清彦くんの家
日曜日、昼、わたしはわんこと散歩している。わんことわたしの運動のため、いつもより少し遠くまで行く。するとそこで見知った背中を見かける。
「清彦くん」とわたしは声をかける。振り向くその人はやっぱり清彦くんだった。
「ええと……朗読会の?」
「うん。こんなところで会うなんて」
「家が近所なんだ」わんこがリードをひっぱりながら清彦くんに向かってしっぽを激しく振っている。人懐っこいね。なでてもいい?大丈夫だよ。
こうやって面と向かって話すのは1年生の時に飲み物を聞いて以来だった。烏龍茶とあの時、彼は控えめに答えたのだった。夏が盛期を迎えるころ次の朗読会がある。わたしたち3年の図書委員にとってはそれが最後の大きなイベントだった。
今日の清彦くんは少しやつれているように見える。口元に生えた無精ひげがそう思わせるのだろうか。
「清彦くんは買い物?」
「いや眠れなくて散歩してた」
「そうなんだ」軒先の庭でアマリリスが揺れている。夏至へと一日一日、日が長くなっている。
「家に遊びに来る?」ふと清彦くんがいう。
そこからほど近くのマンションが清彦くんの家なのだった。玄関でわんこのリードを外す。わんこは猛ダッシュで部屋の中を物珍しそうに走り回っている。本当はわたしもそうしたかった。作家の家に来れるなんてそうめったにあることではないだろう。わたしはきょろきょろと周りを見回す。清彦くんは部屋を案内してくれる。書斎兼寝室にもリビングの壁にも本がたくさん並んでいる。すべてが書庫になっている部屋もある。
気分で部屋を移動しながら書いていると彼はいう。キッチンで書くこともあるよ、なんか落ち着く時があるんだよね。全体的にきれいで整理整頓が行き届いている。汚くて雑多で臭い兄の部屋とは全く違った。
「書くのに詰まると掃除するからね。あんまりいいことじゃないのかも」
「いいことだよ。わたしのお兄ちゃんの部屋はきのこが生えたこともあるんだよ?」
清彦くんはキッチンにいる。わたしはソファに座って待っている。わたしは清彦くんにわんこのことを話す。バンッて撃ったら倒れる芸を覚えさせたいんだけど、撃つたびにこっちに走ってくるんだよね。不死身の犬って家では呼んでる。
日々のことも話す。橋子と永遠とのこと。清彦くんはふんふんと聞いている。
「へぇ、なんだかおもしろそうな毎日だね」
「そうなの。おもしろいよ、だって高校生だもん。清彦くんはどんな生徒だった?」
「うーん、なんのために生きてるんだろうってそればかり考えていた」
「答えは見つかったの?」
「今もふと考えることがある」
キッチンからいい香りが漂ってくる。両手にカップを持ってやってきて清彦くんはわたしの隣に座る。近いかもしれない。その時はじめて浅はかだったのではないかという思いがこころに浮かび上がるのだった。




