これから先の事
「……その目は遺伝的なものなんですか?」
「はい?」
唐突な質問をしたのはイヴだった。
鷹の目にそこまで興味を持っていたのだろうか?
「い、いえ。この目は実の所、訓練すれば誰でも習得できる技術でございます。ーーと口で言うなら簡単なのですが」
「実際のところはそんな単純な話じゃないと」
「ええ、幼い時からひたすらに修行すればというレベルの事で…。その、これ以上は私の出自に関わる問題なので控えさせていただきたく」
そう言ってフランさんはタニアさんの方をチラッと伺った。
何やらこっちはこっちでワケありのようだ。
正直興味はあるけど…
「はい、もちろん。論点がズレますし。良いかいイヴさん?」
「あ、はい。不躾な質問、大変失礼しました」
「はぁ〜、ったく、どいつもこいつも隠し事ばっかりだヨ」
猫缶を平らげて暇そうにしてたキリュウが首を突っ込んできた。
話は聞いていたのか。
「こっちの小娘もだヨ。なんか話せる事ねえのかヨ」
「申し訳ありません。でもキリュウさんの言う通りです。ここまでしていただいたのに…」
イヴは俯いてしまった。
「キリュウ!人間にはプライバシーってものがあるんだよ」
「それを暴く仕事してるような奴が良く言うヨ」
い、痛いところを…
いやいやそんな悪趣味なパパラッチみたいな職を生業にしてるつもりは毛頭ないけども
「まぁ、良いじゃない。女は隠し事の一つや二つするものよ?それも魅力ってものでしょう?ロットさん」
「魅力…かどうかはさておき、事情があるなら仕方ないと思います。とはいえ…」
これからイヴはどうするつもりだろう。
アテがあるなら、ここは紳士としては送り届けるべきだが…
「イヴ。これからどうするつもりだい?」
「それは…」
イヴは何も言えなかった。
本当にこれからどうするべきか検討もつかないのだろう
「失礼ですが、帰るアテぐらいはあるのでは?」
イヴはハッとした様子を見せるが、また俯いた。
「……いえ、ないんです。帰る場所も」
妙な間が空いた。正確にはこうだ。
帰る場所はある。ただ、帰れる状況にないのだろう。
そして、その辺りの詳しい事情は今のところ話す事もできないと…
「うーん、記憶喪失とかかしら?」
タニアさんが首を傾げてそう言った。
「しかし、名前は覚えていたようですが…」
その通り。記憶喪失の類でもないはずだ。
隠し事をするなら、いっそそういう事にしておいた方が都合は良さそうものだが。
「いえ、記憶はあります。ただ、お話するわけにはいかなくて…。ごめんなさい、これ以上ご迷惑をおかけするわけにもいきませんから、どこかで下ろしていただければ、そこからは1人で…」
「どうだろう?困っているようなら、一度僕の事務所にでも来ないかい?ここから何日か掛かってしまうけど」
話を遮るように提案してみた。
事務所といっても、単に僕の住処である小屋の事だが…
「そ、そんな。これ以上あなた様にご迷惑をおかけするわけには…!」
「大丈夫さ。職業柄こういう事態には慣れてるから。」
「そうだったかヨ?」
キリュウがそっぽを向きながら茶々を入れる
「そうだったの!!」
頼むから余計なこと言わないでくれ。
そりゃ僕だって、こんな素敵な同年代の異性を連れ帰ったことなんてないけどさ!!
「いえ…でも、これ以上…」
「これ以上これ以上、うるさい奴だな小娘ヨ。そんなにワレ様達の事が信用できねえのかヨ」
「そんな、とんでもありません!あなた達に会えた事がどれだけ幸運だった事か。信用…という意味でしたら、私の方が…。本当の事、何も話せていないのに…」
「それはどうだろう?」
「え?」
「確かにキミは多くを隠している。なぜかは分からないけど、やむにやまれぬ事情だ。」
それが、話すだけで僕やここにいる人達に多大な被害を与えかねない事柄なのか。
話す事事態を禁じられているのか。
まあ理由には様々なパターンが考えられる。
まあこの際、そこはどうだって良い。
「でもキミは僕に事実も提供してくれたよ?」
「…いえ、でも私、本当に何も話してはいないはずなのですが」
「じゃあ、キミは名前も偽っていたのかい?」
「名前…ですか?」
「イヴ・ブラッド=レイ…咄嗟に思いつくような名前じゃないし、こんな印象に残るような名前を偽名としてあらかじめ決めておくのも変だ」
あの時屋敷で、僕が名乗って彼女は咄嗟に自分の名前を名乗り返していた。
実は反射的に自己紹介を返す際に偽りを混ぜるのは意外と難しい。
それに普段呼ばれ慣れている名前じゃないと、その後にボロが出る。
まあでも、正直これだけならこじつけだ
だけど、そもそもの話でまかせの事情を話す事もできたのに、隠すという選択をしている時点で、少なくとも嘘を付くつもりがない事だけは読み取れた。
「で、でも。それくらいは人として当たり前の事で、それだけで私が信用に足る人物だとは…」
「いいえイヴ様。このご時世、すまし顔で偽名を名乗る方は思っているよりも多くいます。」
「…そうなのですか?」
「コイツもやってるしヨ」
キリュウは尻尾で僕を指して言った。
「そういえば、そうですね…」
「ま、まあね…アハハ」
そういえば幽霊屋敷で6人の男達と対峙していたあの時、僕は高らかに偽名を名乗っていたっけ。
「とにかく、何を隠していようと構わないさ。どうせ暴いちゃうよ。」
そう、なぜなら
「僕は探偵なんだから……なんちゃって」
決まった…かな?
それを聞いたイヴは静かに僕を見つめていた、何を考えているのやら。
「あら、乙女の秘密を暴こうなんて、大胆な宣言をするのね?」
「え!?いや……あの、あんまりからかわないでいただけると」
「おほほほ…」
タニアさんのいたずらに慌てていると、イヴが口を開く。
「ーーなぜ」
「え?」
「なぜ、そこまでしてくださるのですか?」
聞こうか聞くまいか躊躇していたのだろう。
どうしよう、聞かれた時の返しをなにも考えちゃいなかった。
「それは…」
こんな事をイヴが考えているかは分からないが、僕に騎士に追われてまでイヴを助ける事に、何か明確なメリットがなければ胡散臭いだけだ。
確かに、そもそもなぜ僕はここまでしているのだろうか。
目の前に困った女性がいれば、手を貸すのが紳士の嗜みというものだが、既にそんな範疇は超えている。
なおも真っ直ぐに見つめてくるイヴに堪らず目を逸らす。
視線を移した先にいたキリュウもなぜか僕をじっと、見つめ…いや睨みつけていた。
キリュウはキリュウで気になってる事だろう……僕がどんな返答をするのか。
「……き、気になるのさ。」
「え?」
「……えと、奴らがなぜ君を攫ったのか、秘密裏にやった理由が…騎士団、いやひょっとしたら政府すら絡んでるかもしれない。だったら何を企んでいるのか?とかさ」
嘘は言ってないぞ、嘘は。
「ロット様は政府が関わっていると考えているのですか?」
「いや、明確な根拠はないんですけどね。でも不自然でしょう、レディ独りのためにあんな裏部隊のような人達と、あの規模の兵士が出向いてくるのは。」
「あら、それだけなの?私はてっきり……」
とニヤニヤしながら婦人がつついてくる。
「好奇心旺盛な探偵としては、こういうのを見逃したくないものですよ婦人、ねぇキリュウ」
(ジー……)
相棒にも助けを求めてみるものの、何も口を挟まなかった割には、まだ睨みつけてきている。
「だ、だめかな?」
キリュウはしばらく沈黙すると、渋々といった感じでこう言った。
「……フン、まあ好きにしろヨ」
「あはは…とまあキリュウの賛同も得られたわけだし」
「良いんですか?」
それが、最後の確認だった。
僕は即答する。
「もちろん」
「……では、少しの間お世話になります。このお礼はいつか必ず」
「まあ、まだ事態が解決できるかは分からないから。そんなに重く受け止めなくて良いさ」
そうしてしばらく馬車に揺られながら、これからの方針について話をした。
ある程度まとまってから程なく、ぼんやりしていた所に、キリュウが肩に乗ってくる。
「まさか、こんな事になるなんてヨ。……お前、今何考えてるヨ?」
キリュウは小声で聞いてきたものの、特に隠す事もない。
僕は普段通りの声量で返答する
「景色を眺めてただけなんだけど…そうだなぁ、昨日ローブの人とすれ違ったでしょ?」
「あの変な女かヨ」
「あの人が僕に言ってきた事を思い出してさ」
『用心することじゃな、人生を変えるほどの大きな転機がそなたに訪れるかもしれんからな』
あの人の言っていた転機というものに、この状況が該当している確信はない。
ただ、依頼人以外で旅の同行者ができたのも初めてだった。
「言ってること、あながち間違ってないのかもなぁって」
「ハッ、転機ってやつかヨ。結局捕まって罪人として人生を過ごすことにならなきゃいいけどヨ」
「そりゃ御免だね、まあ気をつけるさ」
馬車は進んでいく、ありきたりな表現だが、その先が世界の命運を揺るがす大事件へと続く1歩になっていたとはこの時の僕は考えもしなかった。
タニアさん達御一行の馬車に揺られてしばらく……
僕とキリュウとイヴは職人の町『ツカーテ』を訪れた。
ろくに出来なかった旅支度をして、短い滞在で済ますつもりだったが、ここで出会った住人達は最近ある事に悩まされているようだ。
次回「職人の町ツカーテ」