魔女と贖罪と代償と
その日マンバナ村はかつてないほどの混乱に見舞われていた。本来ならば竜王を狩った戦士団が凱旋し宴が行われる予定だった。だが今はとてもそんな空気ではない。その理由はマンバナ村の領主の婚約者であり、村人から聖女と慕われていたシルフィーが暴漢による凶刃を受け重傷を負ったからだ。シルフィーの命は助かり、犯人もすでに捕まっているので事件としては終わっているのだが、当然のように宴どころではなかった。
最初に村に戻って来たのはダボンだった。魔石を採り出すなどの後処理を控えていた後詰の戦士達とレンドの連れて来た兵士達に任せて、まず西の集落に戻ろうとしていたダボン達の元に通信が入ったのだ。
それを聞いたダボンは血相を変え単身ですぐに中の集落に戻ろうとした。並みの者ならば急いでも丸1日かかるような距離だが、彼の脚ならば1時間もあれば十分だろう。しかしそれをレンドがまず止めた。ダボンが一人で帰っても事態は好転しない。それよりも竜王討伐に連れて来た治癒魔法を使える魔法兵を連れて帰るように助言したのだ。
それを聞いたダボンはすぐに了承すると馬車を一台バラシて作った木の板の台に三人の魔法兵を乗せ、それを持ちあげたまま中の集落に向かい疾走した。もちろん全力で走ったりはしない。そんなことをすれば上に載っている魔法兵達の命はないだろう。ダボンは逸る心を何とか押し殺しギリギリの速度で走り続けた。それに魔法兵達は必死に耐える。人を乗せるように作った台ではないので魔法兵達が落ちないように縄で縛って身体を固定した。その乗り心地は最悪だったが、それぞれが定期的に自身に治癒の魔法をかけてなんとかやり過ごすことが出来た。
そうして青息吐息の魔法兵達が中の集落に到着して半日が過ぎ、交代交代でシルフィーの治癒を行うこととなった。腹部に怪我を負った彼女は傷だけでなく高熱にもうなされていた。連れ帰った魔法兵の話では恐らく内臓を損傷したためだと言われ、話しかけても意識も朦朧としている状態だ。それでも献身的な看護で少しずつ容体は安定し深夜を過ぎた頃、ようやく苦し気だった息が静かな寝息に変わりだした。
帰って来た頃は日が傾いていたのが、今ではすっかり空が白み始めている。シルフィーが眠る部屋の側でダボンは落ち着かない様子でドアを何度もチラチラと見る。もちろん一睡もしていない。最初は部屋の中にいたのだが、落ち着きなくウロウロするのが邪魔なことと眠っている女性の部屋にいるというのは如何なものかという意見により追い出されたのだ。
もちろん容態として峠を越えたからこそ、そういった対応が許されている。そうでなければ如何に医者である治癒魔法兵達が進言してもダボンは聞かずにシルフィーの側を離れなかっただろう。ただ彼としてはシルフィーの目が覚めて声を聞くまではとにかく気が気ではない。
椅子に座っては立ち上がり、廊下を歩いてはまた座る。一晩中そんなことを繰り返している内に夜が明け、看護の者が何度目かの交代をした時、シルフィーの目が開いたことを知ったダボンはドアノブを千切らんばかりの勢いでシルフィーの部屋へと飛び込んだ。
「シルフィー!」
入ってくるなり大きな声で彼女の名を呼ぶ。傍らにいた女性の魔法兵は「体に障るので大きな声をお控えください」とだけ伝えると、そのまま一礼して部屋を出た。
「ダボン……?」
「シルフィー、良かった。目が覚めて」
「え? ああ……そうだわ。私、強盗に襲われて……そうだ。ガランちゃんと……リッツは?」
「二人とも無事です」
「そう……良かったわ」
「あの二人が活躍したらしいですね」
「ええ……ガランちゃんも、貴方みたいに格好良かったわ。それに……リッツも」
「本人が聞いたら喜びますよ」
「そうね。お礼も言わないと……そうだ、ダボン」
「何ですか?」
「竜王には……勝ったのね」
「ええ、勝ちましたよ」
「そう…………」
「ええ」
「ねぇ、ダボン」
「何ですか?」
「貴方……ううん、あとにするわ。ちょっと眠くなって……きた」
「わかりました」
「その代わり……」
「?」
「手を握ってくれないかしら。貴方がいないと心細いから……」
「ええ、分かりました」
手を繋ぐと安心したのか、シルフィーの瞼がゆっくりと閉じる。
ダボンは静かな寝息が聞こえてきた後もしばらくの間手を握り続け、自分がようやく安心出来たのを感じてからゆっくりと握って手を離した。
シルフィーの安らかな寝顔を見て「よかった」と口にした後、急激な疲労感に襲われた。昨日、竜王と戦い、そのまま全速力で三人を抱えて走り続け、寝ずにシルフィーを見守り続け、さすがの彼も気力の限界が訪れたのだ。
「休もうか……」
この二日間、この村でも最も働いたのがダボンだ。休んだとて誰からも文句を言われることはない。彼は最後にシルフィーの寝顔を見つめ、唇を近づけようとして途中で悩み、結局諦めてから最後に軽く手を握った後に部屋を後にした。
部屋の外、ドアのすぐそばには先ほど気を利かせて退出した魔法兵が控えていた。ダボンは彼女にも労いの言葉をかけようと声をかけた。領主であるダボンに頭を下げられ魔法兵の女性は驚いたものの、田舎貴族故の純朴さなのだと納得しダボンにシルフィーの容態を伝えた。彼女の話によれば、あとは静養して定期的に治癒魔法をかけ続ければ一週間もすれば元の生活に戻れるようになるらしい。それを聞きダボンは胸を撫でおろす。しかしそこで魔法兵の女性の様子がおかしいことに気づく。視線をそらし、何かを言いあぐねるような仕草を取っていたからだ。
「あとは何かあるのですか?」
「いえ、その……」
やはり視線をそらす。それは伝えたくないというよりも、慎重に言葉を選んでいるようにも見えた。
「何かあるなら教えてください。シルフィーの身体に関係のあることなら、僕が知らない訳にはいかない」
「そ、そうですね……失礼いたしました」
魔法兵の女性は周囲に人がいないことを確認した後、半歩ダボンに近づいて声を潜め言った。
「これはまだご本人にも伝えていません。それに確実な話でもありませんのでご了承ください」
そう言ってさらに「あくまで可能性の話です」と告げる。
「な、何の話ですか? まさか彼女の命に関わるような?」
「いえ、先ほども言った通り、このまま何もなければシルフィー様のお身体は大丈夫でしょう」
「では……何が?」
嫌な予感がする。
だが愛する女性の大事ならば、彼が知らない訳にもいかなかった。
意を決したダボンに対し、魔法兵の女性は静かに告げた。
「シルフィー様はもうお子を身籠ることが出来ないかもしれません」




