そうしているうちに美容室への連絡は終わり、次の衣装へ着替えている璃玖に「美容室、八時頃に開けてくれるって」と。元々の開店時間は九時半。つまり、璃玖のためだけにわざわざ時間を作ってくれるということだ。しかも開店準備で忙しいはずの朝に。

「ん、予約ありがと。前日に手土産買いに行くわ」

「バラエティ番組の収録とドラマ撮影の間に買いに行こっか。時間なかったら撮影の後で」

「了解。なぁ、背中のボタン留めて」

 予定を少しでも減らしたいと思っていたのに、減らすどころかハードスケジュールになりつつある。こんなことならオフ日なんて不確定なものじゃなく、強制的に『慰安旅行』とでもスケジュールに組み込んでしまえばよかった。

 ボタンを留めるどさくさに紛れてそっと背中に手を当てる。多分、熱はない。やっぱり俺と真紘さんが気にしすぎなだけだろう。トレーニングによって調整された綺麗な背中にデコピンをお見舞いしてやれば、璃玖は「なんだよ?」と少し不満そうに振り向いた。

「綺麗な背中だなって思って」

「環さんも背中のトレーニング追加する?」

「俺は走り込みだけで十分」

 璃玖と真紘さんに感化されて、日々の走り込みだけは一緒にやるようにしている。社畜だった頃よりも体力は格段に増えたし、少しくらい暴飲暴食しても全く身体に影響しなくなった。璃玖のように人から見られる仕事ならまだしも、マネージャー程度の俺にはこれで十分だ。

「あと少ししたら隅で特集雑誌のインタビュー始めるけど、何かあったら普通に声掛けて」

「ん、多分なんもねぇけど」

「璃玖のことだからあと三十分くらいしたら『今日の昼飯は』とか『休憩時間にあの店に』とか言い出すかなって」

「環さん、俺のことなんだと思ってんの?」

 璃玖の問いには何も答えず、ぽんぽんとその肩を叩いて撮影ステージへと送り出す。納得のいかない表情をしていたけれど、璃玖もまたそれ以上とやかく言うつもりは無いようで、すぐにモデルの顔へと切り替えていた。


 華ブランドの服は璃玖の両親が共同でデザインを考えているらしく『自分らしいファッションを楽しめる』というのがコンセプトになっているのだとか。

 自分に似合う服というのは人それぞれ。形も色もデザインも、その人それぞれ『合う服』と『合わない服』が存在する。例えば、璃玖と真紘さんと俺。身長は大して変わらないものの、骨格や似合う色味はバラバラだ。

 自分の顔を評価するのは難しいから俺を基準に考えると、璃玖は俺よりも目鼻立ちがしっかりしている。長い睫毛と、猫のような大きな目。女装をすれば女だと間違われそうなほどの『美人』だ。

 真紘さんもまた目鼻立ちがしっかりしているけれど、璃玖とは少しタイプが違う。髪は色素が薄く金に近い色で、瞳の色は青色に近い。別の国で生まれたと言われても違和感がない顔立ちをしている。

 因みにこれはあくまでも見た目の話であって、どこの出身だとか、そういうことは全く分からない。真紘さんの出生については聞いたことがないのだ。特に機会がなかったし、そういう部分は俺にとって大して気にならないから。大事なのは俺にとって良い人か悪い人か、それだけ。

 それはさて置き。そんな二人に黒髪ノーマル顔の俺が加われば、服を買うときに複数店舗を回ることになる。璃玖のために数店舗、真紘さんのために数店舗、そして俺のために。実際は撮影で使った服を貰うことが多く、服には困っていないのだけれど。

 家族や友達とのショッピングでそういった問題を回避してくれる、それが華ブランドの一番の魅力だ。

 ブランドものの気高さはありつつ、デザインや形、それからサイズ展開を豊富にすることで、華ブランドだけでファッションが完成するようになっている。主要都市には華ブランドのショッピングビルがあり、国内外問わず大人気のハイブランドなのだ。名前だけなら誰もが知っているに違いない。

「―――そんな華吹家のご子息である璃玖様と、どのような経緯で知り合ったのでしょう?」

「実は璃玖が華ブランドの人だって知らなくて、」

 そう、華ブランドは人気がある一方で、それが『華吹』という一族で経営されているということまで知っている人はそう多くない。ブランドなんてそんなものだ。フルネームをブランド名にしているような人ならまだしも、華ブランドから華吹を連想したことなどなかったのだ。

 さらに言えば、華ブランドと華吹を知っていても、璃玖の顔を見てすぐに『華吹の人間』と結びつける一般市民も少ないように思う。どちらかと言えば、モデルやタレントとしての顔の方が有名で、一族の名前は後から付いてくる感覚。

 璃玖自身、自分の家柄について積極的に話すタイプじゃないのだ。三人で会社を立ち上げてからだって、決して隠しているわけじゃないけれど、大々的に華ブランドを掲げているわけでもない。璃玖曰く、あくまでも俺たちのブランドだから、と。

「たまたま薬局で知り合ったんですよね」

「偶然話してみて意気投合した、ということでしょうか?」

「いや、最初はそんなに。ただ、何回も偶然が重なって……、いつの間にか今に繋がってました」

 これを奇跡と呼ぶのか運命と呼ぶのかは分からない。思い返せば璃玖との始まりはそんなに良いものでもなかったように思う。それでも何故か打ち解けて、様々な経験があって、そうしてここに居る。

 過去の記憶に思いを馳せていたところで、不意に「なぁ、環さん」と声が掛かり、俺の思考はまたしても璃玖によって現実へと引き戻された。

 気付けばインタビューが始まってから一時間近く経っている。撮影の方は休憩時間に入ったのだろう。スタッフたちがお弁当を食べていたり、どこかに出掛ける準備をしていたり。俺の肩に手を置いて「ハンバーグ食いに行こうぜ」と紡いだ璃玖もまた、その手には車のキーが握られている。

 まるで『お預け』を食らっている犬のような表情だ。眉が下がり、声に出さないまでも「早く行こうぜ」と訴えているのが分かる。璃玖はどちらかというと猫のような気まぐれな性格だけれど、こういうところは犬、しかも子犬に似ているのだからおもしろい。

「あっ、じゃあ、私も休憩に入りますので、インタビューは戻ってからということで」

「わかりました」

 休憩と決まれば嬉々として歩き出す璃玖を追いかけ、その手から鍵を奪い取った。

「運転は俺の仕事」

「休憩だから関係ねぇっつーの」

「じゃあお預け食らわせたお詫びってことで」

「待ってねぇから却下」

 奪ったり奪われたり。俺と璃玖の手を行き来する鍵の何と哀れなことか。結局、璃玖にはお店を調べてもらうことにして、俺が運転席に座る権利を手に入れた。

 環さんって頑固だよな、と璃玖は言うけれど、璃玖だって頑固であることは間違いない。周りの手を借りるようなことなら殊更で、初めの頃は仕事中の運転も自分でやると言っていたし、料理だって自分で作ると言っていたほどだ。まさかこうして当たり前のように俺がメインで料理を担当したり、璃玖の送迎を任せてもらえる日が来るなんて。

 勿論、隙あらば仕事を奪われそうになるから毎日ひやひやしているけれど。

「―――あ、もしもし華吹です。久しぶりっす。あー、今ハンバーグ食いたくて。え、マジっすか? んじゃあ向かうんで。あ、んや、今日は環さんと二人で。ん、ありがと」

 一先ず敷地外に向かって車を走らせていれば、唐突に通話を始めた璃玖は、少しして「ここ向かって」と。スマホをナビモードにしただけで店名も何も教えてくれないのが璃玖らしい。察するに璃玖の知り合いの店だということは分かったけれど、あまりにも情報が少なすぎる。

 追加で得られた情報は「ハンバーグは五種類で、他にもパスタとかグラタンとか洋食系あるから」ということくらい。

 さっきは運転すると言い張っていたのに、運転しないと決まれば「着くまで寝てるわ」なんてマイペースなところも璃玖らしい。結局、店については何の情報も得られず、璃玖はすっかり休息モードに入ってしまった。

 やはり疲れているのだと思う。今の俺に出来ることと言えば、カーナビの左折を無視して右折することくらいだけれど。





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