でもずっと今のままで
しばらくとても寝づらかった。今のわたしは奇跡のようなバランスでたまたま上手くいっているが、眠っているうちにその均衡が崩れてしまって、朝起きたらまたもとに戻っているんじゃないか、そう思ったからだった。だから朝に目が覚めるとまず何かを喋ってみた。中身はなんでもよかった。わたしはわたしを確認する。
「わたしは藤原いばら。高校2年生。好きな者はワンピース、すき焼き、青い色」「わたしは藤原いばら。もうすぐ高校3年生。大切なものは家族。お母さん、お父さん、お兄ちゃん、わんこ」「わたしは藤原いばら。わたしのともだち。橋子、永遠、クラスのみんな」「わたしはいばら。3年生になるのを待ち望んでいる。でもずっと今のままでいたい気もする」わたしは毎日どもらずに話すことができた。少しづつ明日の自分を信頼できるようになった。自然とまた眠れるようになっていった。
今なら好きと自然に言うことができる。口は滑らかに動く。何度でも好きなだけ言うことができる。でもそれを言いたい相手はもういないのだった。
「元気にしてる? 溶け残る好きを送るね好き好き好き」とわたしは詠う。
春が来る。まばゆくて、赤子の頬のような春。新しい春は最後の春でもあった。わたしたちは3年生になる。クラスが変わり、自己紹介がある。初めてわたしは上手く話すことができる。クラスのみんなとたくさんのいい思い出を作っていきたい、そうわたしはいう。2年生の時に同じクラスだった人も何人かいた。サカダチ君は芸を磨き続けて今は指だけで逆立ちできるようになっている。
女子のみんなからすぐにレスポンスがある。わたしたちはSNSに新しいグループを作る。昼も夜もわたしたちは会話する。わたしは喋ることに喜びを感じていた。もう言葉を節約する必要はない。話しやすく言い換える必要もない。思った分だけ言葉にして、音に乗せていいのだ。沖縄で見たあの海のように、自由が遠浅に広がっている気がした。どこまでも行ける。それはわたしのこころに新しい火を灯した。
3年生になった早々にわたしたちは進路希望の紙を提出しなくてはいけなかった。進学か就職か決めなくてはならない。進学なら、どこの大学のどの学部かもいくつか書かなくてはならなかった。今こんなに楽しいのに、どうして未来のことを考えないといけないのか。どうして何者かにならなくてはいけないのか。でも時間は平等にわたしたちの背中をせっつくのだった。




