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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第二章 小さな復讐者と怪物の王
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魔女と小さな復讐者


声を出す間もなかった。

少年が鞘から小剣を抜き放つ動きは訓練されたもので、僅かな予備動作だけで一息に抜剣された。小剣も名剣とは言い難いが手入れがされている。もしも手に取れば鏡のように持つ者の顔を映すだろう。しかし今、その切っ先はシルフィーの心臓に向けて最短距離で銀色の軌跡を描いていた。


シルフィーは動けない。

そもそも脳が「避けろ」と判断する前に何が起こっているのか理解が追いついていない。黒真珠のような瞳に凶手の影を映しながらも、(またた)くことさえ思いつかず、銀色の刃をその胸で迎え入れようとしている。


凶刃は迫る。

狙いは胸のやや左。真正面だと胸骨に当たる。その場所に刃を寝かせて突き刺せば肋骨の隙間を縫って心臓に当たるのだ。

そしてそれは半ば達成されようとしていた。

剣先がシルフィーの柔らかな乳房を貫き心臓に達する。少年がそう確信した瞬間だった。



大きな手の平が目の前に()()()()現れた。



丸みのある大きな手だ。

皮はぶ厚く、よく日に焼けている。

その手は切っ先の進行上に現れると、無造作に小剣の刃を握りしめた。


「――――っ!?」


その異様な感覚に少年は驚愕の息を漏らした。


剣を弾かれたのならば解る。

それならば横から叩きつけられたような衝撃を感じたはずだ。


盾のようなもので止められたのならば解る。

それならば硬いものにぶつかった衝撃が手に伝わったはずだ。


だが今、小剣の柄を握った右手に生じた感覚はそういった類のものとはまるで違うものだった。

太い5本の指はがっしりと細身の刃を掴み取られている。それがまるで動かない。押しても弾いても動かない。小剣を根元深くまで巨木に突き刺せばこんな感触がするのかもしれない。

それを成したのは樽のような体型をした大男だ。丸顔に団子鼻、線を引いたように細い目をした醜男(ぶおとこ)だ。

殺気を放つわけでもなく、怒気をまき散らすわけでもなく、ただ立っている。

しかし少年はその立ち姿に危険なものを感じ、小剣を手放して背後へと跳躍する。もちろんただ避けるだけではない。剣を手放し飛び跳ねると同時に魔法を発動させる準備を終えていた。


彼が得意とするのは土の魔法。幼少の頃から訓練した成果を見せるように速やかに魔力が身体を循環し、魔法が完成する。地面を破裂させることで石礫(いしつぶて)を撒き散らす。攻撃魔法としては初歩のものだが、その威力は馬鹿にならない。生身で喰らえば相応の怪我を負う。

着地と同時にそれを放つ――そう決めた矢先、彼が着地するよりも早く、背後から現れた何かが少年の頭を鷲掴みにした。


「ぁっ……!??」


目の前から大男の姿が消えている。しかし少年は確かにその目で死の影を見た。今、背後から自分の頭を掴んでいる何かは、人間の形をした怪物だ。後頭部を鷲掴みにした何かから剣呑な気配が放たれる。

それは蛇のようだった。

感情を見せず、ただ得物を絞め殺すために肌を這う蛇。その暗く冷たい感触が胸の内に入り込むと、少年の心臓に絡みつく。血は凍り、鼓動が止まる。心は絶望に塗りつぶされる。


死んだ


本能的に直感した。太い指に力が込められ、その圧力に耐え切れず頭が爆ぜて絶命する。その一秒後の未来を幻視する。

その時だった。


「ダボン、止めなさい!」


悲鳴にも似た声が黒髪の美女から放たれた。


「シルフィー?」

「止めなさい。こんなに震えてるじゃないの」

「え? いや、でも……」


ダボンは困惑する。

少年は顔面を蒼白にしたまま膝から崩れ落ち、泣きながら震えていた。それを見てダボンは「まいったな」と一人ごちる。

こうして呆気なく戦いの幕は降りた。



第二章は群像劇なので第一章に比べると一話ずつが短めになっています。なので各話のあとがきも、ちょいちょいお休みが入ります。各話を続けて読まないとテンポが悪くなりそうなので(笑)


各話のこぼれ話などが気になるかたはお気軽に感想欄をご利用ください。あとブックマーク、ポイントなども、引き続きよろしくお願いします。

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