8 きっとずっと
結局、その訪問で、僕はご両親に、良し、と判断されたようだ。
目の付け所が良い、と彼女の父親が彼女に言っていたそうだ。
なお僕の大学での専攻は地理学なのだけど、歴史も関係してくる。そのあたり含め、条件が好ましかったらしい。
ちなみに、赤座右衛門という人の作品を彼女と一緒に見に行ったところ、結構な作品に何かがついていたのだが、赤座右衛門の作品には何もなかった。
なぜだろう。あの何かは、赤座右衛門には関係があって、赤座右衛門の作品には関係がない・・・のだろうか。
一方で、彼女が、私はこの書が昔から好みで憧れなの、と言った書には、小さな塗り壁がついていた。
彼女と何かが似ているのかもしれない。
僕は詳しく分からないけど、良いと思う、と答えたところ、彼女の塗り壁みたいな何かと、書についている小さな塗り壁みたいな何かが揃って僕を見て、ニコッと小さな目を細めて笑ったので、僕は非常に驚き、動揺を彼女に知られないように平静を装うことになった。
とはいえあまりに急に動揺させられたので、隠しきれず挙動不審になっていたかもしれない。
笑ってくれたのは良いことのように思える。けど、本当驚く上に、他の人に説明できないところは結構困る。
そして、毎回何かしら僕は推察をするのだけれど、答えに辿り着くことはない気がする。
さて。こんな風に過ごして、僕たちは婚約した。
在学中、彼女の家の指示があって、僕は博物館とかの勤務資格である学芸員資格を取得した。
大学卒業後は、一般企業ではなく、彼女の家の仕事に就いた。裏方、事務、などなど担当で。
アルバイトでしていた塾の先生の仕事と似ていると思う。なかなか僕向きの仕事だ。
彼女の家では、小さい子から社会人向けに書道教室もやっていた。運営とか管理とか、入ってくる取材や調査の問い合わせ対応、来客対応、展示の依頼の対応、そもそもの、蔵含めて品々の管理、などなど。
二年後に僕は彼女と結婚した。
僕の苗字はまた変わった。歴史のありそうな苗字。
これ、もし離婚になったら、僕はまた木原に戻るのだろうか。木原じゃなくて木村に戻っても良いんだろうか。選べるなら初めの日向が良いと思うけれど、離婚の父方の苗字だから、なんだか無理そうな気がする。
などと僕はぼんやり考えつつ、今回の苗字は、僕にとって特別になりそうだとも考えた。成り行きで変わったわけではないからだ。
***
「藤堂先生! 聞いてください!」
僕の仕事部屋に来客として来たのは、塾のアルバイト時代からの僕の生徒の三原さんだ。
彼女は中学生になっている。僕も大学生から社会人になっているけど、関係は変わらず。だけど、結婚後の苗字がかっこいい、という理由で、彼女は僕を、結婚後の苗字で呼ぶことにしたようだ。なんて順応が早いんだ。
「何か見つけた?」
と僕はのんびりとした口調で聞いた。
一方で動きは別だ。僕は机を前に座っていたのを立ち上がり、窓際の棚から書類を探す。
歴史的な裏付けが欲しいと言われて探したのは良いんだけど、そもそもの依頼書をどこに片づけただろうか・・・。
全部PCでできるようにした方が楽だと思うんだけど、なぜか紙の書類は減っていない気がする。
「仲間が見つかったかもしれないんです! 先生もついてきてくれませんか!」
と三原さん。彼女は仲間探しを諦めていない。僕にとってもありがたいことだ。
「ごめん、無理だよ。見ての通り忙しくて。手伝って欲しいぐらいだよ」
「アルバイト代くれるなら手伝います!」
「ごめん。高校になってからまた申し出て。中学生はちょっと・・・」
「ケチ! それより、じゃあ来てくれないんですか!? 知らない人と会うの怖いんですけどー」
「そもそもどうやって知り合った人なの?」
三原さんは、僕の知らないアプリの名前をあげる。そんなのが今流行ってるのか・・・。
この家は歴史を重んじて紙に筆で文字を書くのが仕事なのに、世の中って進みが早い。
「アメリカに住む日系人で、今度日本に観光で来るっていう話で」
「英語? 日本語ペラペラなのかな?」
「お互いに翻訳アプリ使います」
うわぁ。今の子は、難易度高い出会いを実行するんだなぁ。
「藤堂先生も来てほしい! お願いです!」
「えー」
「英語できるでしょ、お願いします! あと、お昼代とかも出して欲しいな、なんて、えへへ」
「ものすごく調子のいいお願いに来たなぁ、三原さん。まずは親に頼むべきだと思うよ。ちなみにどこに行くつもり?」
三原さんが考えを一斉に話し出す。三原さんについている何かが、三原さんの話のテンポに合わせて激しく縦揺れし始める。この何かは感情が揺れると縦揺れするクセがあるようだ。何度もこの動きは目撃している。
僕は三原さんの、まだまとまっていない予定の話を聞いて指摘した。
「そこに僕が入るのは無理がある。せめて、あ、今度、駅前の博物館で展示会なら良いよ。書の説明としてなら参加できる。その後の昼ごはんぐらいなら奢ってもいいよ。向こうが、書に興味があるかが分からないけど」
「うーん、遊びに来るので私も分からないですけど・・・でも、先生のところのって、何か見えるのもあるから、同じものが見えるか確認するのには丁度いいかも」
今度は何を出すのだったっけ。展示会も複数あるので正確に覚えるのが僕には難しい。
PCを確認して僕は言った。
「今度のは3点、何か見えるのがいるよ」
「何ですか?」
「見てくるといいよ。行くなら招待券あげるよ」
「ください!」
三原さんはまた詳細が決まったら連絡します、と言って帰っていった。
もちろんスマホで連絡先も交換しているけど、三原さんはこの歴史ある家に上がれるのを特権に思っているらしく、僕がこの家で働き出してから、かなり気軽に遊びに来る。
初めは応接間とかでお出迎えしていたけれど、本当に頻繁に来るので、この家の人たちも、あらまた来たの、と思いつつ慣れてしまって「仕事部屋にいますよ」と答える具合になっている。まるで親戚の子だ。
三原さんにとって、何かについて話したり相談できる人が、僕しかいない。
つまり小学生の時から、僕は変わらず師匠なのだ。特に何も教えていないけど。
三原さんを一応玄関まで見送って、僕はつぶやいた。
「仲間かぁ・・・」
三原さんなら、本当に、アニメみたいに仲間を集めて、不思議調査に乗り出したり、他の人は気づかない冒険したり、なんてこともあるかもしれない。
僕は、先生という立場で居続けるのかもしれない。この先、三原さんに仲間ができても。
妙に、名前とか住んでいる家とか、見た感じだけは先生ぽくなった。
僕の外側だけが。
肝心の中身は、ずっとこんな感じのまま。
きっとこれからも。
変わりなく、変わることもせず、様子見して生きていくんだろう。生命の危機とかそんなことがあれば、誰か…まずは妻に打ち明けようと思いながら。
了