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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第二章 小さな復讐者と怪物の王
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悪夢と花と悪役令嬢と


悪い夢を見た。

それはつい1〜2年前に現実にあった出来事だ。恥辱と屈辱と嫉妬と怒りと、そしてそれらを全て足してもなお余りある程の恐怖に襲われてシルフィー·ルナは飛び起きた。


(……久しぶりに見たわね)


かつては毎日のようにうなされていた悪夢だが、マンバナ村に来てからは徐々にその回数が減っていた。それでも時おり思い出したかのように見る。


(もう……朝ね)


窓の外を見れば空が白み始めている。時計の針を確認すれば、普段の時間と大差はない。


(嫌な夢……)


嫌悪感に苛まれて吐き捨てると、無性にダボンの顔が見たくなった。丸い顔に、団子鼻、目は線を引いたように細い。お世辞にも美男子だと言い難い顔なのだが、今となっては見ていると安心感の湧いてくる顔だった。

もちろんシルフィーは淑女なので、寝ている殿方の寝所に忍び込んだりはしない。一瞬とはいえ馬鹿なことを考えてしまった自分を窘めながら、彼女はベットから起き上がり「今日は嫌なことが起きる気がするわ」と誤魔化すように口にする。


シルフィーに限らず、朝の女性は準備に時間がかかる。しかし彼女が朝起きて最初に行うのは服を着替えることでも、髪を梳かすことでもない。シルフィーが最初に行うのは窓際にある鉢の前に立つことだ。両手に収まるほどの小さな植木鉢。中には小さな花弁が幾重にも折りなった菊のような花が一輪咲いている。

シルフィーは、そこに手を翳す。すると鉢は温かみのある白い光に包まれた。シルフィーが生まれ持った治癒魔法の光だ。


(やっぱり色が薄いわね)


鉢に咲いた花を睨みつけるように眺める。奇妙な色合いの花だった。白を基調とした一輪の花の上に、赤、橙、黃、青の四つの色が淡く斑に染めている。万色菊と呼ばれる花で、その名の通り治癒魔法を当てることで万色に染まる花だ。その花を見てシルフィーは色が薄いと断じた。

それは王国に古くから伝わる治癒魔法の鍛錬法だ。高位の治癒術師ほど多くの色をつけると言われ、三色出せれば一人前、五色あれば一流と言われている。そう言う意味では四色も咲かせることが出来るシルフィーは十分な腕前と言えるのだか、その顔はとても満足しているものではなかった。


(前はもっと綺麗に咲かせることが出来たのに……)


彼女が初めて治癒魔法を使ったのは読み書きに加えて礼儀作法の習い事が多くなってきた頃だった。魔法というのは贅沢な習い事で、魔法の素養がある貴族はことさら自慢するように子どもに魔法を覚えさせる。最低限の素養があっても使い物になる者は少なく、そもそも実際には武門の家柄でもなければあまり必要のない技術。しかし幸いというかシルフィーの素養は治癒魔法であり、日常でも使う機会が多いものだった。

そんな魔法を覚えたばかりの彼女が、ちょっとしたことでそれを披露して見せた。侍女の一人が皿を落として怪我をした際に指に出来た傷を治してみせたのだ。シルフィーとしては覚えたばかりの魔法を使ってみたくて仕方がなくて、とにかく練習台が欲しかっただけなのだが、指先のちょっとした切り傷を治された侍女は大層感激し、周囲の大人達も驚いていた。それに気を良くしたシルフィーはそれからしばらく屋敷中の怪我人を探して「誰かケガをしてる人はいないの?」と回った。今の彼女は覚えていないが、当時の料理長は「お嬢様が厨房にやってきたら指が何本あっても足りはしない」と髭を揺らしてよく笑っていたらしい。


この出来事で幼いシルフィーが学習したことは二つだ。

一つは他者から感謝されるという喜び。

そしてもう一つは貸し借りで他人を動かすことが出来るという事実だった。

それはシルフィーが成長し繰り返されるうちに信賞必罰という概念に昇華され、その後の学園生活における派閥作りにも大いに役立つことになった。


(やっぱりサボると駄目ね)


もう一度、万色菊に手を翳す。そこにはもう感謝されるのがただ嬉しくて純粋に魔法の練習をしていた少女の影はない。

一時期は見るのも嫌になっていた花だった。特に魔法を習い始めて数ヶ月のアリスが鮮やかな五色の花を咲かせた時は悔しくて10年以上大事に育てていた鉢を床に叩きつけそうになった。ただそれでも、その時はまだかろうじて努力を続けることが出来た。しかしシルフィーが完全に自身の敗北を認めてしまったあの事件。死亡したエリオット王子をアリスが治癒魔法で蘇生させて見せ、彼女こそが聖女だと知らしめた事件の後、アリスは虹色に輝く花を咲かせてみせた。それは伝説に謳われる聖女だけが咲かせられるという花の色だ。しばらくの期間、シルフィーは何をするにも身が入らず、鉢のことを思い出したときにはすでに花は枯れてしまっていた。


(今度は枯らさないようにしないとね……)


自分の不注意で失ってしまったかつての相棒を(しの)び、心に誓う。二年近く止めていた習慣を再び始めたのはひと月前からだ。

シルフィーは現在、マンバナ村の聖女と呼ばれている。それは魔物と戦い傷ついた戦士達を癒すことで与えられた字名(あざな)だ。これまで治癒魔法など存在しなかったマンバナ村の戦士たちにとってそれはまさに恩寵だ。そうしてシルフィーは聖女として崇められている。

ただ、だからこそ、存在そのものに価値のある本物の聖女と違い、偽物の聖女であるシルフィーに失敗は許されない。


「大丈夫よ……ちゃんと前もって準備さえしていれば大丈夫だから……」


もう信じてなどいない、かつての信念を口にしたのは悪夢を少しでも遠ざけたかったからだろう。

こうして今日もシルフィーの一日は始まるのだ。



ざっくり治癒魔法とありますが、この世界にはちゃんと医者も薬師もいます。怪我を短時間で治したり、体力を回復させるのが治癒魔法の効果なので、薬とかも普通に飲みます。

シルフィーが来るまではマンバナ村の村人達はおばあちゃんの知恵袋的な薬草の知識で乗り切っていました。物知りな、おじいちゃん、おばあちゃんがいて、薬を煎じてくれる感じです。前述のように薬は普通に使うので、シルフィーが来た今でもおじいちゃん、おばあちゃん達は活躍しています。


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