悪役令嬢はご褒美を与える
心配事もとりあえず片付き、夜の散歩を終えて戻ってきたダボンだが、相変わらずその気分は晴れなかった。
「何だかパッとしないなぁ……」
色々と問題は片付けたが、結局一番の問題が何も片付いていない。
問題とはもちろんシルフィーのことだ。決闘が終わってから機嫌が悪いのか、彼女はほとんどまともに口を聞いてくれないのだ。
「明日になったら少しは良くなってるかな」
とてもそんな簡単には思えないが、ダボンにはもはや祈るくらいしか手段が思い浮かばない。
そのとき控えめなノックの音とともに声が聞こえてくる。それは彼が何よりも待ちわびていた声だった。
「ダボン……いるかしら?」
「え!?? シ、シルフィーさん!? います! すぐに開けます!」
まさか彼女がやって来るとは思いもしていなかったダボンはドタバタと音をたててドアに向かう。そこには夜着姿のシルフィーが立っていた。羽織ったガウンの下に着ているのはレースをあしらわれた黒いネグリジェで、そこから少しだけ見える彼女の白い肌にダボンはドキリとする。
「えっと、シルフィーさん?」
「中……入るわよ」
「は、はい。どうぞっ!」
ダボンはすぐにドアを大きく開き彼女を部屋に入れる。そこへ彼女が堂々とした様子で入るので、まるでここがシルフィーの部屋のようにさえ見えた。
そうして彼女は備えてあった椅子を通り過ぎベッドの上に座る。仕草自体は上品なはずなのに威嚇するようにどっしりと座って見えるのがダボンには不思議だった。もちろんダボンは立ったままだ。別にシルフィーに言いつけられたわけではないのだが、この態勢が何だかしっくりする気がしたからだ。
まるで従者のようだと思いながらも、それが嫌でない自分に気づく。
そしてたっぷりと沈黙をおいた後、シルフィーは照れくさそうに呟いた。
「き、今日は……ありがとう。助かったわ」
この一言を言うまでに彼女は色々と考えた。
ダボンが竜のゴーレム倒した後、本当はもっと早く話しかけたかった。だけどどんな顔をしてダボンに会えばいいのか、結局答えは出なかったのだ。
そうして悩んで考えて何とかこの一言を搾り出した。
「それと……ごめんなさい」
「何で謝るんですか?」
「だって私……貴方のこと信じていなかったから」
「まぁ、そうだと思いますよ。都の人は何故か僕が弱そうに見えるらしくて……きっと武芸への信頼と信仰がごちゃ混ぜになってるんでしょうね。たぶんグレイル閣下だけじゃないですかね? 僕が強いって分かったのは」
「そ、そう?……グレイルが」
「ええ、僕の気配が変わったのに敏感に気づいていました。やっぱり、あの人は面白いですよね」
「ふ、ふぅん……そうなのね。まぁ、いいわ」
シルフィーはゴホンと咳ばらいをする。そして居ずまいを正してから言い放った。
「考えたら、今回ダボンは何にも得をしてないのよね。得をしたのは私とお父様……あとはエリオット様かしら?」
「そんなことはありませんよ。僕はシルフィーさんのために戦えたんだから満足です。一度でいいから、あんな風に好きな女の子のために戦ってみたかったんです。それに白薔薇の騎士の仇がとれたみたいで、そういう意味でも満足出来ました」
「白薔薇の騎士ね……」
沈痛な面持ちでシルフィーはぼやく。そして言うか言うまいか考えた末に、彼女はダボンに教えてあげた。
「あの話だけどね……もとになった話があるって言ったわよね」
「ええ、でも白薔薇の騎士の元になった騎士は負けちゃったんですよね」
「そうよ。その話……その白薔薇の騎士と駆け落ちしようとした貴族の娘なんだけどね。実はそれ……100年くらい前のルナ家の娘なのよ」
「そうなんですか!?」
「ええ、そうよ」
実に嫌そうにシルフィーは答える。
それとは対照的にダボンは感極まった表情だ。
「感動だなぁ。白薔薇の騎士のお姫様がシルフィーさんのご先祖様だったなんて」
「白薔薇の騎士を殺したのも私の先祖だけどね」
「そ、それは……そうなんでしょうけど。ああ、でも感動だ。僕は白薔薇の騎士が叶えられなかった夢を叶えたんだ」
「ま、まぁ、貴方がそう思うのなら、もう何も言わないけど」
「感動だぁ……」
本当に感動しているのだろう。ダボンは部屋の隅に置いてあった箱の中から棍棒を取り出すと、それを眺めて感動にむせび泣いている。そんな彼に少しシルフィーは苛立ちながら、先ほど正した居ずまいを乱して言った。
「それで……よ。ダボン。貴方は私のために頑張ってくれたわ。だから私は貴方にご褒美をあげないといけないわ」
「ご褒美ですか?」
「そ、そうよ」
わざとらしく足を組む。するとガウンの裾からスラリと伸びた白い足が見えた。
「だけどね。私って貴方にあげれるようなものがあまりないのよ。もちろんお父様にお願いすれば、何でも用意してくれるでしょうけど、純粋に私の物って、少なくとも王都の屋敷には何もないのよ」
「そうなんですね」
「そ、そうよ……」
「でも別に僕は褒美なんて――」
「いいから黙ってもらいなさい」
「は、はいっ」
100人の騎士にも怯まなかったダボンの背すじがシルフィーに一喝されてビクンと跳ねる。驚きのあまり棍棒を落としそうになるが、それを何とか防ぎ、慌てて棍棒を取り出した空箱の脇に置いた。
「それで何を貰えるんですか?」
「その前に言っておくことがあるわ」
「はい?」
「ダボン、貴方ってとっても不細工よね」
「え? あの?」
「丸顔で、団子鼻で、目が細くて、ずんぐりむっくりの体型で、エリオット様と比べたら、それこそ獅子と野豚くらいの差があるわ」
「ま、まぁ……そこは否定しませんが」
「立ち振る舞いも優雅さに欠けるわ。そりゃ、この前から特訓してるから少しはマシになったけど、まだまだ全然駄目。ちっとも上品じゃないわ」
「ど、努力はしているんですが……」
「地位だって地方の一領主に過ぎないし、ルナ家に迎えられたといっても別に実権があるわけじゃないわ」
「僕もまだルナ家の人間になったって、実感はありませんから……」
「とにかく駄目、全然駄目。ちょっと優しくて、馬鹿みたいに強い以外は何の取り柄もない人間なんだから!」
「は、はぁ……??」
突然の罵詈雑言に困惑する。
しかし怒りは湧いてこなかった。言っていることは概ね真実だし、それに何よりシルフィーがちっとも本気で言っているように見えなかったからだ。
そうしてあらん限りの悪口が尽きたのか、シルフィーは顔どころか全身を赤くさせながら本題を切り出した。
「だけどダボン。私は貴方と結婚するわ。結婚してあげる。しょうがないじゃない。そういう風に決まってるんだから! だから……だからよ。前払いしてあげるわ」
「前払い??」
「そうよ。言ったでしょ? 私にあげれるものって、この屋敷の中にはないのよ」
「は、はぁ?」
ダボンは首を傾げる。その前でシルフィーは再びわざとらしく足を組みかえた。
「私が今持っているものって、結局、私自身だけなのよ。解るでしょ?」
「え?……あっ!」
「解ったわね」
「は、はい……」
「よろしい」
顔を赤くしてシルフィーは頷く。
そうして羽織っていたガウンを脱いだ。そこから現れるのは黒いネグリジェに包まれた見事な肢体だ。
ダボンの日に焼けた顔が真っ赤に茹つ。
「ご褒美をあげるわ」
露わになった白い足を誘うようにゆっくりと挙げる。靴は脱ぎ捨てられ、白い指や磨いた爪の先までもが露わになっていた。
「さぁ……」
「は、はひっ」
ダボンは蝋燭の火に誘われる夜の蛾のように、おぼつかない足取りでシルフィーの足元に近づいていく。目の前には眩しいほどに白い彼女の生足がある。近づくといい匂いがして脳の奥が痺れるような感覚を覚えた。
恐る恐る脹脛に手を触れるとしっとりと指先に吸いつくような感触がした。スベスベとした触り心地で、自分と同じ生き物とは思えないくらいに柔らかい。
同時にシルフィーの細い喉から小さく声が漏れた。その華凜な声音にダボンの心臓が飛び跳ねる。
興奮したダボンは白い脹脛からさらに上の部分を、膝頭を超えて、太ももに指先を伸ばす。そこは先ほどよりもさらに柔らかく、ダボンの視界が興奮に明滅する。
ダボンの顔が自分に近づいてくるのを見て、シルフィーは強烈な羞恥に襲われた。よほど興奮しているのかダボンの団子鼻がひくひくと動き、顔がいつもよりも豚っぽく見える。その様がまるで自分の体臭を嗅がれているような気がして、シルフィーはさらなる羞恥心が湧き上がって来た。
(これ……思った以上に恥ずかしいわ)
今なら「嫌だ」と言えば、ダボンなら止めてくれるかもしれないと思うシルフィーだが、それを何とか女の意地で押し止めた。男をここまで下品に誘っておきながら、今さら止めてくれなど恥知らずにも程がある。たとえ今自分がどれだけはしたない姿をしていようとだ。
恐る恐る指の先だけで触れていたダボンの大きな手が太ももの内側を弄るように上がって来る。まるで蛞蝓が這ってくるような感触に、シルフィーは嫌悪感と同時に官能めいた疼きを下腹部に感じる。
そうしてダボンの野太い指先が太ももを這いあがり、股下に触れようとしたとき――
「きゃっ!!」
シルフィーは短い悲鳴を上げる。
いきなりダボンが股の間に顔を突っ込んで来たからだ。
(い、いいい……いきなりこんな事をするなんて!???)
初めて大恥を晒してから実践的な作法を村の女衆から少しずつ聞いていたシルフィーであるが、まさかいきなりこんな大胆なことをしてくるとは思ってもいない。あまりの出来事に頭の中が真っ白になり身体が硬直する。
自分はこれから初めてを迎えるのだ。
村に来てから以降、色々と覚悟を決めることが多かった彼女だが、今回の覚悟はまた質が違う。膝が震えるとネグリジェ越しに埋まったダボンの顔の感触が伝わってきて、緊張がより高まっていく。
「……………………あら?」
しかし違和感に気がついたのは、それからほどなくしてのことだった。
ベッドの上に足を出して座るシルフィーの膝の上に倒れこむように顔を埋めるダボン。その彼がピクリとも動かないのだ。
「ち、ちょっと……?」
怖くなってダボンの身体を揺すると、そのまま床の上へと崩れ落ちる。
「え? 何!? ちょっと???」
恐々と顔を覗き込むとダボンは幸せそうな顔をしながら気絶している。恐らくあまりの興奮と幸福に脳が耐えきれなくなり、気を絶してしまったのだろう。
「ちょっと……これどうしろって言うのよ?」
怒りと、恥ずかしさと、ほんの少しの残念さ、それらが入り混じりシルフィーの眉が吊り上がる。そして幸福の絶頂のような顔をしているダボンを見ると、その思いは怒り一色に染まっていった。
「お、女に恥をかかせるなんて……」
「う~ん、シルフィーさん、愛しています……ぅぅ」
「そういうことは目を開けて言いなさいよ! この馬鹿!!」
その言葉に思った以上に嬉しく思ってしまった自分にさえ腹立たしく思い、シルフィーはダボンの顔を踏みつけるのだが、魔道具の刃さえも弾くダボンの身体はものともしない。むしろ素足で踏みつけられた彼はより濃く法悦の表情を見せる。
「一生大事にしますから~……」
「だから目を開けて言いなさいよ!」
性懲りもないダボンの寝言に、シルフィーはもう一度顔を踏みつけた。
シリアスな展開が続きましたが本作は悪役令嬢モノのパロディ作品なのでラブコメで終わります。
次回はいよいよ最終回です。
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