忘れられた服
夏休みが終わり、学校が始まり、わたしはまだ半袖のシャツを着ている。昼休み、わたしの席に藤本さんが近づいてくる。
「藤原さん、ご飯一緒に食べようよ」と彼女はいう。わたしは驚いた。い、いいよとわたしはいう。
藤本さんは一番最初に声をかけてくれた子だった。その後は山村さんたちのグループにいた。
「いいの?」と聞くと「いいよ」という。
藤本さんが私の前に座る。彼女のくちびるはかさかさしている。髪の毛はパサパサしている。眉毛が繋がりそうになっている。スカートが長い。渋谷さんたちとは大分違った。
「わ、私の話、聞きづらい、かも、しれないけど」
「そんなこと気にしないよ」
わたしたちはそれ以来一緒にいるようになった。話すネタのメモ帳をわたしはまた持つようになった。途中から一緒に登校し、途中まで一緒に帰るようになった。帰り道、話し足りず途中にあるベンチに座って過ごすこともあった。
藤本さんの隣に座ると、いつも変わったにおいがした。わたしたちが振り撒いている、洗剤やせっけんやシャンプーやデオドラントや香水とは違ったにおいだった。それはいつか着ようと長くしまっておいて忘れられた服のようなにおいだった。彼女のどこからも香ってくるのだった。とてもいいにおいとは思えなかったが、嫌ではなかった。それはわたしの隣にいてくれる人のにおいだったから。わたしの隣にいてくれる人の個性なのだ。だからそのにおいを何に分類してどんな感慨を抱くこともなかった。わたしはそのにおいを受け入れ包まれていた。
わたしは吃音を忘れて話すことができた。もう友達だろうか。まだ知り合いなのだろうか。日を重ねるごとに藤本さんへの思いは強くなっていった。渋谷さんや、北川さんへの想いとは比べ物にならなかった。
仲は十分に深まっているように思えた。後は決定的な何かが、約束、誓いのようなものを交わす日が来るのではないかと予感していた。友達になるとは、離れ離れだった互いがひとつになるとはそういうことだと思っていたのだ。わたしはその時が来るのを待ちわびていた。
長く話して喉が渇いた時、わたしたちは近くにある自販機でもコンビニでもなく、一軒の昔からあるスーパーに行った。いつそうなったのかはわからないが、彼女が誘ったのだろう。スーパーの前で「何が飲みたい?」と彼女はいつもわたしに聞いた。わたしに外に待っているように言い、買ってきてくれた。お金を払おうとするといつも彼女は断るのだった。
わたしもあえて強くはいわなかった。それは好意の前貸しのようなものだと思っていたから。いつかわたしは返すのだ。金額で表すことのできない価値で返すのだ。そんなことをスーパーの前で思いつめながら待っていた。
どうして一緒にスーパーに入って選ばないのか。そのようなことは頭にもよぎらなかった。待っててといわれたから待っていた。彼女は「買ってきてくれたと」今、わたしは言った。その時のわたしはそう思っていた。




