歌いだしたい気分
「改めまして、小野寺橋子です。よろしく!」彼女が屈託なく手を差し出してくる。わたしは手を重ねる。胸が痛んだ。
「ふ、藤原、い、いばら、です」橋子が握り合った手をぶんぶんと振る。
「ねえ藤原さん、わたしの靴を見て」橋子は右足のつま先をたてる。彼女とわたしの室内履きには同じ赤い色の線が入っている。
「わたしたち、同級生なんだよ?」と彼女がいう。さも幸運に恵まれたことのようにいう。
「知らなかったね」
「う、うん、し、知らなかった」
「なんかわたし、歌いだしたい気分。恵美ちゃん先生歌ってもいい?」
「ちょっとだけならね」
「新しい仲間ができた~ラララ~」と彼女が歌う。
仲間。仲間とはなんだろうとわたしは思う。初めて言われた言葉だった。友達とはどこか違う気がするが、どこが違うかといわれるとよくわからない。それぞれの言葉のイメージは重なりあっているところがある。友達では失敗したわたしでも、仲間でなら上手くやれるだろうか。
その日からわたしは、図書委員見習いになる。昼ご飯はそれからも準備室で食べた。当番の日には橋子と一緒に食べた。
「お、小野寺さん、いつも、メロンパンと、い、イチゴ牛乳だね」
「うちのお母さん朝が弱くて朝食もお弁当も作ってくれないの。専業主婦なのに。どうなってるの?悲劇の誕生!」わたしはお裾分けしてあげる。彼女はありがたがって食べる。
「他所の家のご飯ってなんでもかんでも美味しく感じるよねえ」
橋子と一緒に本に透明なカバーをかける。よく見ててねとハサミと定規を持って彼女がいう。切ったり折ったり剥がしたり貼ったりする。完成した本を恵美ちゃん先生に見せる。空気入ってるねと先生がいう。くっ……これがなかなか難しいの。わたしもやってみる。やだ、藤原さん上手いんだけど。出来た本を恵美ちゃんに見せる。上手だねといわれる。わたしは手先が器用だった。藤原さん、もう私の専門学校から卒業しちゃうの?私悲しい、と橋子がいう。




