第10話『聖女の恋文(Sクラス信書)輸送大作戦‼』後編
焦げた土とむせ返るような血の匂いが支配する戦場。耳を劈く、狂気じみた高笑い。
視線の先。
冷酷無比な社長レイジ・ノワールと、側近のワルイゾフ・ゴイツ。
「利益のためなら、働くみんなの命も魂も『ただの材料』として使い潰す」。それが彼らの胸糞悪い「やり口」。
((……なぜあの下働きたちは、致命傷を負っても倒れず剣を振るい続ける?))
【UI:対象『強制駆動の呪縛甲冑』】
【状態:違法拘束】
【問題点:痛覚完全遮断/強制連続稼働/労災隠蔽】
【推奨行動:契約解呪(白炎)】
((……ボロボロになるまでこき使われた、前世の自分と重なるぜ。
痛みさえ奪って、死ぬまで働かせる……逃げ場のない、地獄のような閉じ込めだ。
やれやれ、どこの世界にもルールも正義もこれっぽっちもない、真っ黒で汚い場所は絶えないな))
地を蹴る。
重力から解放された青いもふもふ。
宙を舞い、白き炎を顎門に宿す。
狙うは兵士の命ではない。
彼らを縛り付ける悪辣な呪縛の源。
「ピルルルッ♪(訳:不当な呪縛、この白炎で『契約解呪』する)」
装甲の継ぎ目、契約の要のみを的確に炭化させる神業の一閃。
パラパラと崩れ落ちる呪いの甲冑。
縛めから解放された下働きたちが、大粒の涙をこぼし、安堵と共にその場へへたり込む。
((次はあの労災隠しの首謀者どもごと、完全にスクラップにしてやるか))
極大のブレスを準備した、その瞬間。
「オーッホッホ! そのスキャンダル、いただきますわーッ!」
死地と化した戦場の空気を、根底から破壊する下品な高笑い。
巻き上がる土煙。
突如として乱入してくる、趣味の悪い超豪華な馬車。
それが、グラトニー商隊の陣形のど真ん中へド派手に突っ込む。
木材と装甲が激突する鈍い粉砕音。
物理的に無惨に轢き潰される、精緻を極めた闇の魔法陣。
「は!? お前誰だよ!」 怒髪天を衝き、顔を真っ赤にして怒鳴り散らすレイジたち。
「さあ、その手紙を寄越すのですわ!」
空気を一切読まず、けばけばしい扇子を振り回して喚くマダム・キーツィ。
両陣営が入り乱れる大混乱の盤面。
極限の緊迫感が、見事なまでにゼロへと帰す。
この致命的な隙。元社畜が見逃すはずもない。
【UI:違法業者 グラトニー商隊 および 悪質クレーマー】
【罪状:業務妨害/違法兵器使用/強制労働】
【証拠保全:完了】
【推奨行動:お仕置パンチ=(蒼属性ブレス)】
((どちらもマトモに相手をするだけ時間の無駄だ。まとめて『お掃除』してやるよ))
喉の奥で、ガマンの限界をぶち破り
解き放たれる、なにもかもを溶かすような蒼い光。
それは、ズルを許さない『真っ当な商売』の鉄槌だ。
視界を完全に白く染め上げる極大の熱量。
荒野を抉りながら直進する暴力的な奔流。
煙が晴れた後に残るのは、見事な球体のアフロヘアになり果てたキーツィたち。
「プゥーッ」 震えるお尻から情けない破裂音を響かせ、ポンポンのようにアフロを跳ねさせながら空の彼方へ逃走していくポンコツ一味。
そして、直撃を食らったグラトニーの首脳陣。
白目を剥き、両鼻から「ツーッ」と見事な鼻血を垂らして完全に沈黙。懲戒解雇レベルの、圧倒的な完全KO。
静寂を取り戻した戦場。
重厚なジュラルミンケースのロックが、冷たい金属音を立てて解除される。
一切の汚れなき、淡い桃色の封筒。
Sクラスの士気向上アイテム。
涙目で丸まっていたチキンハートの手に、それは確実に届けられる。
震える指で封を切り、便箋の一行目に視線を落とした瞬間——世界が静止した。
乱れていたハルトの呼吸が、嘘のように静まり返る。
涙に濡れていた瞳に、絶対的な強者の光が宿る。
立ち上がる英雄。
彼の背に、見えない光の翼が広がるような錯覚。
纏う空気が一変し、大気がビリビリと震える。
その顔はもう迷子ではない。
国を背負う、比類なき最強の聖騎士の顔。
そう、もう迷子ではない……はずだった。
だが、現実は残酷だ。
戦場はすでにドランともふもふ家族によってほぼ壊滅状態。
ハルトは聖剣を握りしめ、力強く叫んだ。
「今こそ……僕の真の力を見せてあげる!!」
……しかし、周囲はすでに静まり返っている。
フェンリーが尻尾をパタパタさせながら、
「(……もう終わってるけどな)」という顔でこちらを見ている。
((……おいおい、タイミング悪すぎだろ。せめて敵がもう少し残っててくれればカッコよかったのに))
ドランは小さくため息をつく。
ピルルルッ♪(訳:……まあ、元気になって何よりだな)
「ピルルルッ♪(訳:まぁ、とにかく最速輸送任務、これにて完璧に完遂。)」
「きゅるん♪(訳:リーファ、帰ろうぜ)」
短い前足を、ぽふっと伸ばす。
潤んだ瞳でチビドラを見つめ、そっと、だが力強く抱きしめるリーファ。
「ドラン、ありがとう。幼馴染の故郷を守ってくれて……」
むぎゅっと顔面が豊かな胸に埋もれる。頬に伝わる柔らかな温もり。
((この無垢な笑顔を見るたび、前世でこき使われてボロボロになった魂すら、救われていく気がする。……この温もりを守るためなら、俺はどれだけ汗を流したって構わないさ))
小さく喉を鳴らし、見上げる空。
どこまでも青く、爽やかな風が吹き抜けていく。
幻聴のように、カンパネラの澄んだ鐘の音が耳の奥で優しく響き渡っていた。




