↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/59

第五十九話。

カダスと精霊を呼び出そうぜ、と言って集まったのは、その後少し経ってからだった。


場所はいつもの石碑の前だ。


十六階外周の、あの妙に落ち着く庭の一角。石碑の周囲は、精霊たちを呼ぶにはちょうどいい。風の流れも、土の匂いも、魔力の溜まり方も、他の場所とは少し違うのだとカダスは言っていた。


俺とカダスはアンデルセンからドラゴンの肉をもらい、石碑の前に立った。


ドラゴンの肉は相変わらず存在感がある。生のままでも、ただの肉塊とは思えない圧があるし、匂いだけで普通の獣肉とは格が違うと分かる。こんなものを精霊への供物に使うのだから、そりゃあ何か来るだろうという気もした。


カダスがまず言う。


「肉の前に、血を少しくれ」


「肉の前に、か」


「そうだ。ドラゴンの血は特別だからな」


俺は収納からドラゴンの血の水袋を取り出して渡した。カダスはそれを受け取ると、用意していたコップに二つ分ける。片方を俺へ差し出した。


「おれも呼びたいやつがいるんだが、まず説明しとく」


俺はコップを受け取りながら頷く。


カダスは自分の方の血を少し揺らして見せた。


「ドラゴンの血は、とんでもない強壮薬になったり、治療薬になったりする。それ自体がすごい素材なんだ。そういうのがとても好きなやつがいる」


「誰だ?」


「カラドリウスって神鳥だ」


その名は、前世の知識にも薄くあった。白い神鳥。毒や病を吸って癒やすとかなんとか、神話めいたところで聞いた覚えがある。


カダスは続ける。


「こいつが来ればデカい。治療の術を持っている。怪我の他に、病気や毒に対してものすごく効果のある術だ。俺の神聖魔法が霞むくらいの効果がある」


「そんなにか」


「そんなにだ。やってみるか?」


俺は即答した。


「やってみる」


「よし。呼び方はな……」


カダスは少しだけ姿勢を正した。


「我求む、カラドリウスよ来い、だ。わかったな」


「わかった」


コップを持ちながら、俺は精霊術を意識する。


今までとは少し違う呼び方だ。数多の精霊へまとめて呼びかけるのではなく、ひとつの名を持つ存在へ明確に手を伸ばす。


俺は息を吸い込んだ。


「我求む、カラドリウスよ来い」


何も起きない。


もう一度。


「我求む、カラドリウスよ来い」


石碑の周囲の空気がわずかに張る。


さらにもう一度、意識を込める。


「我求む、カラドリウスよ来い!」


すると、ふっと白いものが現れた。


鳥だ。


最初は小さく見えたが、近づくにつれて白さがはっきりしていく。翼も、嘴も、爪も、どこかただの鳥ではない清浄さがあった。白というより、光を含んだ薄銀に近い。


カラドリウスは空中でホバリングしながら俺の持つコップへ近づくと、そこに入ったドラゴンの血を器用に飲み始めた。


「……来たな」


「来たな」


カダスも嬉しそうだった。


向こうを見ると、カダスの方でも呼び出しに成功したらしい。同じような神鳥が、カダスのコップから血を飲んでいた。


血を飲み終わると、俺の呼んだカラドリウスは、そのまま俺の肩に止まった。


軽い。


だが、止まった瞬間に肩口からじわりと暖かいものが入ってくるような感覚があった。体の深いところの疲れを、鳥がじっと見ているような気配もある。


カダスが、やったぜ、と小さく拳を握る。


「こいつの懐かせ方は簡単だ。魔術のヒールや神聖魔法のヒーリングをかけると、それを食う」


「食う?」


「食う。回復の魔力そのものをな。しばらくやってたら、治療の術を教えてくれるはずだ」


「なるほどな……」


肩のカラドリウスは、俺の耳のすぐ横で静かに羽を整えている。嫌な感じはしない。むしろ、少し落ち着く。


カダスはそこで、次の肉塊を石碑の前に置いた。


「さて、では肉でやってみよう」


「こっちが本番か」


「ドラゴン肉だからな。どうなるかわからん」


カダスは言いながら、いつもより少し真面目な顔になった。


「今度は、我求む、数多の精霊たちよ、この肉を捧げる、来て我を試したまえ、だ。やってみろ」


俺もドラゴン肉を置き、深く息を吸った。


「我求む、数多の精霊たちよ、この肉を捧げる、来て我を試したまえ」


最初は静かだった。


だが、唱えているうちに石碑の前で風が巻き始める。


それは小さな渦だったが、すぐに竜巻みたいに立ち上がった。土と落ち葉と、わずかな魔力の粒が巻き上がる。俺は思わず目を細める。


その中から、色々な精霊たちがやってきた。


今まで見たことがあるものもないものもいた。


匂いを嗅ぐもの。

俺の腕や服を舐めるもの。

頭の上に乗るもの。

足元を這い回るもの。

肩に止まろうとするもの。

影の中から覗くだけのもの。


しばらく俺は動けなかった。


下手に動くと逃げるかもしれないし、逆に嫌われるかもしれない。カダスも「じっとしてろ」と目で言っている。


そのまま待つ。


だんだん数が減っていく。


飽きたやつ、合わなかったやつ、ただ匂いを確かめに来ただけのやつが、ひとつずつ離れていく。


残ったのは三体だった。


ウェンディゴ。


クマ。


ライオン。


ウェンディゴは、相変わらず怖い容貌だった。長い牙と鉤爪を持つ、人の形を少しだけ残した冬の怪物。以前カダスが呼んだ時も嫌な迫力だったが、今回はそれが真正面で残っているのでなおさらだ。


クマはどっしりしている。大きく、重く、動かなくても圧がある。


ライオンは別の意味で存在感があった。黄金に近い毛並みと、じっとこちらを見る目が妙に賢い。


「おお、なかなかだぞ」


カダスが感心したように言う。


「ウェンディゴは『ウェンディゴ召喚の術』だ。ウェンディゴを召喚して戦わせることができる」


「それ、普通に怖いな」


「怖い。でも強い」


カダスは次にクマを見る。


「クマは『剛力』。力をしばらく倍化する。慣れるまで予備動作が大きくなるから、攻撃には使わない方がいいぞ」


「使いどころを考えるやつだな」


「そうだ。持ち上げる、押す、抑える、そういうのにも向く」


最後にライオン。


「ライオンは『カリスマの術』だ。一定時間、魅力の数値が上がる。非常に使いやすい術だ」


「またミラーカが喜びそうなやつだな」


「たぶん食いつくな」


俺は三体を見比べた。


どれも癖が強い。


だが、明確に役に立つ。


ウェンディゴは召喚戦力。

クマは剛力。

ライオンはカリスマ。


戦闘にも交渉にも使える。嫌になるくらい手札が増えていく。


「カダス、お前は?」


「今やる」


カダスもドラゴン肉を置いて、同じように呼びかけた。


すると今度は、別の精霊がやってきた。


バジリスク。


ガーゴイル。


どちらもいかにも嫌な感じだ。


バジリスクは石化の術。

ガーゴイルは硬直の術。


「とんでもないな……」


思わず本音が漏れる。


石化も硬直も、通ればかなり凶悪だ。カダスは自分の前に残った二体を見て、満足そうに笑っている。


「ドラゴン肉、やっぱりすげえな」


「だな」


俺は肩のカラドリウスをちらりと見た。


こっちは治療系。

あっちは状態異常系。

さらに俺の三体は召喚と強化と魅力。


偏っているようで、妙にバランスがいい気もする。


「とりあえず」


俺は言った。


「ウェンディゴ、クマ、ライオンは肉でいいんだな?」


カダスが頷く。


「たぶんな。今のところそれで懐く」


「じゃあ、他の精霊と一緒に甘やかすか」


俺は収納からさらに肉を出した。


ウェンディゴ、クマ、ライオン。そこにいつものフェンリス、ルナ、キマイラ、ハヤブサ、キツネ、チーター、フクロウも来ている。石碑の前は、妙な精霊だらけになっていた。


「……すごいな、これ」


「すごいだろ」

とカダスが笑う。


俺は肩のカラドリウスを指で軽く撫でた。


「お前はお前で、ヒールをやってやるから待ってろ」


カラドリウスは静かに羽を震わせた。


今までの精霊たちも、今回新しく来た精霊たちも、みんな気ままだ。だが、それぞれが何かを与えてくれる。


「ほんと、増えたな……」


そう呟くと、カダスが少しだけ真面目な顔になった。


「それだけお前が、いろんなもんを引っ張ってこれるようになったってことだ」


「そういうもんか」


「そういうもんだ」


俺はしばらく、石碑の前に集まった連中を眺めていた。


白い神鳥。

冬の怪物。

クマ。

ライオン。

狼。

狐。

翼。

月の輪。


こんな光景を、一年前の俺は想像もしなかっただろう。だが今は、これが自分の日常の一部になっている。


そして、その一つ一つが、これから先の旅でまた役に立つ。


そう思うと、少しだけ嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。