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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
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マンバナ村の侍女は語る


ゼベはダボンが生まれる前からマンバナ村の領主の屋敷で働いている侍女だった。もともとはルナの本家がある都で、とある貴族に仕える侍女として働いていたのだが、その貴族はひどく好色な男だった。田舎暮らしの中ですっかりと容貌の衰えてしまった彼女であるが、まだ十代の当時は美しくその貴族の劣情をあおるには十分だった。

屈辱的な日々が半年ほどで終わったのは彼女にとって極めて幸いな出来事だった。新しく入って来た庭師の青年は気弱だが優しい男で、自分の置かれた惨状を知り「一緒に逃げよう」と言ってくれたのだ。

覚悟が決まれば早いもので、ゼベとその青年は都から逃げ出した。貴族は四大貴族に連なる高い身分の男でルナ領にいるのは難しい。かと言って他の領地へ関所を超えていくことは現実的ではなかった。

そんなとき噂を聞いたのだ。それは酒の席で流れるような噂だった。


大山脈のある西の果てには蛮族の村があるらしい。

そこはかつての入植者たちが切り開いた村で、年がら年中魔物と戦っているらしい。

それでも魔物によって滅ぼされないのは、魔族と密約を交わしたかららしい。

いや違う。滅ぼされないのは闘神の血を引いた末裔達がいるからだ。

いやそれも違う。魔物と戦えるのはルナ家の秘匿する魔道兵器の実験場だからだ。

いやいや解っていない。実はその辺境の村はかつて竜と交わった人間たちが支配する村で、逆に魔物達さえも支配しているのだ。


そんな途方もない噂だ。ただひとつだけ確信があったのは、本当に西の最果てには村があるということだった。かつて彼女は聞きたくもない寝物語の中でルナ領を潤す「魔石を生み出す最果ての村」の話を聞いていたからだ。

逃げ出す際にたっぷりと路銀をいただいていたために旅は比較的楽で、交易団に潜り込むことは難しくなかった。仲介していた男曰く「こういう事は、よくある事らしい」

そうして彼女達は無事、マンバナ村にたどり着いた。


仲介の男が言っていたように自分たちのような訳ありの逃亡者は多いらしく、働き先はあっさりと見つかった。特にゼベは貴族の屋敷で働いていたという話を聞くと、好条件で領主の屋敷で侍女として働くこととなった。領主と聞くとかつての雇い主を思い出し嫌な気持ちになったゼベだが、マンバナ村の領主は貴族とは名ばかりのガサツな田舎者で、むしろゼベには好ましかった。

こうして彼女の新しい人生は順調に始まる。

しかし過去の出来事がなかったことになるわけではない。

ゼベは貴族が嫌いだ。

だから彼女はシルフィーが嫌いだった。





仕事が終わり家に戻った彼女はどっかりと椅子に座った。テーブルにはすでに料理が並んでいて温かな湯気がたっている。息子に嫁が来てからというもの自分が家で料理を作る機会はめっきりと減っていた。


「義母さんおかえりなさい」

「ああ、ただいま」


疲れた声で息子の嫁に声をかける。


「ずいぶん嬉しそうね。何かあったの?」

「今日ね、奥方様にご挨拶してもらったの」

「そう、奥方様に……」


奥方様。そう呼ばれる人間はこの村には一人しかいない。現領主であるダボンの結婚相手であるシルフィー・ルナだ。


「奥方様って、とっても綺麗な女性よね」

「そうかしら?」

「お義母さんは毎日のように会ってるかもしれないけど、私はほとんど会う機会がないから、見る度にそう思っちゃうわ」

「そういうものなのかね」

「ええ、笑顔がとっても素敵よね。憧れちゃうわ」


その言葉を聞き、ゼベは陰鬱な気持ちになった。

気がつけばこの村の人間は皆、シルフィーのことが好きになっている。それが面白くなかった。

この村の人間はよく言えば素直で、悪く言えば単純だ。彼女の都会仕込みの洗練された作法と、上流階級の人間が持つ優雅な仕草は見る者の目を引き付ける。そんな彼女がにこりと微笑めば、辺境の田舎者たちは彼女にあっさりと好感を持ってしまった。


(まぁ、別にいいんだけどね)


それ自体は悪くない。だが貴族の世界を垣間見た彼女には分かってしまった。あれは張りつけた嘘の笑顔だ。友好的に微笑みながら腹の底では常に損得勘定を巡らせている。実に貴族的な笑い方なのだ。

村の皆は……ダボンですら知らぬ事実だが、実はシルフィーがマンバナ村に来たときに一番最初に会話をしたのはゼベなのだ。


それは忘れもしない。彼女を迎えるために村の総出で宴を開いたときだった。遠目にゴーレム馬の引く馬車が見えた時、彼女はすぐに料理の準備を始めた。村の女衆が手伝っているとはいえ、宴席に出せるようなものは自分しか作ることが出来ない。その仕上げをするために屋敷に戻ったところで、唐突にあのお姫様は入って来た。酷く慌てた様子で自分を捕まえて部屋を聞きだしたのだ。

そのときの口調は、横柄で、平民を見下した、いかにも貴族的な喋り方だった。シルフィーがあんな喋り方をしたのはあの一度だけで、その後は誰もそんな姿を見ていないようだが、ゼベはあの姿こそがあの女の本性だと確信していた。

そんな都会から来た女が自分の縄張りを村の中で広げている。彼女はそもそも領主であるダボンの妻となる予定なので、別にそれは悪いことではないのだが、彼女にはたまらなくそれが不快だった。


「ドゥードゥおばさんのお店で串肉を食べてたのよ。あんな綺麗な人でも串肉なんて食べたりするのね」

「そりゃ、食べるわよ。ダボン様といっしょで普段は私が作ったものを食べてるんだから」

「そうだけどさ。もう、お義母さんは分かってないなぁ」


嫁はそういうが、ゼベは逆に苦笑を浮かべた。マンバナ村の住民は知る由もないが、もともと都の人間である彼女は知っている。ルナ家の娘というのは単なる金持ちのお嬢様などではない。王国を支える四大貴族の令嬢であり、場合によっては王妃にもなりえる。まさしく姫ともいうべき存在なのだ。

そんな娘が辺境の村に嫁いでくる。どう考えても普通の事態ではないのだ。

そう思っていると畑仕事から夫と息子が帰り、家族全員がそろうこととなった。夫に二人の息子と嫁。それが今の彼女の家族だった。


「今日ね、奥方様に会ったんだよ」

「へぇ、俺はまだ一回しか見たことがないなぁ。しかも遠くの方でだし……すごい美人なんだよな?」

「オレは見たぜ。黒い髪で黒い目をした、物語のお姫様みたいな美人なんだ」

「お姫様みたいじゃなくて、実際にお姫様なのよ」

「解ってるよ。母ちゃん」


(解ってないわよ)


ダボンですら当初は煙たいものがあるのではないかと疑っていた。もちろん今の領主であるダボンには忠言している。もっとも彼も最近はすっかりシルフィーに気を許しているように見える。もともと明るい質ではなかった若者なのだが、最近は笑顔を良く見せるようになった。それ自体は良いことなのだがゼベは不安に感じてしまう。

ダボンは鈍重そうな見た目に寄らず聡い男なので、恐らく自分である程度探ってはいるようだが、権謀術数渦巻く貴族社会で育てられてた娘なら田舎の青年を欺くことなど難しくないだろう。


「おい」

「何? 父さん」

「しょうもないことを考えるな。こんな田舎で事件なんて起きないよ」


断言したのは夫だった。


「何の話だよ、父ちゃん?」

「何でもないよ。さっさとメシを食え」


どうでもいいとばかりに夫は食事を再開する。これ以上、この話題に関わるつもりはないらしい。しかしゼベはその言葉にほっとしていた。

自分が都の貴族に嫌悪感を持ちすぎて、考えなくてもいいようなことまで考えていたこと。そして夫もどうやらシルフィーのことがあまり好きではないことに気づいたからだ。


(ちゃんと解ってくれてるじゃないの)


それだけで嬉しくなってしまう。


「何だよ、母ちゃん。急に笑い出して」

「別に何でもないわよ。それよりも早く食べちゃいなさい」


そう言って、ゼベも夫と同じように黙って食事を続ける。冷静に考えれば、こんな田舎で何か陰謀が渦巻くはずもない。あのお嬢様だって、せいぜい都で何かやらかして島流しにでもあったのだろう。

ただひとつ。

ゼベにはどうしても解らないことがあった。それはあの美しい黒髪の娘がときおり自分に見せる目だ。そのせいで彼女のことを余計に勘繰り、嫌ってしまったこともあるのだろう。

あの、若く、美しく、生まれにも恵まれた姫君。彼女がときおり、嫉妬するような、羨むような視線を自分に向けてくるのだ。若くもなく、美しさも衰え、ただの田舎領主の侍女に過ぎない自分にだ。

ゼベにはそれが理解出来ない。


あの娘はどうしてあんなにも羨望の視線を自分に向けてくるのだろうか?



のんびり目の展開ですがこれで序盤は終了です。

次回からは中盤戦です。色々と話が動き出しますので引き続きお楽しみください。

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