表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
9/107

悪役令嬢の小さな嘘


串肉を食べ終わった後、二人は通りを抜けて村の外縁部分に向かっていた。


「ねぇ、これからどこへ行くの?」

「これから兵舎に行きます。この村で一番重要な施設ですね」


言われて見れば、離れた場所に細長い建物がある。一番重要な施設というだけあり、1階建てではあるが領主の屋敷であるダボンの家よりも明らかに大きかった。

隣には厩舎もあり、首が短く足の太い馬が3頭がのんびりと干し草を食んでいた。


「あっちの建物は?」

「あそこは解体小屋なので、シルフィーさんは見ない方がいいですね。今は解体が終わっていますけど、部屋自体の臭いもキツイですから」

「解体?」

「魔物のです。基本的には食肉としてですが、一部の魔物の、革や、角や、肝はルナ家に買い取ってもらえます。ものによっては薬の材料になったりもするらしいです。僕たちはほどんど加工出来ないので、そのまま毒袋から毒をとって、そのまま矢じりに塗るくらいしか出来ませんが、都では高値になるそうです。それに何より魔石です。都ではこれが魔道具になるんですよね?」

「そうね。この村にはほとんどないけれど」

「あれは便利ですよね。明かり用の魔道具だけでももっと沢山欲しいんですけど」


ある程度強力な魔物の体内から採れる魔石は一種のエネルギー源であり、魔道具と呼ばれる機器の材料になる。シルフィーも自分の家が魔道具で財を成したことくらいは知っているが、その原材料がどこから持ってこられるかまでは詳しく知らなかった。


「どうしても興味があればお通ししますが?」

「そうね……興味はないけれど、見ておいた方がいいでしょうね。この村にとって重要な施設なんでしょ?」


あまり楽しいものが置いているとは思えないが、この村にこれからもいる以上知っておいた方がいいだろう。それにこの機を逃せば、もう見ようとは思わないかもしれない。


通された部屋は大きな台が中央に置かれた殺風景な部屋で、ダボンが言った通り、どこかすえた臭いが漂っていた。そこまで酷い臭いではないが、あまり深呼吸したいと思える環境ではない。

大きなのこぎりや、金槌、のみが置いてあるが、恐らくは解体に使うのだろう。普段からよく手入れされているのか、古びてはいるが錆びてはいない。


「あれが魔石です」

「知っているわ」


隅に置いた木箱には紫色の宝石が積まれていた。ルナ領の大きな街や王都に持っていけば相当な金額になる量だが、この村に置いている以上はただの石だ。


「次の交易までにはもっと採っておきたいところですね」

「まだ少ないのね?」

「あの木箱、もう一杯分は欲しいところです。解体した他の部分は、また別のところに持っていきます。角や牙はそのまま切り取るだけですが、革をなめしたり、肝を干したりの加工は女衆の仕事です」

「そう、もういいわ」

「ええ」


少なくともシルフィーにとって、これ以上見るべきものはない。ダボンも彼女がこの部屋にいるのは賛成ではないのか、すぐに部屋を出た。

部屋から一歩出るだけで明確に空気が美味しく感じるのは気のせいではないだろう。





次に通されたのは倉庫だった。部屋の中を見れば、弓や槍といった武器が置いている。その中には革ひものようなものがかけてあったり、(たる)一杯に石が入っていたり、使い道がよく分からない物も置いている。棍棒もあったのだが、ダボンが使っているほど太い棍棒は置いてはいなかった。


「ちゃんと弓や槍も使うのね」

「それはもちろん使いますよ。特に槍は使い勝手がいいです。『素手の戦士より槍を持った農民の方が強い』ということわざがあるくらいですから」

「その割にアナタは棍棒を使っているじゃないの?」

「頑丈だから便利なんです」


少しねたような口調でダボンは言う。どうやら「棍棒は格好悪い」という意識がない訳ではないようだった。それを微笑ましく思いながら、シルフィーはさらに尋ねた。


「ところで気になっているんだけど、そこ樽に入っている石は何?」

「ああ、それですか。投げるんですよ」

「投げる??」


何を言っているのだとシルフィーは胡乱にオウム返しする。だが返ってきたのは想像以上にシンプルな答えだった。


「投石は意外と強力な武器になりますから。そこの革ひもを使うと飛距離も伸びて、さらに強力になります」

「弓矢があるじゃない?」

「もちろん矢は遠くまで届くし威力もありますが、撃ち尽くしてしまう場合もあります。それに扱いが難しいので、苦手なものからすれば石を投げた方が威力が高い場合もあるんです。補充も容易ですしね。だからそこの石で練習するんです」

「アナタは弓の腕前はどうなの?」

「……投石なら、誰にも負けません」


短い沈黙の後、返って来た答えはやっぱり拗ねた声だった。そしてそれを誤魔化すようにして弁明した。


「本当は魔法を使える人間がいたらいいんですけどね」

「え!? 魔法が使えないの?」

「はい、今は使える人がいないですね」

「そんなことが……?」


魔法というのはある種の才能で使えるものは少ないのだが、それでも極端にいないわけではない。単に魔力を扱える才能の持ち主なら5人に1人くらいはいると言われている。だと言うのに、誰も使えないというのはおかしい。

そう考えたシルフィーだが、ダボンの説明を聞いて納得せざるえなかった。


「教えられる人間がいませんから」

「あっ……」


それを聞いて思い出す。魔力を扱える人間自体はそれなりにいるのだが、それを自在に扱うとなると長い修業期間と深い知識がいる。そのためには学園のような場所に籍を置くか、高名な魔法使いの私塾に入る必要がある。そしてそれには財力や人脈が必要だった。しかも学んだからといって、実践レベルで使えるようなるとは限らないのだ。おまけに優秀な人材は宮廷魔道士として王国が囲い込む。魔法使いは強力な兵器であり、そうでなくても頭脳明晰な彼らは文官にも研究者にもなり得る。シルフィーが一度会ったことのある筆頭魔道士の老人など人間離れした妖気を放つ怪人だった。

そんな背景がある故に平民の中には魔法使いはいない。それは恵まれた人間が忘れがちな常識のひとつだった。


「そういえばシルフィーさんは学園に通っていたんですよね。魔法は使えないんですか?」

「私は……魔法は使えないの」

「そうなんですね」


恥じ入るように視線を伏せるシルフィーを見てダボンは首肯した。彼からすると魔法が使えないなど恥でも何でもないのだが、貴族の中では違うのかもしれない。そう思い、敢えて何もいう事なくシルフィーを奥の部屋へと通した。





そこは訓練場だった。中では紫色の首飾りをさげた上半身裸の男たちが大声を出しながら槍を振り回している。その中にはガランの姿もあった。


「ちょうど稽古中みたいですね。ガランのヤツ……今日は昼からはバン爺さんについていろと言ったのに、本当にしょうがないヤツだな」


眉を(しか)めて弟を見るとガランの元へと向かっていく。

彼が領主だからなのか、それとも一番強い人間だからなのか、彼が稽古場に入った途端、周囲の人間は動きを止めてダボンに注目した。


「おい、ガラン」

「に、兄ちゃん!?」

「今日はバン爺さんについて計算の勉強をしろと言っただろ」

「で、でも、兄ちゃん……オレ、もう計算出来るし」

「足し算と引き算しか出来ないじゃないか」

「それだけ出来たら困らないよ」

「そんな訳ないだろ」


呆れるダボンであるが、兄の言葉は弟に届いている様子はない。彼はやはり勉強がしたくないのか駄々をこねる。手足を振り回そうとするのだが彼らには7歳の年齢差がある。ダボンの手でガッチリと握られたガランの腕は微動だにしていなかった。

それを見てシルフィーは嘆息した。ダボンが弟のことを考えているのは解るのだが、あんな言い方では反抗するだけだろう。


「少しくらい相手をしてあげたらどうなの?」

「シルフィーさん?」


シルフィーはガランの腕を握っていた彼の手にそっと触れる。すると万力のように絞めつけていた指が結び目が解けるように緩み、ガランの腕がするりと抜けた。


「あまりガランちゃんを苛めたら駄目よ。この子はお兄ちゃんに相手をして欲しいんだから」

「シルフィーさん……でもあんまり甘やかすのは」

「貴方はちょっと厳しいわね。もう少し甘やかしてあげた方がいいわ」

「そうだよ。兄ちゃんは厳しすぎ――」

「でもガランちゃんも駄目よ。今日は勉強するようにお兄ちゃんと約束したんでしょ?」

「別に約束したわけじゃ……」

「でも勉強するように言われたし、ガランちゃんもそれをやるって言ったんでしょ?」

「うん……そうだけど」

「じゃあ、それは約束したのと一緒じゃないの?」


先ほどまで優し気だったシルフィーの眉が僅かに下がる。それを見ると、ガランの中の後ろめたさが肥大していった。


「う、うん……そうなのかな」

「そうなのよ。だからお兄ちゃんは怒ってるの。解る?」

「うん、それなら……わかるよ」

「じゃあ、お兄ちゃんに「ごめんなさい」よ」


今度は顰めていた眉が下がり花咲くような微笑みに変わる。それは最高級の黒薔薇だ。花のかんばせを前にして、ガランはあっさりとダボンに頭を下げた。


「兄ちゃん……ごめん」

「はい、よく出来ました。じゃあ、次はダボンよ」

「え!? 僕ですか?」

「そうよ。貴方はやっぱり厳しすぎだもの。ほら」

「あ……うん、ガラン、ごめんよ」

「はい、よく出来ました」


そう言ってダボンにも黒薔薇の微笑みを見せる。するとダボンの厳めしい表情も雪が溶けるように消えていった。


(領主の顔をしてなかったら、ダボンも普通の男の子なのよね)


言われるままに仲直りする兄弟を見てシルフィーは思う。目の前にいるダボンは学園にいる男の子たちと同じ顔をしていた。


(どうせなら、もっと転がしてみたいところだけど)


少しだけ惜しく思う。だがまずはこの場を納めるのが先だろう。

そうして黒いものを腹の中に納めながら、彼女は黒薔薇のように微笑むのだ。


「じゃあ、ガランちゃん。すぐにバンの所に戻りなさい」

「えぇ~っ!」

「その代わりダボンはガランちゃんに稽古をつけてあげること。いつ、どこで、どれくらいの時間稽古をするのか明確に決めなさい」

「シルフィーさん……わ、分かりました」


そう言われ、ダボンはガランに約束する。するとガランはゴネていたのが嘘だったかのようにあっさりと屋敷へと戻っていった。その後ろ姿を臨みながらダボンは感嘆の息を吐いた。


「前もそうでしたが、シルフィーさんは凄いですね。あの勉強嫌いのガランをやる気にさせるなんて」

「そんなことはないわよ」


謙遜したふりをする。

すると、周囲にいた戦士たちも二人を囲んで笑い始めた。


「それにしてもダボン様の奥方様は大した女傑だなぁ」

「見た目は細っこい別嬪(べっぴん)だっていうのに」

「ダボン様はすっかり尻に敷かれてしまってるじゃねぇですか」


如何にも辺境の戦士といった風な呵々大笑(かかたいしょう)だった。

半裸になって武器を振り回し、魔物を倒し、下品に笑う。それはまさしく彼女がかつてイメージした野蛮人そのものだ。だが今のシルフィーは以前ほど、その様に嫌悪感を抱くことはなかった。

それはマンバナ村に来て2週間ほどかけて得た成果のひとつなのかもしれない。田舎に染まったことが好いのか、悪いのか? 未だ判断はつかないが、少なくとも今の気分は悪くない。

そう思いながら、彼女は赤薔薇のように微笑んだ。



ダボンは披露しませんでしたが、革ひもはスリング(投石具)の一種です。遠心力をつけて投げることで時速100キロの剛速球で石が投げれます。


ブックマーク、ポイント評価、いただきありがとうございます。

そろそろ序盤も終了ですが、引き続きお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
耳かき小説

他にもこんな小説を書いてます
狂婚 -lunatic fairy tale-

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ