17.
スゥー、ハー、スゥー、ハーと大きく息を吸って吐いてを繰り返す。
肺いっぱいに大気が吸い込まれ、気管支を通って隅々まで呼吸器に行き渡る。
肋骨が微かに広がるような感覚がした後、それら全てが抜けるまでひたすら二酸化炭素混じりの呼気を外気に還すイメージを意識して何度も何度も深呼吸を繰り返した。
そうしていると、階層間にある通路の奥部へ行くにつれ段々呼吸がしづらくなって行き、ある地点から暑さにより高温サウナでロウリュを顔に向けてぶつけられているかのような状態になった。
口から喉にかけ、取り込んだ外気の影響で熱を帯び、絡まって留まり、空気を吸うのが苦痛になる。
そのまま暫く時間が経過すると、呼吸を吸っているのかどうか、もはや分からなくなってきた。
そんな状態になりながら、足だけは動かして慎重に一歩一歩進み、頭がフラフラして視界が歪み出したら引き返す。
その場に止まって息し続けると、意識を失って倒れてしまう可能性がある。
以前にやった経験がある。苦い記憶だ。
しかし、既に対策を考えて行動もしている。そんなヘマはもうしない。
一度、空気が人間に対して比較的優しくなるエリアまで戻り、呼吸を10分程使ってゆっくり整え、呼吸が厳しくなるエリアに再挑戦。
汗が頬を伝い、既に背中はびちゃびちゃ。
全身自分から出た水分で、今までなら気持ち悪さで若干不快になっていたであろう状態にも関わらず、極まった暑さのせいかそれすら気にならない。
脱水状態に陥らないよう、こまめな水分摂取に気を配りつつ進む。
そんな地道な訓練をこの数ヶ月続け、最初は3セットで吐き気を催していたのが、5、10、20、30セットと少しずつ回数が増え、進める距離も伸びて来ている。
このまま順調に適応して行く事が前提ではあるものの、32階層の探索が可能になる目処は立ちつつある。
きっと、完全に慣れ切ってしまえば、今までが嘘のように極度に暑い環境下でも走り回れるようになるのだろう。
そんな希望を感じつつも、やはり時間がかかるのは避けられないと考えて、最近では熱さへの適応を目的とした訓練が終わった後、31層までを魔力による身体の強化なしで過ごす鍛錬にも力を入れている。
ここ数日でようやくゴーレムに対しても、純粋な肉体性能および敵を殴り続けて培われた我流体術のみでヒビを入れられるようになった。
とは言え、やはり殴打を繰り返していると、まだまだ未熟な肉体故か、表面を削られた皮膚や裂けた筋繊維が垂れ下がって、拳とヒビの入った魔物の破損箇所から俺の血液が流れ出して地面が濡れる。
一度、ゴーレムの損壊具合がヒビ程度じゃなく一部欠損レベルまでダメージを蓄積させることが出来たが、その頃には自分の手指からハンバーグのタネみたいになった肉がぐちゃぐちゃな状態で、ギリギリ貼り付いているといった様子だった。
細かく裂けた肉片の隙間から、骨が露出していた。
正直、痛みが肉体に与える影響よりも骨が飛び出しつつあるというそのビジュアルの方が、精神に与えるダメージの方が大きかった。
あの時は、流石に治療費を払ってでも治すレベルなんじゃないかと思った。
しかし、実際にはそんな事態をなんとか免れる事ができて、一部肉が火傷跡のようになっている状態に目を瞑れば、概ね自力で治せたと思う。
どうやら、筋繊維とかはぐちゃぐちゃだったけど、骨も含めて欠損をしていなかったのが大きいらしい。
それでも、時間かけて集中して行ったとはいえ、専門的な知識と経験に乏しい素人が無理矢理に治したせいか、手を握って開いてという動作の中に皮膚の突っぱりが生じてしまう結果となった。
皮膚の感覚が変わったせいなのか、どうにも以前との感触ギャップから違和感が拭えず、どうしても不快感のようなものは絶えず感じてしまう。
だけど、これはいずれ慣れる。
武器を使用しない戦闘も、初めて自分で治療した箇所も、最初違和感を感じていたことが今では当たり前になっているからそう思える。
それにもし仮に、傷痕が残る前の状態まで綺麗に治療し元に戻して貰った場合でも、その費用が今月の生活費を吹き飛ばしかねないという差し迫った現実もあるので、それを加味して今は一旦無視することにした。
戦闘に支障が出る程酷いわけでもなかったのもあるけど。
そんな感じで、肉体へのダメージをある程度コントロールするよう心掛けながら31階層を攻略していると、いつの間にか探索者としてのキャリアが3年目を終えて4年目に突入していた。
人が溢れる大通りに咲く桜を遠目に見つつ、制服らしきブレザーや学ランにまだまだ着られている状態の初々しい新入生らしき姿を散見しながら、今日もいつも通りにダンジョンに向かっていた。
気温が上昇し、日差しが心地よく服や肌に降り注ぐのをどこか晴れやかな気持ちで受け取る。
ダンジョンには無い気候に妙な新鮮さを感じた。
学校も含めるとダンジョンに7年潜り続けていることになるが、体が厳しい環境に適応しているせいか、最近では地上が優し過ぎて逆に落ち着かなくなっている。
もはや、自分が元々ダンジョンに住んでいたかのような感覚だった。
そんな状態になって来たので、奨学金含めて学校に通っていた期間に背負わされた義務から解放されたら、ソロでは厳禁とされる事が多いダンジョンでの野営をやってみようとここ数日で考え始めた。
もちろん、ダンジョンが危険なのは承知なので浅層でやることになるけど、将来の希望的なのがようやく見え初めて来たので、それに対する情報収集をしている時が一番楽しい時間だ。




