悪役令嬢の父は棍棒について語る
王都でルナ家が所有する屋敷についたときダボンは胸をなでおろした。シルフィーの顔色は元に戻っていたものの早く身体を休ませてあげたかった。
馬車が門をくぐり、重い扉が閉まった音を聞きダボンはまずカーテンを開ける。
「着きましたね」
「ええ、そうね。まずはお父様に挨拶しないと」
「そうですね……」
入った玄関はルナ領の本邸にも見劣りせぬ立派なもので、全面に敷かれた橙色の絨毯が目にも鮮やかなものだった。侍女たちが10人ほどズラリと並び丁寧に接してくれたのだが、ダボンには相変わらずそれがどれくらいの賓客を想定してのものなのか皆目見当がつかない。ただ調子が悪そうなシルフィーを気づかってくれたことだけが素直に嬉しかった。
以前、シルフィーの実家に行ったときと同様に二人は廊下を歩く。
長い廊下を進むとその合間にいかにも高そうな絵画が置いてあり、ダボンはそれを傷つけてしまわないようにゆっくりと距離をとる。さらに歩くと騎士の鎧と剣が一組になって飾られており、それをチラリと眺めた。そこからさらに進むと双頭鷲という魔物の剥製が置いてあり「これは立派な双頭鷲だ」と大きく頷いた。
「落ち着いてるわね」
「そうですか?」
「ええ、背筋もちゃんと伸びてるし、とりあえず辺境の田舎者から、街中の冴えない男くらいにはマシになったわ」
「そ、そうですか……」
それがどれくらいマシになったのか判断が難しいところではあるが、褒めてはくれているらしい。それを心強く思いながら、ダボンは目の前に現れた一回り豪華な扉を潜り抜けた。
そこには3人の人影があった。
男が二人に女が一人。三人とも共通しているのは黒髪だということだ。その中の年長の男にはダボンも見覚えがある。厳格な顔つきに口髭をたくわえた男は、シルフィーの父親であるルナ家当主。ザカード・ルナだ。
ならばもう一人の細面の青年がシルフィーの兄レンド。最後の女性が母親ということか。
シルフィーは緊張した面持ちで父に一礼する。ダボンもそれに続いて腰を折り華麗に……にはまだまだ遠いものの無難に礼を示すことが出来た。
「お久しぶりです、お父様。この度は名誉回復の機会をご用意していただきありがとうございます」
「ふむ、みすぼらしくなったと聞いていたが、まともな恰好は出来ているようだな」
「ご心配をおかけしました。ミルムお兄様が便宜を図ってくれましたので」
「そうか、さすがにもう知っていると思うが、今回の事故はかつてないほど我が家を揺るがせた。何しろ王族殺しの大罪人を輩出するところだったからな。良くも悪くもあの聖女殿に感謝しなければならない。彼女がいなければエリオット殿下は死んでいたからな。もしも死んでいれば、さすがにどうしようもなかった」
皮肉たっぷりに言う。
良くとは決闘で起きた事故の際にエリオットの重傷を治癒させたことだ。
悪くとはもちろん、彼女さえいなければ、そもそも事件など起きなかったことだ。
そんな因果を笑うかのように兄であるレンドは言った。
「それにしてもシルフィー、アリスだけどね」
「ア、アリスが……な、何か!?」
「いや、聖女殿にはあの後、何度か顔を会わせたんだけど面白い人物だね」
「面白いですか?」
「ああ、聡明なわけではない。だけど独特な価値観を持った人間に見えたね。なるほどあれには我が妹も手こずるはずだ」
「彼女は運命を見ることが出来ますから」
「ふぅん、運命か。そう言えば以前も君は口にしていたね……それはさすがに判らなかったけど。それにしても今回は聖女殿や王家に随分と貸しを作らされてしまった」
「申し訳……ありません」
「もう過ぎたことだからいいよ。貸し借りや、好き嫌いを別にすれば、あれはあれで面白い人間だったしね」
意外にもレンドは随分とアリスを気に入ったようだった。それにシルフィーは不安になる。あのアリスの持つ奇妙な能力に兄が捕らわれてしまったのかと思ったからだ。しかしレンドはそんなものは杞憂だとばっかりにハッキリと言い放った。
「しかしルナには必要のない人間だったな。そういう意味ではシルフィーは正しかったよ。問題は負けたことだ」
「はい」
問題はそれだけ。
そしてその一度の負けが大問題なのだ。
「とにかく今回の事故は終わったことだ。そして3日後の宴席で完全に終わりにする。準備は怠るな」
「はい……全霊を賭して汚名を返上いたします」
「返上か。それはそれで困るね。どちらと言えば挽回して欲しい人間の方が多いだろうから、彼らの意も適度に汲んでやらねばならない。これは思った以上に難しい仕事だよ」
「こ、心得ています」
ザカード達は今回の件を事件ではなく事故という。真実などどうでもよく、そうでなければならないという立場からだ。200年の歴史を持つ名家の当主である彼はどんな手を使ってでも家を存続させないといけない。
これから明日に向けて自分は厳しい言葉を投げかけれるのだろう。そう覚悟する。
しかしそんな父親の口から飛び出したのは、シルフィーの耳を疑うようなひと言だった。
「3日後の宴席は期待している」
「期待?……私にですか?」
「そうだ。お前にだ」
「しかし私にはもう……」
父に応えられるだけの力がない。そう素直に答える。しかしザカードは笑う。その意味が彼女には解らない。
しかしそんな困惑など、これから彼女を襲う驚愕に比べれば何ののこともない。シルフィーはザカードの次の一言で身を以て知ることになったのだ。
「ところでダボン。以前、送った棍棒の使い心地はどうかな?」
その台詞を父の口から聞いたとき、彼女は自分の耳がおかしくなったのかと思った。思わず「は?」と間抜けな声さえ漏らしてしまった。何しろ父が突然、棍棒の話などを始めたからだ。
シルフィーの知る限りダボンの棍棒と言えば一つしかない。あの『棘つき鉄球のついた棍棒』のことだ。
「はい、とても気に入っています。頑丈でどれだけ振り回しても折れないんです」
「そうか、なら良かった。あれは硬さと粘りを兼ね備えた特別な合金を使っている。多少曲がってもすぐに戻ったはずだ」
「そう、そうなんです! 曲がってもすぐに戻って、あの棍棒のおかげで狩りが楽になりました」
「それは重畳だ。聞けば、もう少し鉄球が大きい方が使い易いらしいな」
「ええ、そうですが、どうしてそれを?」
「交易団の者から聞いたのだ。それについてだが、要望通りもう一回り大きな鉄球をつけた物を用意させた。棘は短く鈍く、柄は一握り長く……だったかな?」
「はい。単純な威力を考えたら鋭い棘がいいんですが、さすがに使い続けると欠けてしまって、手入れの事も考えると先端は尖っていない方がいいんですが……えっと? 用意した?」
「なるべく要望に沿ったものを造ったつもりだ。持って帰るといい」
「本当ですか!? あ、ありがとうございます!」
新しい棍棒がよほど嬉しいのか、せっかく身につけた所作も忘れて、ダボンはペコリと背中を丸める。
そんな光景にシルフィーは困惑するばかりだ。何しろ四大貴族の当主である父が辺境の領主と『棘つき鉄球のついた棍棒』の話をしているのだ。しかも普段はしかめっ面の多い父親が微笑さえ浮かべてだ。
そして困惑したのはシルフィーだけではなかった。兄であるレンドも同様だ。
「あの……父さん、いったい何の話をしているんですか?」
「聞いていなかったのか? 棍棒の話だ」
「それは解るのですが、何故、今、棍棒の話を?」
「大切な話だろう。マンバナ村のことは知っているはずだが?」
「それはもちろん……魔石を生み出す辺境の村。ルナ領を守る防壁です」
「ならばこそだ。今回の催しのためにルナ家は莫大な出費を強いられた。そのためにもダボンには魔物を狩って魔石を採って来てもらわないとな。そして何より治安だ。ルナ領に最後に大氾濫が起きたのは8年前だ。他の領地では年に1度は起きるというのにな。これは大きい。魔物が人を殺し、畑を荒らし、流通を分断すれば、それだけで莫大な損益が出る」
「それも……解りますが」
言っていることは間違っていない。理解も出来る。だがそれでも違和感が過ぎた。彼の知るザカードは政治と謀略が大好きな男で、間違っても『棘つき鉄球のついた棍棒』を嬉々として語るような男ではないのだ。
「それにレンドよ。大切なことを忘れていないか?」
「大切なこと?」
「そうだ。ダボンは我が娘シルフィーの婿だ。便宜を図るのは当然のことではないか」
「それは……そうですね」
それも間違っていない。何ひとつ間違っていない。
レンドはモヤモヤとしたものを抱えながらもダボンを見る。マンバナ村はルナ領の重要な場所ではあるのだが、その場所は遥か辺境にあるためにレンドは直接赴いたことはない。当然、彼に会うのも初めてだ。
初めて見たダボン・マンバナは一言で言うなら「冴えない男」だった。樽のような身体に太い手足は逞しいので腕力だけはあるのだろう。しかし丸顔に線を引いたような細い目は自信なさげだ。おどおどとした態度の所為か、せっかく上背があるというのに妙に小さく見える。とはいえ生粋の大貴族である父の前では、大抵の者は威圧感に耐えきれず自然と頭を垂れるので仕方がない。
胡乱な目でダボンとシルフィーを見れば、彼らは緊張した面持ちで母親に挨拶をしていた。先日、通信魔道具でミルムから聞いた話では頭の下げ方ひとつ知らない田舎者という話であったが、恐らくは必死に練習したのだろう。及第点とは言い難いが、それでもいちおうは貴族としての礼を身につけようとはしているようだった。
(解せないな……)
父が目をかける以上、何か理由あるはずだ。それが『棘つき鉄球のついた棍棒』と何の関係があるのか、レンドには分からない。ただの田舎の力持ち以外の印象しかない男を見て、レンドは再び首を傾げた。
◇
ダボンとシルフィーが出ていった部屋でザカードとレンドは対面に座っていた。母親も二人に着いて出たので、ここにはいない。これから始まる悪だくみに女は不要。そういう空気を感じ取ると、彼女はいつも自然と姿を消すのだ。
机の中央には、底が平たく注ぎ口が窄まった三角錐に似た酒瓶がひとつと、グラスがふたつ。グラスの中には丸い氷が琥珀色の液体の中で泳いでいた。その片方を手に取りザカードは尋ねる。
「シルフィーはどうだった?」
「そうですね……ミルムからも聞いていましたが、アレはもう完全に壊れていますね。貴族の女としては使い物になりません」
「ふむ、そうだな」
度数の高い酒なのだがザカードは水のように一気に呷る。グラスの中の氷がカランと鳴った。
「俺も同感だ。あれはもう駄目だな。まったく聖女め、余計なことをしてくれた」
「出来の良い妹だったんですけどね。勿体ない話です」
短いやり取りであったがレンドは理解してしまった。会話の中での視線の配り方、姿勢、言葉の選び方。かつての洗練された姿は見る影もない。特にレンドがアリスの名を出したときなどあからさまに顔色が変わり怯えてしまっていた。
「他人の視線が怖いようですね。結局、一度も目を合わせませんでした。僕とも、父さんとも、母さんとも、あれでは社交界でまともに会話出来るはずがない……」
「うむ、続けろ」
酒瓶を手に取る。高級な酒は瓶もいいのか、琥珀色の液体が音もなく氷を濡らしていく。
「ただダボンとは目を合わしていましたね。辺境の片隅で貴族ごっこをするのなら問題ないのでしょう。今回は仕方がありませんが担ぎ上げるのはこれで最後にしてあげたいですね。あれではあまりに哀れです」
「そうか」
芳醇な薫りを楽しみながら熱い息を吐いた。
「今日は随分とペースが速いですね」
「そうだな」
「父さん」
「何だ?」
「何か企んでいますね?」
「もちろんだ。悪だくみ出来ないのなら貴族の資格などない」
クツクツと笑うと、空になったグラスの中の氷も一緒になって踊りだす。
「当ててみろ」
「そうですね……ダボンですか?」
「ほう、何故だ?」
「あの棍棒の話題は、いくらなんでもおかしすぎます」
「ふむ、それで?」
「そうですね…………」
短い沈黙の間に、もう一度氷がカラリと鳴った。溶け始めているのか最初よりも音が小さくなっている。
「竜王ですか?」
ルナ領の最西端にある大山脈は魔物の巣窟だ。そこには多くの竜が住んでいる。その中でも特に強大な力を持つ個体を竜王と呼んでいた。魔物の王である竜王の魔石は最上級の品質を誇っており莫大な富を生み出す。棍棒はマンバナ村の戦力増強の示唆。そうして竜王を倒して魔石を採る。そういう狙いだ。
「実際に171年前と、83年前に竜王の魔石を採って来た記録があったはずです。その際も竜王の魔石はルナの蔵を膨らませました。さらに魔石の加工技術が上がった現在、その価値は当時とは比較にならない。違いますか?」
「よく覚えているな。優秀な跡取りがいて、俺も鼻が高い」
「……ハズレということですか」
自分の予想に自信があったのかレンドは肩を落とした。そんな息子の姿を見てザカードの肩が上下する。氷も愉快そうにグラスの中で踊っていた。
「まぁ、その線も悪くない。案のひとつとしては考慮しておこう」
「悪くないが、もっといい考えがあると?」
「そうだ」
瓶の中に残った酒を入れ切って一気に飲み干す。
そうして三日月のように唇を吊り上げ、嗤って言った。
「もっと面白いことだ」
前述しましたがダボンの棍棒は特注品です。魔道具とかではなく「とにかく頑丈に!」をコンセプトに採算度外視で鍛造されています。
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