意外な助け船
「ご機嫌麗しゅう。調子はどうかしら?ロットさん」
中から優雅に顔を覗かせているのはタニア婦人だった。
「う、麗しゅう、調子は良くも悪くも…じゃなくて!」
緊迫している状況にも関わらず、のほほんとしている婦人に思わず挨拶を返してしまう。
調子なんて悪いに決まっているのだが。
「次から次へと…良い!良いから突撃しろ!全部まとめて捕まえてしまえい!!!」
指揮をとっている者も困惑しているようだ。
号令とともに何人かこちらに向かってきた。
すると、客車からもさらに一人の影が飛び出し……
「ぐわぁ…!!」
3人ほど一瞬で蹴散らした。
「誰だ誰だ!!なんなのだ!?」
人数差があるのに一向にうまく事がはこばないからか、指揮官はだんだんと苛つきを見せてくる。
既にその表情は腹わたが煮えくりかえっているといった様子だ。
さて客車から飛び出したその人物は、宙返りしながら僕の隣に着地した。
「……ふぅ、失礼」
その人は服のホコリをポンポンとはらい、騎士達に向けて一礼する。
「あなたは…フランソワーズさん!」
「はい私です。覚えて頂き光栄です」
微笑みかけてくる彼女は婦人の執事、フランソワーズさんだった。
手には逆手でコンバットナイフが握られている。
というか、強っ…
「いや、まずいですよ。あなた達まで騎士団に歯向かったら……」
「あら、やっぱりそう思う?」
しかし婦人は余裕を崩してはいない。
今もなお逃げ出そうとする例の猫を腕に抱き、悠然と愛でている。
そしてニヤリと笑うと……
「ところでロットさん。私達、これから少し他の街まで出掛けようと思っているの。もし街を発たれるなら少しご一緒しないかしら?送っていってもよろしくてよ?」
と提案する形をとっているが、察するに鼻からそのつもりだったに違いない。
「まったく、なんでこんな事に……」
運転手の男性は辺りをキョロキョロと見回しながら、そうボヤいた。
「あら、何か文句でも?」
「ないと言えば、普通に嘘になるぞ~」
「あら、私の愛する夫の割には随分情けない事を言うのねぇ」
なるほど、運転手の人は婦人の夫だったのか。
「タニア様、これ以上ここに留まるのはよろしくないかと思われますが」
「そうねぇ……」
婦人は提案の返答を求めるように、再びこちらへと視線を送ってきた。
「ロットさん、この方達は?」
「大丈夫、悪い人たちじゃない。僕が屋敷を調査するキッカケになった人達さ」
少し考えてはみたが、お言葉に甘えて馬車に乗せていってもらうのが、この状況において、もっとも確実だろう。
つまり返答はこうだ。
「……ありがたい申し出です。では今度は謹んで、ぜひご一緒させてください!」
「ええ!そう来なくっちゃ、楽しいお出かけになるわ。さあ乗って!」
婦人はそう言って楽しそうに手を伸ばしてくる。
「イヴさん乗って!」
僕も頷くと、イヴさんに先に乗るよう促した。
レディファーストは紳士の基本だ。
「とはいえ……」
「奴ら逃げる気か!許すな!」
婦人がイヴさんを引っ張り上げるのを確認できたころ、再び騎士に動きがあった。
「射線を開けろ!!」
遠くから声がする。
見れば弓兵も何人か出てきているようだった。
屋敷で対面した拳銃に比べれば劣るとはいえ、束になっていると充分厄介な代物だ。
「そう簡単には逃してくれないか、これとこれもお願いします!」
僕はキリュウとカバンを馬車の中へ放り投げ、騎士のいるほうへ向き直った。
「アーチャー、構え!!」
号令にならい、横一列に並んだ兵が弓を引き始めている。
「タニア様の邪魔はさせません。はっ!」
「いぎっ!」
「ぬん!?」
様子を伺っていたフランソワーズさんも、今まさに矢を放とうとしている兵を蹴り飛ばし、またはナイフで切り付け、次々と弓兵の体制を崩していく。
とても鮮やかなお手並みだ。
「ええい構うな!放てる者だけ放てぃ!!」
しなった弓から矢の放たれた音がいくつも耳に入った。
「させません、ふん!!」
フランソワーズはいくつものナイフを投げ、発射された矢を迎撃する。
いくつも叩き落としてくれるが、全部とはいかないようで、迎え撃つ刃物をすり抜け、落とし損ねた矢がこちらへとやってくる。
「連続かまいたち!!」
僕も大人しくしているわけにもいかないので、こっちに向かってくる矢を衝撃波で落とそうと無我夢中でレイピアを振るった。
だが全部対処できるわけもなく、いくつかの矢はすり抜けて僕に向かってくる。
「くっ……なら直接!えい!このぉ!」
今度は向かってくる矢に直接剣を当て、叩き落とそうと試みる。
なんとか僕に命中しそうな矢を2本ほど叩き落とすことに成功するものの、さらに続いてきた一本が僕の右肩を掠めた。
「痛ぃった!!!」
レイピアを持ったままの左手で肩を抑える。
出血はしているが、大した事はなさそうだ。
馬車の方はどうだ!?
「ロットさん!あなたも早くこちらへ!」
イヴさんは無事だった。心配そうな顔で早く乗るように促してくる。
タニア婦人は……驚いた、矢を防いでいたのか、ボロボロになった日傘を手に少しむくれていた。
「もぅ、お気に入りがボロボロよ……」
「タニアさん!先に行ってください。このまま僕たちが乗ってもハチの巣にされます」
「そんな!私達だけ逃げるなんて……」
再びこちらまで下がってきたフランソワーズさんが僕の言葉に続いた。
「ロット様の意見に賛同致します。タニア様、ここは先行して街の外へ」
「……分かりましたわ。フラン、いいこと?」
「心得ています。この場はお任せください」
婦人は何をどうしろとは言わなかったが、フランさんは理解しているようで、右の手のひらを胸に当て、凛々しい表情でそう答えた。
「それじゃ後でね。行って!!!」
「ヒィィ!!!」
運転手である婦人の夫はもうすっかり怯え切っているようで、返事の代わりに馬のような怯え声を出しながら馬車を走らせ始めた。
「ロットさん!!お願い、無事に戻ってきてください!お話ししたいことが…」
イヴさんは精一杯叫んでいるようだが、全部聞き取れないうちに声が届かなくなった。
僕は離れていく馬車に手を振って向き直る。
「ロット様、お怪我は?」
「大丈夫です、この程度のかすり傷。問題ありませんよ」
嘘、本当は凄く痛い。
だが、やせ我慢上等、張れる見栄は貼っていくのが僕のスタンスだ。
そうやっていつも自分を鼓舞している。
「フランソワーズさんこそ、異常ありませんか?」
「ありがとうございます。しかし私は心配ご無用です。それとーー」
「どうしました?」
少し間があったので聞き返す。
「私の事は気軽にフランとお呼びください。ロット様」
「ええ、分かりましたフランさん」
そう呼ぶと、彼女はナイフを構え直した。
「では、騎士の攻撃を凌ぎながら私たちも町の外へ急ぎましょう」
「はい!」
僕もレイピアを持つ手を前に出し、構えた。
ここからが正念場だ。
〜info〜
・フランソワーズがパーティに加わりました。




