ざわざわ
なかなか帽子を捕まえることができない。帽子に近づいたと思えば風が吹き、帽子は飛ばされ、また近づいては飛ばされる。それが何度も繰り返される。わたしは礎の中を右往左往する。これじゃ帽子が汚れてしまう。ここに来てから上手くいかないことばかりだ。良かれと思って来たのに。急になんだか嫌になってくる。わたしは立ち止まる。すると帽子も絶妙に届かない位置で止まるのだった。わたしは隙を狙って走る。すると帽子は飛んでいく。いらいらしてくる。
「もう、なんなの?ちょっと!」とわたしはいう。するとわたしを囃し立てるように葉擦れの音がざわざわと鳴る。わたしは闇雲に帽子に向かって走る。すると帽子は飛んでいく。走る。走る。走る。わたしは肩で息をする。ざわざわざわざわ。
「ひ、ひいおじいちゃん! ひ、ひ孫が、来てるんだよ! なんとかして!」とわたしは叫ぶ。すると、ぴたっと風が止む。わたしはゆっくり帽子に近づく。手を伸ばす。後数センチ。風が吹く。帽子は飛ばされる。ざわざわが再び始まる。わたしはこころが騒然として立ち止まる。なんだというのか。風に何かの意思があるような気がした。
わたしをからかっている。わたしが何か悪いことをしただろうか。何が気に障ったというのか。学生生活の一大イベントの修学旅行、その中で最もみんなが楽しみな自由行動の日にここに来ている。自分のためではなく祖父のために曾祖父のために来ているのだ。褒められこそすれ、からかわれる筋合いはないではないか。何かいけないことをわたしはしたというのか。なぜこんなことをするのか。何様のつもりなのだろうか。
そこまで思って、ふと立ち止まる。わたしは一体何を言っているのか。誰にものを言っているのか。ちいさな正しさを振り回して、わずかなことに苛立って。苦しみに来いといったのはなんだったのか。舌の根の乾かぬうちに。恥ずかしいなとわたしは思う。風が止む。わたしと帽子は広場に来る。




