表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/26

エチュードレッスン

 「まだまだですよ!先輩!!!」  「・・・・・・・・・。」


回数にすれば20回目のやり取り。だが針生戸も宅間も回数なぞ数えていない。


暗い体育館。照明もすべて病魔ディブクの闇に包まれたその空間。


舞台上、横たわったパイプ椅子の影に寝かされた女の子、その前に強く輝き続ける


命の宝石「マリア」その光が同じセリフを毎回若干の違いをつけながら演じ続けている男、


マリアの光は届かないが、舞台の前方の闇の中、何思うでもなく、


もう何も言わなくなった男、宅間裕司。なぜ何も言わなくなったのか?


その繰り返されるセリフが挑発と感じて無反応を決め込んだのか?


それにしてはおかしな所があることを体育館の上、結界の外で静観するカインは感じ取っていた。


『ディブグが動かない。動けないのか?』


明かりはパイプ椅子越しから除くマリアの光のみ。


だいぶ時間がたっているがマリアの光は衰えることはない。


マリアは先日から持たされていた針生戸の霊気と同調し、今は針生戸の霊気によって


光を発している。しかし、この石は霊気を吸い取っているわけでなく


針生戸との気持ちの力をお互いで補い合うように力を支えあって光っているという。


20回以上も同じような演技を繰り返し、完全な独り芝居の放置状態で疲れも見えている


針生戸だったが、その表情は飽きることもなく、マリアからの光の照り返しで


より前方の闇が濃くなり輪郭すら見えない宅間裕司に向けてまた回数を増やした


その芝居のセリフを言い終わった映一の瞳は輝き続けていた。


その目の輝きに応えるようにマリアの光も衰えることなく光り続けている。


『・・・こいつ・・・直ってないのか・・・』


闇は思索にふけっていた。となりで闇の素が抜けながら苦しんでいる様をよそに。


闇の素ディブグは闇を広げるため宿り主である宅間裕司の頭付近から黒い霧上に


吹き出る感じでその傍でより濃い霧の広がりのように現れていた。


この状態でも核は宿り主の中にあるため襲われてもどうという事はなく、


いつでも避難できるし、何より、多少体育館を覆う闇が不安定になろうと


それでも針生戸の傍の光以外、その光により、一層黒く染まる闇の、


マリアの光がぎりぎり届かない距離にいるため視認することはまずできていない。


『『こいつ・・・何考えてやがる!お前の手に入れたい妹はすぐそばにあるんだぞ!


その邪魔をするあいつを憎めよ!!妹への欲情を昂らせろ!!何を考えてやがる!!ぐぅぅ!』』


悪魔は契約した宿り主に欲望への助長はできても手を出すことはできない。


それが悪魔のルールであり、悪魔はこれを破ることができない。


破ろうと思えなくされていると言ったほうがいいだろう。


そして、その欲望への助長も本人がその欲望へ一直線に向かっていれば


いくらでも煽り立てられるのだが、今に至って、宅間裕司の心はどのタイミングからか


繰り返される針生戸の演技に無言で集中していたのだった。


ディブグは焦っていた。ディブグの体は霧上ではあれそのイメージは基本人体のような


形を成している。そのためその霧も上半身のようになっていて今ディブグは


何やら苦しいのか胸を抑えている。


ディブグの核自体は宅間の精神の中である。が、ディブグ自身のイメージとして


痛みが走るのは病を受けた個所に相当する位置なのだろう。


心臓であろう胸に痛みが現れている。その痛みは自分との契約以外に


集中する宅間がまるでその契約した欲望から引き離れようとして


いることへの現われであった。


ディブグは確信していた。『契約破棄はあり得ない』と。ディブグは


『人は悔い改めることができる。しかし、それは悔い改めることができる者だけだ。


この子供にはそれはない。何かのショックでいじめられ精神をゆがめ、


自分の妹に欲情するまでに堕ちたこの男に限って。


今、自分の邪魔をしている人間はカインという死神に取りつかれたじきに死を迎える


哀れな子供。その子供だって死にたくないだろう。今やっているのは茶番。


自分の死が逃れられないから何か爪痕を残そうとしているだけ。カインはその茶番に


ちょっかいを出しているだけ。奴も悪魔上がりの死神。人をもてあそんで楽しんでいるんだ。


そのはずだ。隣の天使もカインの遊びに乗じてカインを罰することを考えているだろう。


奴らが乗り込んできた時がきっとくる。茶番に飽きてあの子供が何もできなくなったとき


カインはあの子供を殺す。そのカインをあの天使が殺す。それをまとめて俺が食う。


そう、そうなるんだ。そうなればこの男も再び妹へ欲情しこのガキの契約満了と同時に


諸共全員食ってやれる。演劇だか何だか知らないが、この男の奥底の心に響いてる


何かも、じきに収まる・・・この痛みもじきに収まるんだ。


もう殆ど痛くない。痛くないが、まるで消えてない。それどころかハッキリしてきた。


だが!それでもただの茶番!このガキが止まった時が俺の勝ちなんだ!だから


早く止まれよおおおおおおおおおおおおお!!!』



そして、30回目に達する頃になって、どんなに気持ちで頑張れようと


若くとも体は疲労してきている。膝の力が抜け躓きかけてセリフが止まる針生戸。


「あっと・・・」 よろける体を立て直してばつの悪そうな顔になる針生戸。


しかしどの道同じことを繰り返すのだ。見えない闇の中のその人に向けて。


すると、闇から声が聞こえた。今まで聞こえた声とはまるで違う声色で。


   「今何でこけた?」


「え?あ、ちょっと・・・」


   「もっかいやれ」


「はい、先生!あ・・・」


その声色がなぜか懐かしく感じた針生戸。その懐かしさの中でやっているように


その言葉に応えている自分を今の自分に気づかせて気づいた「あ・・・」だった。


しかしその瞬間に、まさにその瞬間にその時は訪れた。

遅くなりました。

もうちょっとで終わる・・・かも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ