戦士長と少年と弁当と
少年は怯えていた。
あてがわれた兵舎の一室で蹲り、時おりうなされたように声を漏らす。
ルナ家の御曹司を名乗る人物が西の集落にやって来て竜王を狩ると宣言してから数日が経過している。最強の魔物を倒すためには当然村の中でも精鋭が集められる。集まるのは大山脈に最も近い、この西の集落。もちろん彼が心底恐れる、あの怪物も来るのだ。そう考えると恐怖のあまり身体が動かなくなる。
怖ければ逃げるなりなんなりすればいいのだが「もしも塀で囲まれた西の集落を出た途端、あの恐ろしい怪物に出くわしたら」そんな考えが少しでも過ると、身体が動かなくなってしまう。当たり前だが二日後には、怪物はやって来る。だがそんなことも考えられなくなるくらい少年は完全に錯乱していた。
脳裏に浮かぶのは、あの恐ろしい怪物だ。樽のような体、丸い顔に団子鼻、目は線を引いたように細い。
(……もうすぐアイツが来る)
しばらく前に彼が西の集落にやって来てから幾度か仕事をしたレグウェイという余所者の戦士が声もかけてくれていたが、彼自身も忙しくなったのか、今日は一度も姿を見ていない。
それに気づいた時、一瞬だけ冷静になった。
(あれから何日経ったっけ?)
時間の感覚が曖昧だ。だが必死になり、あれから何度、昼と夜が入れ替わったか思い出す。幸いにも回数はそう多くない。
(……!? あと二日後にはアイツが来る!??)
差し迫る現実を思い出し、弾かれたように身体が動いていた。彼の荷物は多くない。折れた小剣と金貨の入った袋を雑に掴んで、転がるように兵舎を出た。
二日後に大きな戦いを控えていた西の集落は喧騒に包まれていた。ここしばらく西の集落にいた少年であるが明らかに人が多い。南や北の集落から戦士達が移動してきているのだとレグウェイが言っていたことを思い出す。
(早く、集落を出ないと――)
領主であり総大将であるダボンが到着するのは最後だとレグウェイから聞いていたのだが、未だ錯乱から立ち直っていない彼はそれが解らない。
(アイツが来る――)
リッツは元々、兄の仇を討つためにこの村にやって来た。しかしダボンから受けた濃密な殺気を浴びた彼はそんなことを思い出せないほどに心がへし折られてしまっていた。
(早く、早く――)
早歩きが、小走りに、それがさらに全力疾走に、だが如何に柵に囲まれた小さな集落だろうと、ペースを考えない全力疾走が続くはずもない。集落を囲む塀の入り口付近で、リッツはぜいぜいと息を切らし足を止める。
そのときだ。
「ん? お前はたしか……リッツだったか?」
「――――!!」
名を呼ばれ、早鐘のように鳴っていた一瞬止まりそうになる。目の前には大男の影。「まさか!?」と思い、強張った表情で顔を上げた時、そこには知っている、しかしダボンではない男が立っていた。
異形の右腕を持つ見上げるほどの大男。西の戦士長ザガだ。
「…………ザガさん?」
「おう、久しぶりだな。とは言っても、狭い集落の中だから、遠目には何度か見てはいたんだが」
言葉を交わすのはいつぶりだろう。確か村にやって来て数日ほどしてからのことだと思うが、リッツには随分と昔のことに思えた。
「随分と急いでいるようだが、どうした?」
事情は知らずとも集落の中、肩で息をするリッツを見て気になるのだろう。不思議そうにザガが尋ねるのだが、もちろん「ダボンが怖くて逃げだすのだ」などと言えるはずがない。だが語らずとも解ることもある。自分の背後――つまりリッツの向かっている先に集落の出口がある。そして何よりもリッツの目を見れば判る。
「そうか、村を出るのか」
「それは……」
「ああ、いや、いいんだ。前にも言ったが別に悪いわけじゃねぇからな。ただ惜しいとは思うけどな。魔法が使えるんだろ?」
「誰かから聞いたんですか?」
「まぁな、これでもこの集落の戦士長だ。強えヤツがいたら、すぐに知らせるように言ってるんだ。特に魔法使いなんざ、珍しいからな。本音を言うと手元に置いておきたいところだ。でも無理は言わねぇさ」
そう言ってザガは寂しそうに笑う。戦士の村の人間として生まれ育った故だろう。若い才能が潰えることを惜しんでいた。その視線に耐え切れずリッツは顔を背けるのだが、次の言葉に弾かれたようにザガに向き直った。
「胸の中の蛇が消えないんだろ?」
「え!?」
「俺の中にもいるからな」
「え!?……ええ??」
それはあまりにも意外な言葉だった。もっとも過酷な西の集落の戦士長。人望もあり圧倒的な戦力を有する、ダボンという例外を除けばこの村で1番強い男。そんな男の言葉とは思えぬものだったからだ。
「こいつはもうお前の一部だ。だからもう出て行ってはくれねぇよ」
「そ……そんな……」
「ただ飼いならすことは出来る」
「ど、どうすれば?」
「さぁな。きっと人によって違うんだと思う。強いて言うなら色々経験を積むことだ。そのおかげで逆に前よりも強くなったしな。ただそのせいで昔なじみが言うには、俺はつまらないヤツになっちまったらしいが……」
最後のひと言はどこか悔し気だ。しかしザガはそれをすぐに飲み下すと、リッツに言い放った。
「ただ、それは一朝一夕でどうにかなるものでもない。もうすぐ竜王が来るからな。戦士でないなら去った方が良い」
「…………はい」
言い返すことが出来ない。ザガの言うように本当に蛇を飼いならすことが出来るのか、それも定かではない。何しろ目の前にいる巨漢と自分とでは何もかもが違い過ぎる。
確かに言えるのは今の自分は戦士ではない。魔法は使えるが傭兵にも戻れないかもしれない。
(こんなことなら字の書き方も勉強しといたら良かった……)
ふとそんなことを考える。そんなリッツにザガは背中に背負ていた荷物から包みを取り出して言った。
「ほら、コレをやるから、元気だせ」
「え……何ですか?」
「弁当だ。お前、メシ食ってないだろ?」
「え?……あ、はい」
言われて、自分がひどく空腹だということに気づく。そう言えば、ここ数日まともに食べていない。
「中身は期待するなよ」
「え、いえ……ありがとうございます」
「いいってことよ。ああ……でも、そうだな。弁当代じゃないが、村を出るならついでに頼まれてくれねぇか」
「何でしょうか? ボクに出来ることなら」
具体的な蛇の飼いならし方を聞いたわけではないが、ザガの話は今のリッツにとって希望だ。弁当ももらったし恩に報いたい。そう思い安請け合いしたリッツだったが、ザガの話を聞き言葉を失った。
「村を出るなら、中の集落にも寄るんだろ。その時にガランに会ってやってくれないか」
「え? ガランに??」
「おう、お前ら仲良さそうだったからな」
「ど……どうして?」
「ああ……言いにくいんだがよぉ。別に戦士じゃなくても生きていけるってのを、アイツに知っておいて欲しいんだ。お前もまだ吹っ切れてる訳じゃなさそうだから悪いとは思うんだけどよ……」
見上げるほどの大男が背を丸めて言う。言葉の通り、申し訳なさそうな様子だった。
「随分とアイツのことが気に入っているんですね」
「気になってると言う方が正しいな。前にもチラッと言ったが、ダボンに何かあれば、次の領主はガランだからな」
「何かって……あんなに強いヤツが怪我や病気で死ぬなんて考えられないですけど」
「まぁ、ダボンが誰かと戦って負けるってのは、ちょっと想像がつかねぇわな。ただな……それだけじゃねぇ」
そう言って、ザガは周囲をさりげなく見渡し、声を潜めて言った。
「例えばダボンとシルフィー様の間に子どもが出来なかった場合だ」
「子ども……ですか?」
「そうだ」
恐らく不敬に当たると考えているのだろう。ザガはさらに声を小さくして言った。
「もちろん、子どもが生まれれば何の問題もない。最低でも4人は産んで欲しいな。上3人が男で、1番下が女なら、なお良い。もちろんさらに多い分には問題ねぇ」
「……はぁ?」
何が言いたいのか分からないリッツは気の抜けた返事をするのだが、ザガは声音を低くしてリッツに伝えた。
「だがよ、必ず子どもが生まれるとは限らねぇ。俺の一番目の嫁がそうだったからな」
「そ、そうだったんですね……」
「おう、だからだよ」
「??」
「身分の高いルナのお姫様が正妻で、下賤な側室が後継ぎを産んだりするとややこしくなるだろ」
「なるほど」
「……っていうのが、表向きの理由だ」
「???」
話が二転三転し、その速度にリッツは着いて行けなくなりそうになる。そんなリッツにザガは静かに応えた。
「ダボンはシルフィー様以外の嫁をとるのを嫌がるだろうからな」
「あ、ああ……それなら……」
それならまだ辛うじてリッツにも解る。彼の目から見ても、あの怪物は明らかに魔女の手管で篭絡されていた。きっとあの見た目の綺麗さに騙されて、頭の中身まで溶かされてしまっているのだろう。
そんなことを考えるリッツだったのだが、ザガの言葉はまるで違ったものだった。
「アイツは騎士になりたいんだよ」
「騎士って……アイツは領主なんだから、むしろ騎士より偉いんじゃ……?」
「ん? ああ、そういうんじゃねぇよ。何て言ったかな。昔、アイツが持って来た本があってな。確か『白い花の騎士』だったかな? 何かそういう題名の本だ。都じゃ有名な本らしい。その物語の中の騎士はお姫様のために戦い、お姫様だけを愛するんだとよ」
「…………はぁ??」
「まぁ、正直、俺はよく分らねぇ。強い戦士は多くの血を残すべきだし、そのためには嫁は多い方がいいに決まってるからな。だがアイツが、そっちがいいって言うのなら、なるべくそれを優先してやりてぇ。結局それが……村のためなんだ」
「????」
最後はもう独白のようだった。そこでリッツはふと気づく。
(ああ、そうか。きっとこの人はボクが理解出来ないと解っているから言ってるのか)
実際に自分はこの大男の言いたいことは1割も理解できてなどいない。だからこそ思わず言ってしまったのだろう。きっと自分が余所者だから、これから村を出て行くから、思わず漏れてしまった本音や弱音のようなものなのかもしれない。
ザガが村でもダボンに次ぐ戦士だとリッツも聞いている。周囲の人望も厚い。それほどの男が村のことを想い、リッツに頼みごとをしている。
「解りました」
リッツは頷いた。
蛇の話と弁当の報酬としては十分だろう。それに純粋にガランには世話になった。兄に言いつけられたからかもしれないが、彼は最後まで自分の正体を村の人間に黙っていてくれた。それにあまり良い別れ方をしていない。このまま何も言わずに出て行ってしまうのは不義理だった。
「悪いな」
「いえ、ガランにはボクも良くしてもらいましたから」
この村には来ない方が良かったのだろう。
結局、自分は何も出来なかった。だからこそ、この村に来たことに意味があった理由がひとつでも欲しかった。
(やっぱりボクは弱いな)
強さだけでなく、覚悟がない。
そんな村に来てから何度も思い知った事実を改めて思い知る。そういう意味では踏ん切りはついたのかもしれない。
「悪いな」
「いえ、お弁当のお礼です」
「そうか……あまり中身は期待するなよ。別に不味くはないんだが、美味くもないからな」
「え……はぁ?」
西の集落最強の男は、リッツに渡した弁当の包みを見て呟く。
それを見てリッツも何となく察した。
(誰にでもやっぱり悩みはあるんだな)
ひとつ賢くなり大人に一歩近づいたリッツはありがたく弁当の包みを頂戴すると、もう一度ザガに礼を言い西の集落を後にした。
本編には登場しませんがザガには奥さんが3人います。弁当を作ったのは1人目の奥さんです。
西の集落は村というより前線基地なので、戦士達は単身赴任する感じて詰めています。奥さんと子どもは各集落にいるので、女性と子どもは基本いませんが、おさんどんとして女性(ほとんどが未亡人)が一部います。彼女はそのまとめ役をしています。
彼女が作った弁当の味は……後ほど語られることでしょう。
女は男のために弁当をつくれとか、そういう事を言いたいんじゃないんです、作品の世界観なんです!!
……と必死に弁明する筆者を応援していただける方がいらっしゃいましたら、感想、ブックマーク、ポイント評価など、よろしくお願い申し上げます。




