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まるくんの夢物語  作者: まるくん
第14章 桃の花
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まるくんは岡山県の製作所に部品を依頼し、墓参りの帰りにカフェで斎藤弘美と息子に出会うが、帰宅するとハクシキが危篤状態に。ハクシキは助からず、まるくんは悲しみに包まれる。

 

 まるくんはネットを検索して、部品を作ってもらえそうな会社に電話しました。1件2件ではありませんでしたが、みんな断られました。作ってもらえそうな会社に直接行きましたが、部品が一個なので話もしてもらえませんでした。ネットで「部品1個からでもOK」という宣伝文句がヒットしました。さっそく岡山県のその会社に電話しました。

 最初は女性が電話に出てきて、担当者に繋いでもらいました。電話しながら、テキストメールで簡単な図面を送りました。

「メールを見ていますが、これだけだと分かりません。というか理解できない」

 担当者が理解できないだろうと予想できました。これが理解出来ればノーベル賞です。

「一度そちらに伺ってもよろしいでしょうか?」

 ハクシキとまるくんは、新幹線で岡山県に行きました。ハクシキには鳥かごを用意して周囲を暗幕で覆いました。

「真っ暗やんか、こんなんで岡山まで行くのは、叶わんわ」

「仕様がないだろ。スズメなんだから。岡山に着くまで我慢してくれ」

「差別だ! 人権侵害や!」

「人間じゃないくせに」

「雀権侵害や!」

 岡山市から北に津山線に乗って、津山からタクシーでその会社に行きました。会社の名前は「建部製作所」とありました。

 小さな会社だと言うイメージを持っていましたが、工場はそこそこ大きく警備室が門のそばにありました。いい会社だというのはすぐに分かりました。まず入り口に小さな花壇がありましたが、パンジーが植えられていて、雑草が少ししか生えていませんでした。これはほとんど毎日手入れして、三日とあけずに草取りをしているのが分かります。事務所らしきところに入って、来訪した旨を事務員に言うと、初老の男性が替わりに応対してきて、名詞を差し出してきました。

「私は増田と申します。この会社の社長をやらせてもらっています」

 と言って応接間に通されました。応接間の窓ガラスとかも綺麗に拭かれていました。この会社の業績がよくて、信頼できるのを感じました。赤字の会社や倒産寸前の会社が、共通するのは汚いということです。きれいにするお金も時間も、なによりも心に余裕がないのです。

「私は名詞をもっていないのですが」

「ぜんぜん構いません。いま担当者を呼んでいます。しばらく待ってもらえますか?」

 担当者の中島技師が応接間に入ってきました。挨拶を済ませ、まるくんは下手くそな図面を彼に見せました。彼はパソコンに図面を書いて行きます。詳細を聞いて来ますが、まるくんは理解できなかったので、ハクシキに聞いてそれを彼に伝えました。ハクシキは的確にこたえて行きます。

「よく馴れたスズメですね」

 中島技師は、パソコンに打ち込みながら、聞いて来ました。彼にはハクシキの言葉は理解できません。「チュンチュン」としか聞こえません。

 彼は打ち終わって、

「これは、、。これは、いったい何ですか? 全体像もつかみたいので教えてもらえませんか?」

 と、たずねてきました。

「それは、まだ教えられません。製造は可能でしょうか?」

「たぶん、出来ると思います。いや、当社では『出来ない』は禁句になっています。作って見せます」

「それで金額はどれくらいに?」

「まだわかりません。正確な金額は試算してみないと言えません」

「およそでもいいのですが」

「20~40万円は掛かると思います。かなり精度をよくしないとダメなような気がします」

 中島技師の言う通りでした。この部品の精度が、ある意味では生命線でした。

「期限はありますか?」

「いえ、とくにはありませんが、早くできればそれに越したことはありません。どれくらいで出来ますか?」

「1週間から10日、いや1か月かな、それくらいをみてもらえれば」

「わかりました。出来上がったら送ってもらえますか」

「それから、信用しないわけではないのですが、前払いして頂けますか? 当社とのお付き合いは今回が初めてですし、前払いして頂けなければ作ることは出来ません」

「ああ、それは当然ですね。いくらでいいですか?」

「先ほどの最低金額、20万円を頂きたいのですが、よろしいですか? それを預かってから制作に取り掛かります。もし、当社がこの部品ができない場合は返金します」

「分かりました。この近くにコンビニかATMはありますか?」

「ここから歩いて5分のところに農協のATMがあります」

 ハクシキをその会社に預かってもらって、まるくんは農協で20万円を降ろしました。まるくんは気持ちが急いでいました。家に帰ってから、お金を送金しても良かったけれど、その分、時間がかかってしまいます。そのお金を中島技師に手渡して、まるくんとハクシキは、また新幹線に乗って帰りました。

 家に帰って翌日、まるくんは最後の切り札、アメリカのインデント株式S&P500を売りさばきました。円安の傾向でしたが、たまたまアメリカが利上げをしていたので、S&P500も値上がりしていました。約120万円くらいで売れました。


 中島技師から完成したという電話がありました。それと金額も70万円を送金してくれと依頼がありました。その送金から4日後に部品が届きました。

 さっそく部品を取り付けてみました。ハクシキが見守る中、私はスイッチを入れました。ミニカーはぴくりとも動きませんでした。

「あかん」

 ハクシキの落胆はひどいものでした。肩を落とし、ふさぎ込んでしまいました。

「体調が悪いのか?」

「時間や、時間がすべてや」

 彼は顔をあげて私を見、力なく言いました。

 その真意が私には分かりませんでした。そのとき私は、出来るだけ早く完成させたほうがいい、と言う風に捉えていただけでした。

 建部製作所に電話して、部品を取り付けても動作しない事を伝えました。

「一度、部品と製品を持って来てもらえませんか?」

 製品、つまりミニカーを持って来い、という事です。極秘に進めたかったのですが、建部製作所の増田社長や中島技師を信じる事にしました。

「なんや、また岡山まで行くんや。叶わんな。あんまし時間はない。なんとかならへんか?」

 装置の制作は一時中断して、私は春の彼岸に入ると、両親の墓参りに行きました。こういう季節のイベントを行うのは、母親譲りでしょうか、それを済ませないと落ち着かないのです。

 私はスーツに着替えて、ネクタイを締めました。

 その姿を見ると、凜はそわそわし始めました。

「買い物に行くの?」

「行かないよ」

「なぁんだ、つまんない」

「お墓参りに行くけど、着いてくる?」

「行く行く!」

 花屋で花を買って、低い丘の上にある墓地に着きました。

 墓掃除を済ませ、花を飾り、水鉢にも水を入れると、春の陽気に汗を搔きました。線香を炊いて備えると、

「どうかミニカーが空を飛びますように」

 とお願いしました。

 私と凜は、5分咲きの、大きな桃の木陰に入り、新聞紙を敷いて座りました。ペットボトルの水を、家から持ってきた凜の水飲み用の小皿に入れてあげました。

 水を飲むとき、見上げると、桃の花が日差しに溶けていました。さわやかな風が汗の引いた顔をくすぐりました。

 私は気持ちよさに感動していました。

「なに考えているの?」

「気持ちいいなぁ、と思って、なぜ気持ちがいいんだろうと考えていた」

「分析でもしているの?」

「短歌を作ってみようかな」

 考えているあいだ、凜は私の顔を見つめていました。

 私が携帯を取り出すと、

「出来たんだね」

 と、凜は察しました。

 携帯のメモ帳をひらいて、出来上がった短歌を書きました。


 鳥は鳴き 桃の盛りの春となって 木陰にやすむ風さわやかに


 私は凜に読んで聞かせました。

「どう?」

 凜は、それには答えず、何かを見つめていました。私は凜の視線を辿ってみましたが、その先には冷たい墓石が並んでいるだけでした。でも凜には何かが見えているのを感じていました。

「今からカフェに行くといいよ」

「なにか見えたのか?」

「見えた。でもよく分からない。ただいつものスーパーのカフェで、まるくんが女の人と話してたのが見えた」

 凜を乗せてスーパーに向かいました。帰るとき、桃の枝をすこし切りました。

「まるくん、その女の人は重要だよ」

「どんな感じ」

「長い髪で、うしろで括ってる。ピンクの服で、そばに男の子がいたよ」

 カフェのドアを開けると、コーヒーの香りが漂ってきました。窓から差し込む柔らかな光が店内を包み込み、心地よい空間が広がっていました。

 カフェのカウンター越しに女性スタッフが笑顔で迎えてくれました。

「いらっしゃい、まるくん。今日は買い物ですか?」

「墓参りの帰りだよ。桃が綺麗だったから少し切って来た」

「もらっていいの?」

 私がうなずくと、女性スタッフは桃の花を花瓶に挿しました。

「あら、凜ちゃん」


 女性スタッフが凜に声をかけました。尻尾を千切れんばかりに振って、凜は彼女に飛びつきました。店内を見渡すと、凜のいう通り、ピンクのワンピースの女性が、男の子とテーブルに座っていました。

「コーヒーとケーキを下さい」

「ホットでいいですか? ケーキはどれにしますか?」

「モンブランでお願いします。いや、ピーチのケーキがあるね。これにしよう」

 外のテーブルに座ると、凜が足もとにやって来ました。ケーキとコーヒーが来ると、女性スタッフが凜におやつをくれました。凜はあっという間にたべてしまいました。

 私はケーキを食べ、コーヒーをすすりながら、

「困ったな、どうやってきっかけを作ろう。変に近づくと、変態かナンパに思われる」

「任して! 私がなんとかする」

 凜はそういうと、その母子が座っている窓の桟に前足をかけて、外から覗き込みました。凜が吠えると、男の子は窓ガラスを叩いて、興味を示しました。その目はきらきらと輝いていました。彼は母親になにか喋ったあと、外のデッキに出てきて、凜の頭を撫でました。私はおやつを出して、「これを上げて」と男の子に渡しました。

 男の子は、凜におやつを上げるとき、

「待て!」

 と言い、「お座り」「お手」もさせました。

「凛という名前だよ」

 私は再び、男の子におやつを渡しました。男の子は、同じように「待て」「お座り」「お手」をさせ、凜におやつをあげました。

「君の名前は?」

「紘一」

「紘一君は犬が好きなんだ」

 彼は、うなずいて凜の頭を撫でました。

 カフェの中では、男の子の母親と、女性スタッフが話し込んでいました。時折、外の紘一君を気にしながら、母親は真剣な顔で話していました。私は近くにあった木の枝の切れ端を取って、紘一君に渡しました。

「これを投げてごらん。凜が取って来るよ」

 紘一君は、枝を投げました。私は凜に目配せをしました。凜はいきおいよく走って枝をくわえ、紘一君のもとに戻って来てそれを彼の足もとに置きました。

 私はその光景を見ながら、なぜ凜が紘一君の母親が重要だと言ったのか考え始めました。なにか理由があるはずですが、肝心の母親は女性スタッフと話し込んでいて、私があいだに入り込む隙はありませんでした。

 母親は、話を終えたのか、外に出てきて、

「桃の花を貰っていいですか?」

 と私に聞いて来ました。

「どうぞ」

 花瓶の桃の花を、女性スタッフが新聞紙に包んでいました。母親はそれを手にして、外へ出てきて、「絋ちゃん、帰るわよ」と言って、「子供と遊んでいただき、ありがとうございました。桃の花もありがとうございます」と私に言った。凜がワンと吠えると、「ありがとうね」と凜の頭を撫でました。

「桃の花は『再生・復活』を意味します」

 突然、私の頭に言葉が浮かび、とっさに口から飛び出して行きました。彼女は驚いた顔で、私を見ました。

「花言葉ですか?」

「いえ違います。むかしから言われています。厄払いや魔除けにも使われる神聖な花です。桃の花は特別な意味があります。この花を飾れば、これからいい事が起こります」

 彼女は、私をじっと見つめて、何かを言いたそうにしていましたが、結局なにも言わずに軽く会釈をしたあと、紘一君の手を握ってカフェをあとにしました。

 凜を車に乗せたあと、私は牡丹餅だけを買い、自宅に帰りました。


 家に戻ると、ハクシキが熱を出して寝込んでいました。ナマイキとシズカは彼のそばから離れず、冷やしたタオルを替えたり、羽根を水で濡らしたりして、交代でハクシキの頭や身体を冷やしていました。

 私の帰宅を待ちわびたナマイキは急いで駆け寄ってきて、

「早く病院に連れて行って」

 と私を急かしました。

 落ち着く間もなく、ハクシキを抱いて、また車を運転してペット病院に向かいました。ナマイキとシズカも車に飛び込んできて、凜も飛び乗りました。

「助かるかなぁ」

 シズカは心配そうに言いました。

「たぶん助からない」

 凜がつっけんどんに言いました。

「何てこと言うの。ずいぶん冷たいのね」

 ナマイキが凜に文句を言いました。

「ハクシキさんが死ぬところが見えた」

 私は、凜に予知能力があるのを感じていました。彼女のいう事が現実に起こることだとして、ミニカーの制作が中断されるのが残念でなりませんでした。それどころか永遠に完成できない、この素晴らしい技術が暗闇の中に埋められてしまう、と思うと悔しくなりました。

 凜の予感が的中しても、私はペット病院に行くべきだと思いました。万が一でも助かるかもしれないと淡い期待を抱いていました。

 ペット病院で、

「 手を尽くしましたが、助からないと思います」

 と医師に告げられました。

「お父さん! しっかりして!」

 シズカは羽根でハクシキの身体を揺すりました。

「いい加減に起きて!」

 ナマイキも羽根でハクシキの顔を叩きました。それが良かったのか、ハクシキは目を開けました。

「まるくん、済まない。わてはもう終わりや。時間が足りへんかった。スズメの寿命はあまりにも短い。それでも春、夏、秋があって、今は冬も終わる。それで充分や」

「なに言ってるの! まだ夏の真っ盛りよ。まだまだ生きられるわ」

 シズカが励ましました。

「わてには分かる。寿命や。スズメのわては死んだ。けど魂は残る。まるくん、済まない。あとは頼んだ。すこし寝かせてくれ」

「お父さん!」

「あんた、寝たらダメ。許さない」

 ハクシキは二度と目を開ける事はありませんでした。

 獣医師が不思議そうに私たちを眺める中、ハクシキの遺体を抱いて、車に乗りました。


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