地域の食料不足や社会問題解決に向けた取り組みが始まる中、和歌子が農業に挑む新たな挑戦が描かれる。一方、まるくんの若返りや地域活性化プロジェクトが、未来高原都市に希望をもたらす。
すっかり元気になって、戻って来た白鬼は食事の支度も手伝うようになりました。
和歌子さんと佐々木唯さんは、彼女に何があったのか知っていても、何も聞こうとしませんでした。和歌子さんと唯さんは、白鬼の恋の相談相手になっていたからでした。
まるくんは、白鬼にもらった霊薬を、風呂上りに頭に塗ってみました。
1週間もしたころ、まるくんは頭がやたらと痒くなって、吹き出物でも出来たのかと思って触ってみますが、そんなこともありませんでした。朝になるとそれが顕著で、顔を洗うとき、頭を鏡に映して調べてみました。それでも何も出来ているようではありませんでした。
その日もまるくんは、顔を洗いながら、不安に思って医者に行こうと思い始めました。
朝食の準備を手伝おうと、キッチンにやってくると、和歌子さんや唯さん、白鬼が申し合わせたように、まるくんの顔を見てクスクスと笑い始めました。
「どうしたの? なにかおかしい?」
和歌子さんは、にやついて、
「鏡を見ました?」
とまるくんに聞きました。
「顔を洗うとき見たよ」
「なにか気が付きませんでした?」
「いや、とくには。やたらと頭が痒いなと思ったくらいかな」
「それは毛が生えているから、痒くなるのですよ」
白鬼が説明してくれました。
「毛が生えてる? 髪の毛が増えたって事?」
「そうです。髪の毛が増えて、顔の艶もよくなって、なんだか若返って来ました」
「アンチェンジングした?」
「はい、20、30歳くらい若くなりました」
「若返ったのは、霊薬だけでなく、まるくんの治癒力と相性がよかったのです」
「頭が痒いのはいい事なのか、今日にでも医者に行こうと思っていた」
「医者に行っても原因は分かりません。無駄ですよ」
まるくんは、洗面所に行って、改めて鏡で自分の顔を写してみました。そこには高齢者の男の姿ではなく、中年と言っていいような男の姿がありました。
キッチンに戻ったまるくんは、
「ほんとだ。若返っていた。髪の毛も増えていた」
「よかったですね」
唯さんが皮肉交じりに言いました。
「今日は病院に行かずに散髪屋に行こう」
散髪は、髪の毛が薄くなってから、4カ月に1度しか行ってませんでした。先月、散髪に行ったばかりでした。
「今日の予定は変更ですね」
白鬼が嬉しそうに言いました。
バスケ部員や萌々香、紫鬼などを送り出すと、まるくんは洗い物を手伝いました。
和歌子さんは、その洗い物を布巾で拭きながら言いました。
「お米を買いに行ったら、スーパーになかったんです。家にあったお米を持ってきたのですが、それも底をつきました」
「スーパーにお米がない? 農協とかは?」
「農協にも行きましたけど、ありませんでした」
「病院とか学校とか心配だな。足りているのかな?」
「充分じゃないと思います」
「このあと、ひろしさんのところに行ってみよう。一緒に来てくれるかな」
「分かりました」
「そうだ、ついでだから北川君と橋田さんも一緒に連れて行こう。凜。ふたりに電話して」
「わかった」
しばらくして凜から連絡があり、
「朝一番で来るそうだよ」
と教えてくれました。
橋田正次さんが来ると、まるくんは和歌子さんの車で芦森ひろしさんの家に向かいました。橋田正次さんの車には北川君が乗っていました。
途中、和歌子さんが、
「まるくん、お願いがあるのですが」
と運転しながら言いました。
「なに?」
「お暇を頂きたいんです」
「やめるって事? それって金銭的な事? 給料が安いとか」
「いえ、そんな問題ではありません。農業をやりたいんです」
「農業を? それはいい事だ! 賛成するよ。でもどこでやる? 出来たらこの街でやって欲しい」
「ひろしさんのところを手伝おうと思っているんです。今までも土日とか手伝っていたんです」
「そうか、ひろしさんは独りになったから、忙しいだろうね」
「いいよ。賛成だ。協力もさせてもらうよ」
芦森ひろしさんの家に到着すると、4人は彼を探しました。ひろしさんはビニールハウスの中で作業をしていました。
「やあ、みんなお揃いでどうしたのですか?」
「実はお米がないんです」
「お米が?」
「スーパーにも売ってないんです。ペレシュ城だけでなく、病院や学校も心配なんです」
「それはたいへんだ。農業政策の失敗がとうとうここまで来たか」
「ひろしさんのところにお米は余ってないですか? 値段はいくらでもいいです」
「こんなところで話すのも申し訳ないので、家に入りませんか?」
ひろしさんを先に、みんなはビニールハウスから母屋に歩いていきました。
ビニールハウスの田んぼには、青々と稲が育っていました。ひろしさんが倒れたとき、苗代は水をやってなかったので枯れ掛けていましたが、前鬼と後鬼の妖力と努力で持ち直し、遅ればせながら田植えを行いました。その苗が勢いよく育っているのです。
倉庫の前を通ると、北川君は農機具のところに行って、いろいろと見ていました。
「北川君、遠くに行かないようにね」
橋田正次さんが彼に注意しました。
勝手口からキッチンに入り、4人は食卓に座りました。
「お茶でも淹れよう」
「ひろしさん、私がやりますわ。どうぞ座ってお話してください」
「すみませんね、お言葉に甘えます」
和歌子さんは、勝手知ったるところとばかり、薬缶で湯を沸かし、お茶の葉を取り出して急須にセットしました。
「いや、私のところにもそんなにお米は余ってないんです」
「やっぱり農家でもだめか」
「今までだと14カ月でお米を売っていたのです。新米が出るころで2か月分のお米が余っていたのですが、今はその2か月分がないのです」
「それは困ったことになった。入院患者や学生たちをどうするかなぁ」
和歌子さんが湯飲みを並べて、お茶を淹れました。それをみんなの前に差し出して、「どうぞ」と勧めました。
「北川君は?」
「彼ならたぶん農機具をみているでしょ。ほっといても構いません。他人からああだ、こうだと言われるのを嫌うんです」
「お茶を持っていってあげましょう」
和歌子さんは、お盆を出してお茶を載せ、北川君のところに持っていきました。
「私のところのお米を出しましょう」
「それではひろしさんが困りませんか?」
「新米が出来るまで、なんとかやり繰りしてみましょう。知り合いの農家にも当たってみます。農協にもいってみます」
「よろしくお願いします」
「そうと決まれば、お米を出しましょう。こっちへ来てください」
キッチンを出て、ひろしさんは倉庫の奥の保管庫へ案内しました。和歌子さんと北川君がトラクターの前で、箱に腰かけてお茶を飲んでいました。
ひろしさんは、保管庫を開けて、中からお米を取り出しました。
「当面、これでペレシュ城は賄えるでしょう」
「和歌子さん、これでどれくらい持つ?」
和歌子さんが飲み干した湯飲みを盆に載せてやって来ました。
「この袋で何㎏ですか?」
「30㎏です」
「1週間くらいです」
「では、2袋、お渡ししましょう。但し、これは精米しなくてはいけません。コイン精米所が農協にあります」
「ありがとうございます」
まるくんと橋田正次さんが米袋を抱えて、和歌子さんの車に載せました。和歌子さんは、湯飲みや急須をキッチンで洗いました。
ひろしさんは、トラクターの前にいる北川君に、
「機械がほんとに好きなんだね」
と話しかけました。
北川君は、軽くうなずきました。
「このトラクターは、ときどき止まるんだ。調子が悪い」
「問題ありません。オーバーホールして掃除すればいい」
「今度、メーカーに出してみよう」
「ぼく、やります」
「ほんとうかい?」
「土日にやります」
芦森家を出るとき、まるくんはひろしさんに「和歌子さんをよろしくお願いします」と頼みました。
まるくんは、山のほうを見て、
「あの田んぼはどうしたんですか?」
とひろしさんにたずねました。
「あれは耕作放棄地です。減反政策の成れの果てです。減反政策では不便な田んぼを休耕地しましたが、結局、耕作されることはなくなり、放棄地になったのです」
北川君は、その山のほうを見ていました。
「北川君、行くよ」
橋田正次さんから、そう言われて、車に乗りました。
まるくんは、和歌子さんの車に乗り、農協へ向かう途中で、Pink Fairy High Schoolで降ろしてもらいました。
スチュアート理事長に会い、
「今お米が足りない状況なんです。そこでお願いがあるのですが、ランチや寮で、パスタやパン、サンドウィッチを促進してもらえませんか?」
と、まるくんはお願いしました。
「そんなにお米がないのですか?」
「スーパーでも売ってないのです。中学や高校はどうですか?」
「業者が入っていると思うので詳しくは知らないのですが、さっそく調べて対処しましょう」
「お願いします」
「パスタDayとか、パンDayとか、イベントにしてもいいですね。今日はサンドウィッチだけとか、うどんとそばの日とか。考えてみます」
「私はこれから病院に行って、状況をみてみます。お忙しいところ、申し訳ありません」
「いえ、言うほど忙しくはありません。ところで、まるくん、すこし変わりました? なんだか若く見えます」
「頭の毛が生えて来たんです。今日は、病院の視察のあと、散髪に行くつもりなんです」
「まさか、あの毛生え薬ですか?」
「毛生え薬と言わないで下さい。あれは霊薬ですよ。そこら辺にある物ではありません」
まるくんは、理事長と別れて、病院の状況を視察しました。
病院長は、
「お米は業者からなんとか確保していますが、高値です。今までの倍以上の値段です」
と嘆いていた。
「患者さんはともかく、スタッフのランチは、1週間に1度でもいいから、パン、麺類、サンドウィッチの日を設けてもらえませんか?」
「それはいい考えですね。さっそく実行しましょう。経費削減になりますね」
まるくんは、病院長と別れて、タクシーに乗ってTownの散髪屋に向かいました。未来高原都市の街並みを見ながら、これから毎月のように散髪屋に行かないといけないな、と感じました。頭の髪の毛を延ばしたり、引っ張たりして、まるくんは気持ちが浮き浮きするのを感じていました。
橋田正次さんと北川君は、農業プラントに行きました。
地震祭も終えて、もう建設に取り掛かっていました。建設を請け負っているのは、企業からの建築業者でしたが、監督はペレシュ城などを建てた地元の業者に頼みました。そのほうが地域の活性化になるし、信頼があったからでした。
「ここが保管庫だ。15度くらいで保管するんだ。湿度は60パーセントだ。2000トンだからこの地域の農家のお米は対応できる」
橋田正次さんは、北川君に説明しました。
「お米乾燥機だ。2台あるから、効率よくやれば対応できるはずだ」
正次さんは、広大な敷地の一郭に北川君を連れて行き、
「ここに倉庫が建って、農業機械が入るんだ。トラクターから田植え機すべてが取り揃えられる。ここで管理して農家にレンタルする。北川君の好きな機械がいっぱい入って来るよ」
「修理工場ある?」
「もちろんあるよ。この倉庫の中に作る予定だ」
正次さんは、ここで問題点があるのに気がつきました。
「北川君はトラックを運転できる? 農業機械を農家に運ばないといけないけど」
「問題ないよ」
その言葉で、正次さんは安心しました。北川くんは、出来ない事は出来ないと正直に言う人でした。
農業プラントの建設予定地の視察が終って、橋田正次さんと北川君はTownのNPO法人の事務所に戻りました。そこでお昼を済ませると、北川君は車を運転して、水車の見回りに行きました。
ペレシュ城では、谷川の水を水車で2段階に組み上げて、用水路から庭の池へと引いていました。
水車は組み上げるだけでなく、発電装置を取り付けて、蓄電し、ペレシュ城やその他の施設の電気を安定的に賄っていました。その水車の数を増やして発電量を大きくし、ソーラーシステムからもバッテリーへと繋いでいました。
北川君は、その電気技術者の資格も持っていました。
水車はペレシュ城の景観を魅力的にするだけでなく、実用性も加味されていました。
散髪を終えたまるくんは、雉原弁護士事務所に立ち寄りました。
「まるくん、いらっしゃい。あら、散髪に行ったんですね。なんだか若返ったみたい」
雉原静香が褒めてくれました。
「実は髪の毛が増えたんだ」
「ほんとだ。そう言えば増えているわ」
その声で、マリーヌや雉原一郎、スタッフが集まって来ました。
「ほんとだわ。地肌が見えていたのに、見えなくなったわ」
「額も後退していたのに、髪が増えている」
雉原一郎は驚いて、
「増毛ですか?」
と、まざまざと見つめました。
「地毛ですよ」
「どうやったんですか?」
「今はまだ秘密です。そのうち話します」
「ぜひ教えてください。私も気になりだしたんです。そんな話より、今日はなにか用事でも?」
「またお願いにあがりました。この近辺の農家の実態や耕作放棄地などを調べてもらえませんか?」
「分かりました。お安い御用です」
「人海戦術になると思うのですが、そのための必要経費は計上してください」
「それは問題ありません。私はこれでもNPO法人の理事のひとりですし、顧問料も貰っています。人を雇った場合の人件費は計上します。しかしなぜ、そんな事をするのです。教えていただいても構いませんか?」
「空き家や農業放棄地、農業を継げない人たちの問題を解決しょうと思うのです。まずそういうのを確保して、農業をやりたい若者たちに提供したいのです」
「農業をやりたい若者っていますかね」
「全国に応募するのです。それで彼らを独り立ちできるまで、最大限支援したいと思っています。彼らを支援することで、農業革命を起こしたいのです」
「農業革命ですか? 大きく出ましたね」
「生産から販売まで、一手にやるのです。中間業者を排除すれば、農家の収入も増えますし、消費者も安くお米を購入できます」
「中間業者ってJAのことですか?」
「そうです。中間業者がいなければ、農家からお米を高く買い取る事が出来ます。高く買い取っても消費者には、まだ安く売れます」
「そのために農業プラントを建てるのですね」
「販売とか個人の農家では無理があります。でも農業プラントを通し、病院や中学、高校などの大口があれば、安定的に販売できるし、スーパーの売り場にも納品出来ます」
雉原静香があいだに入って、
「お米の値段が高くなって困っているわ。主人は知らないと思うけど」
「そんなに高くなっているのですか?」
「これから高止まりするでしょうね。減反政策の失敗、いや農業政策そのものが失敗しています。未来高原都市だけでもそれを食い止めないといけません」
「地産地消ですね」
「そうしないと病院や学校、これから立ち上げる老人ホーム、介護犬・盲導犬の飼育センターなどにも影響が出ます」
「わかりました。さっそく取り掛かりましょう」
「まるくん、いい機会だから、伝えておきます。今月末にアメリカへ行きます。空飛ぶ航空母艦のステラを借ります。新作のロボットの交渉です」
「いいですよ。ジョン先生もお誘いしたら?」
「いいんですか?」
「どうせ遅かれ早かれ知れる事です。でも口止めはしてくださいね」
「助かりますわ。ステラだと軍用機扱いなので、税関とか通らなくていいんです。それに私は二重国籍だから困る事はありません」
「あっ、それと和歌子さんの替わりに誰か食事を作れる人を探してくれませんか?」
「和歌子さんはやめるのですか?」
「農業をやりたいと言ったので、応援したいのです。芦森ひろしさんが独りでやっているので、その手伝いをしたいという事なんです」
「さっそく農業希望者が現われたんですね」
「そうなんです。だからこのプロジェクトを成功させたいんです」
「分かりました。私たちも全力でやります」
「そうだ。もうひとつ。静香さん。ふたりほど戸籍を作ってくれませんか?」
「今度は誰ですか?」
「ひとりは小学生で、もうひとりは高校生です」
「お名前だけでも伺っておきますわ。改めてペレシュ城に出向きます」
「ひとりは佐々木星愛麗で、未来から来ました。ひとりは紅龍です」
「未来から来たのですか? 本気にしますよ。紫鬼ちゃんの件もあるし」
「真面目に言ってます。もう隠しても仕方がない」
「もうひとりの子は、今度は龍ですか?」
「そうです。ペレシュ城に来たときに詳しくお話しします」
ペレシュ城に戻ったまるくんは、小腹が空いたので、白鬼にナポリタン・スパゲティを作ってくれるように頼みました。
白鬼が特製のスパゲティを出しました。それは柔らかめのナポリタン・スパゲティを鉄板に乗せ、上に半熟の目玉焼きを置いたものでした。お金がなかった高校時代、これをある喫茶店で食べるのが唯一の贅沢だったからでした。
「これから当分、お米は夕食だけにしょう」
「大牛さんや乙牛さんは、それで我慢できるでしょうか?」
白鬼は心配そうに言いました。
「ふたりには自由に食べさせてください。なんとかなります」
「きっと彼らは喜ぶわ」
「あの霊薬をもうひとり分できますか?」
「はい、ひとり分なら出来ます」
「出来たら、スチュアート理事長のところに持って行ってください」
「えっ、分かりました」
白鬼は唇をかみしめて返事をしました。




