始まる舞台(前編)
キーンコーンカーンコーン・・・。
日曜日のチャイムが人少ない校舎に鳴り響く。校舎の時計は九時。午前中ながら人はまばら。
「しばらくスポーツセンター行けるって?」 「学園祭近いからじゃないか?」
「行くのは楽だけど練習キツくなるよな~」 「芸能事務所くるってマジ?」
「たかが学園祭の劇でか?」 「宅間さん出るからじゃない?アイドルの」
「俺はスポセンの受付のお姉さんがいい!」 「お前にゃもったいない」
「でも2週連続って珍しいね」 「文化祭前ってこんなもんじゃね?」
校門前でバレー部が雑談をしながら送迎バスを待っている。本来体育館を使用する部活だが
たまに地元のスポーツセンターで練習をすることがある。
しかし月一回程度の頻度なのだが、今回は再び行うことになったという。
送迎バスは顧問の運転するレンタルサロンバスである。点呼、乗り込みも滞りなく出発するバス。
「なんとか行ったな」「予定外過ぎだったがなんとかなったようだ」
体育館と校舎の連絡廊下でカインとプリンがバスを見送っていた。
「予定外の魔力だったが本当にお前にツケといていいんだな?」「くどいな。もういいって」
この日の前日、あの体育倉庫での一悶着の3日後。ディブグもカインもなんの波風も立てず
カイン達は予定者の針生戸をディブグは裕二の中に、それはおとなしくしていた。
プリンシパリティは日曜日に体育館を使用するはずの者たちに
体育館ではない場所に移動するように暗示をかけたのだ。
具体的には使用する部活の顧問の意識を
かたや部活自体を休みに、かたや別の場所での練習に、予定表に記させただけだが。
その予定変更計画には、前もってカインやガミジン達、かたや近くにいた精霊、
物質界に存在していても大した干渉はないと判断された小悪魔の類の半ば強引な協力で
市内の体育施設の予定管理、各部員たちの大まかな都合の把握など
この日のためにした努力への謝礼を魔力で払ったその代償の話だ。
「それより、まだ入らないのか?この建物をガミジンに張らせた結界の中の
影響ギリギリまでディブグ側の結界が強く膨らんでいる。外から何もわからないぞ?」
「まだ霊気は3つ感じるだろ?あいつの結界は異なる魔力の遮断なんだ。
おまえら聖なる魔力は切り離されるが、俺は少し見えてる。」
「少し?」
「ああ、なんかぼやけてる。あの人間への侵食の強さから霊気と混ざった影響かな?」
カインの出生は聖書の中にある「アベルとカイン」と呼ばれる話の中から生まれ
地獄の底、コキュートスの中にある四つの一つ「カイーナ」を統べる王としての存在から
と言われている。が、現在のカインは王と呼ぶほどの威厳はなく死神と呼ぶには軽薄で
事実、このカインとカイーナは全く関係のない形で相互認識されている。
カイーナはカイーナで王不在でもその国は存在し、カインはカインで個人として存在している。
しかしカインは自分がそういうところから生まれてきたことは自覚できている。
自覚はしていても本人は対して気にしてないようだが。
人というものに興味を持ちマリアを胸に抱く悪魔カイン。その人格は
人間の罪を罰する地獄のカイーナという場所から影響が来ており、
その副作用のように人間の霊気を感じ取りやすくなってはいるが、
霊気と魔力が混合したような状況に酔いのような感覚をきたすことを本人は知らない。
「おい、大丈夫なんだろうな?あの子供が本当にディブグを引き離すって!?」
「まぁもう始まってるみたいだし。ヤツが人を直接襲うことはまだない。
向こうもこっちを見てるみたいだし、計画通り、ってやつだ。
あとは映一のタイミングだ。あいつはあいつで考えてることがあるみたいだし。
あの男の心を揺さぶれる何かを持ってるんだろ?それ次第だな。」
・・・・・・・・・・・
「これは・・・」
体育館の舞台側その中央で針生戸は意識のない宅間紗栄子のそばでさっきまで
小道具として使っていたパイプ椅子を盾がわりに横に倒して腰を下ろしている。
体育館は真っ暗。とは全て閉まり、カーテンは全て締め切っている。点いているライトはない。
しかし外は昼間。日光がどこかから漏れ何かの輪郭を照らしている。ような暗さでもない。
闇だ。体育館が全て黒一色に染まっている。まるで厳重に目隠しをされているような
差し伸ばした手すら見えないような闇。
その闇の中、針生戸と紗栄子のそばに光るまばゆい石が二人を守るように光っている。
その光も届かない舞台の先、体育館の中央付近から闇の声が聞こえてくる。
「やはり持たせてたか・・・賢者の石。あいつがあんな所にいるってことぁ
挑発されてまんまとここに来たこの男から俺をこいつが引き剥がすと考えてるんだろう。
・・・ご丁寧にこの建てもんいっぱいにガミジンの強化結界。俺を逃がさねぇ気だな。
ヤケになった俺がお前を襲う瞬間にマリアが俺を光で縛る。そこをあの天使が狙うって
寸法だろう?」
「先輩!き、聞こえますか?」
声が流れながら足音が聞こえてきた事に『今だ!』と覚悟を決めた映一が叫ぶ。
足音が止まる。何も見えない静寂・・・距離感か、映一に今まで聞こえなかった
闇の中の宅間裕司の呼吸音が届いてくる。闇だけじゃない。映一の覚悟は固まった。
「戻ってきてくれませんか?みんなはもう解ってもらってます。
・・・俺もう死んじゃうんです!でも先輩がいてくれたらきっと紗栄子ちゃんも」
「お前が紗栄子の名前を言うなぁ!!」
闇がくだらない理由で叫び返してきた。
「死神にとりつかれた哀れなやつ!どんだけ夢や才能持っててもな!死んだら終わりだな!
映画監督にもなれずこれまでやってきたことの無意味さを後悔しながら死ぬんだなお前!
ダサすぎだろ!」
「先輩、セリフが違いませんか?」 「あ?」
「先輩!き、聞こえますか?」 「・・・。」
「戻ってきてくれませんか?みんなはもう解ってもらってます。
・・・俺もう死んじゃうんです!でも先輩がいてくれたらきっと
紗栄子ちゃんも、紗栄子ちゃんも」
「だからお前がぁ」(まさか、こいつ)
再び熱くなった闇の叫びがどもり止まった。
「もう一回いきますよ。先輩!き、聞こえますか?」
リテイク、闇の中の意識が気づいた。
「戻ってきてくれませんか?みんなはもう解ってもらってます。
(この下り、あれだ。)
「・・・俺もう死んじゃうんです!でも先輩がいてくれたらきっと」
(あいつ自分の事を言ってるんじゃないのか?言葉変えてもこの場面は、)
「紗栄子ちゃんも、紗栄子ちゃんも笑ってくれますから!!」
ズキン!(ぶしゃっ)
裕司の心に深々と何かが刺さる激痛が走る。刺さったモノが貫いて敗れた箇所から何かが
吹き出てくる感触を感じた。
『おいおいおいおい、目を覚ませ、もうすぐなんだぞ!もうすぐお前の望み全て叶うんだぞ!
妹も全てお前のものになるんだ!目を覚ませ!』
「目なら覚めてるでしょ!さあもう一回です!」
闇がぎょっ!とした。歩みを止め何かに思いつめ男の意識が自分の巣へ楔のような先端を
突き刺した事にディブグは男の心に語りかけた。その言葉を外から指摘されたのだ。
闇がざわつき始める。闇の正体はディブグ自身だった。霧、ないし微生物の集合体のような
病魔としての存在であるこの悪魔は自信を果てしなく広げ一帯を暗闇にしてしまう能力を持つ。
影を利用し自身の物質を増やし闇そのものを硬質化し武器にすることもできる。が、
その武器化に意識と魔力を向ける必要があり使う魔力も膨大なのでそうそうそれをやることはない。
ざわつきは動揺とその躊躇の表れ。
横に倒したパイプ椅子で男の方向からは見えていないが針生戸はマリアに少し指を触れていた。
カインとの前日の回想。
「その石があるきぎり襲われることはない。まぁあの男との契約を満了しない限りは悪魔は
他に人は襲えないんだけどな。でも、本当に大丈夫か?お前と女だけで?」
「話を聞く限り、ディブグという悪魔を先輩から引き離さない限り悪魔は先輩から出ないし
カインさんもあいつを仕留められないんですよね?」
「ああ、外に出てきたあいつをどんだけ殺してもあいつの核は男の心の中枢にある。
契約した段階であいつの魂は握られたようなもんだ。」
「しかも一度でも悪魔を認識し、その悪魔の誘惑に負け悪魔と契約し満了条件までのいくつかの
条件を満たせばもう取り返しはつかない。あれはもう手遅れだ。」
「いいや、手遅れなんかじゃない。最後の最後の最後まで諦めないってのが人間に残された強みだ!」
「カインさん!」 「まぁなんかの漫画の受け売りだけどな。」
「はあ・・・。」 「あれを言っているのか?でも出来ると思うか?」
漫画の受け売りと聞いて呆れる針生戸だったが、否定的だったプリンシパリティが思い当たった
事に顔を上げる針生戸。
「あいつの契約条件は間違いなく妹の事だ。その上で映一のことにも心を揺らした。
映一への嫉妬というよりもっと別の何かだな。お前はもうなんか気づいてるんだろ?」
「はい。あの人は俺以上に映画好きなんですよ。しかも作るほうが!
俺はあの人の話を形にしたいんです!あの人は絶対映画に進めるんです!」
カインが映一の目を見る。カインは死神。針生戸映一はその予定者。
死へのカウントは止まってくれない。それなのにこの少年は自分の死をかけても
その男の可能性を、男自身も投げてしまった可能性を信じてこの計画に臨んでいる。
カインはその心意気を買って自分の胸の宝石のマリアに手をかざす。
マリアは優しく光るとその手におさまる。その手を映一の手に合わせマリアを渡した。
「これを貸してやる。こいつは俺の魔力の金庫みたいなもんだ。ほとんどの魔力はこの中にある。
まぁ性質が少し違ってな。魔力というよりお前ら人間の霊気に近い。だからお前が持ってても
あいつらには気づかれないだろ。当日、予定通り体育館に一人で行け。
んで予定通り紗栄子ちゃんがきたら取り巻き連中含めて全員ひっぺがす。どっかで待機させるよ。
体育館はお前ら二人きりだ。まぁよろしくやってろ。」 「カインさん!」
「まぁそうゆっくりする間もなく奴は来るだろ。どうせストーキングしてくるだろうし。
体育館は全開しておけばいいが、どうせ全て閉められる。いいか?距離はとっとけよ?」
「簡単な立ち稽古なんで舞台にいると思います。」
「おあつらえ向きだな。悪者とヒーローの構図としては!」「おい!本当にいいのか?」
プリンシパリティが割ってはいる。
「どうせやつは魔力で体育館全体を闇にする。魔力感知はできないぞ?」
「こいつらは霊気だからわかるだろ?こぼれないように、とあと騒いでも大丈夫なように
ガミジン達に強化結界を張ってもらっとこう。あとは・・・その日の体育館の使用状況だな。
よく考えたらお前らだけじゃないんだろ?」
「はい、確かバスケ部かバレー部のどっちかが午前と午後のどっちかで。
あとはバトミントンと卓球部が、あ、卓球は休みだったかな?」
「ああわかったわかった。そのへんをどうするかだな・・・まぁ洗脳・・・催眠、うーん。」
「予定を変えるだけならなんの事はなかろう。手は貸そう。」
「おお!プリン本当か?」 「プリンはよせ!!!」
「それならなんとか二人きりにできるな!本当によろしくやっていいぞ!あはは。」
「カインさん!それよりこの宝石、今受け取っていいんですか?」
「ん?ああ、今のうちからお前の霊気に合わせておけば当日は完全に霊気は同調してる。
そっちのほうがマリアもお前を守りやすい。あっちは体育館暗闇にしちまうが
マリアは光るからな。いいライト替わりになる!」 「・・・ん?」
「どうかしたか?」 「なんか、この宝石がカインさんに怒ってるような・・・。」
「はは、そうか、悪い悪い。今度ちゃんと詫びるから。しばらくお守り頼むぞマリア。」
そういって針生戸の手のマリアに手を優しくかぶせたカインの表情もまた優しかった。
「ああ、あとマリアの特性としては人の心が伝わってくるんだ。意識をなくしてると無理なんだけどな。
意識があってその上その意識がマリア側に向いてる時マリアに少しでも触ってると相手の心が
なんとなくではあるが読み取ることができる。あの男の意識はあいつの乗っ取られてるかもしれないが
本人の意識ははっきりしてるはずだ。じゃないとあの体はまだ本人のものだからな。
何かしら攻撃してきても多少は対処できるはずだ。あとはお前次第だけどな。何考えてるかしらんけど
お前がやる!っていうんだから全力で頑張れよ!」
・・・・・・・
「そうか!!賢者の石か・・・あの野郎の強さは先読みもあるからな。ウワサにはなってたんだ。
心が読めるんじゃねぇかなって。だがヤツぁ小悪魔程度の能力の成長版だ。そんなデリケートな
能力はねぇ。だとしたらアレしかねぇよなぁ!くっそぉもったいねぇな!
おいこらカイン!石のねぇ今のお前なんかにゃ負けねぇぞ!!こん中入ってこいやぁ!!」
「・・・行くなよ、お前」 「い行くわけけねぇだろろろおお?なんにいっちゃってんだあ?」
呆れながらなだめるプリンシパリティ。その横で完全に怒っているカイン。
舞台のスポットの二人、それを取り巻く悪者の闇。
その外の観客席で約一名ヒートアップさせながら、舞台は進んでゆく。
なんかとしてこれは完結したいと思っています。
よろしくお願いします。