第71話 帝国戦⑤
一瞬、俺は思考停止して動けなくなった。
ボボの言葉を理解できなかったのだ。
呼吸の乱れを自覚しながらも俺は尋ねる。
「死にたいだって。本気か?」
ボボは頷いた。
黒革で表情は窺えないが、全体的に落ち着いた雰囲気である。
とても殺戮の直後とは思えない。
戦斧を地面に刺したボボは嬉しそうに言う。
「いっぱい、かっこよく、たたかえた。まんぞくできた」
「戦いの中で死ぬことを望まないのか。死刑執行人ではなく、戦士になりたかったんじゃないのか」
「ほかのひとに、ゆずりたい。たたかいは、ぼくだけの、ものじゃないから」
ボボは不慣れな様子で、しかし懸命に主張する。
言いたいことは伝わった。
彼は他の英雄にも同じ体験させたいのだ。
憂いなく戦える喜びを独占してはいけないと考えている。
そしてボボ自身も既に満足し、欲や執念が抜け落ちていた。
ボボはミザリアを見て頼む。
「しりょうじゅつ、かいじょして」
「……後悔しないんだね?」
「うん、だいじょうぶ」
やはり躊躇いはなかった。
俺はこれ以上の説得が無意味だと悟る。
ボボの意思は固い。
本人なりに考え抜いて出した結論なのだ。
無理に覆そうとするのは無粋だろう。
ミザリアがボボに向けて手をかざした。
彼女は微笑して告げる。
「あんたの戦う姿は悪くなかったよ。憶えておいてやるから安心して眠りな」
「あり、がとう」
ボボの身体から黒い霧が抜けて、ミザリアの手へと吸われていく。
死霊術が解除されたのだ。
肉体の端から徐々に力を失って元の死体に戻ろうとしている。
ボボが俺を見て頭を下げた。
「ごめんね」
「……っ」
何も言えない。
喉元までせり上がった言葉を押し殺す。
間もなくボボは膝から崩れ落ちた。
うつ伏せに倒れて動かなくなる。
死霊術の効力を失ったことで再び死んだのだ。
ミザリアは腰に手を当てて嘆く。
「まったく、寡欲な英雄が多いねえ。せっかく蘇ったのなら、何度でも戦えばいいのに。理想の殺し合いができると満足できるものなのかね」
「…………」
「どうしたんだい。浮かない顔じゃないか」
「別に。俺は、大丈夫だ」
自分がどんな表情なのか分からない。
でもきっと平気だ。
一度の戦争で満足したのは何もボボだけではないのだから。
今更、動揺することはなかった。
(これでいい。満足して死ねているんだ。俺がとやかく言うことではない)
俺は気持ちを切り替えて歩き出した。
ミザリアを見ずに言う。
「帝国の侵攻軍は他にもいる。畳みかけて追い返すぞ」
「やる気だねえ。少し休んだらどうだい」
「疲労はない。このまま続行する」
足は、動く。
しっかりと大地を踏み締めて歩くことができる。
視界も良好だ。
魔力の流れを正確に汲み取っている。
速まった鼓動もいずれ落ち着くだろう。
荒野を歩きながら、ふと思ったことをミザリアに頼む。
「俺が死んだ時は蘇らせないでくれ」
「ハッ、頼まれてもやらないよ」
ミザリアは嘲るように応えた。




