5. 街道にて
熊の恐ろしさを知っているだろうか。
よく、街に現れた熊を殺処分したら、殺すべきでなかった、森の奥に逃せばよいと好き勝手なことを言う人がいるが、それは野生の熊と一度も相対したことのない人なんだろう。
荷馬車と同じくらいの大きさの熊を見ながらそんなことを考える。
正しい対応としては踵を返して森の中に逃げ帰るということなんだろうが、この前では悲鳴の主も殺されてしまうだろうし、よく見ると荷馬車から離れたところに人間が転がっている。
生きているか死んでしまっているかはわからないがこのままでは食べられてしまうだろう。
何より僕にはこの剣がある。このまま気づかれずに後ろから攻撃ができたのならば確実に仕留められるだろう。
僕は慎重にかつ急いで荷馬車の方へと走っていく。荷馬車と熊まであと20m熊は叫び声を上げている人間に執着しているようでまだこちらに気がつかない。
先程から荷馬車に熊が乗りかかっているが、荷馬車の幌もまだ壊れてはいないようで、ずいぶん丈夫な荷馬車である。
10mまだ気付かれない。5m、2m、1m……熊の真後ろまできたがオモチャに夢中になっているように気付かれない。
僕はすっと剣をかかげると荷馬車を切りつけないように熊の胴体目掛けて一気に振りおろす。
スッと音を立てて刃が通り過ぎると少し遅れて熊の胴体が二つに割かれて、真っ赤な血がこちらに降りかかってきた。
馬車に火が移らないように燃えないように切ったのは誤りだったのかもしれない。
うわぁぁぁあぁ
ぁぁぁああ
ぁぁぁ……
身体にまとわりつく血に辟易としていると、荷馬車の主の叫び声が少しずつ小さくなっていく。
状況が変わったことに気づいたのだろう。
そう思って荷馬車の方を向くと、ゆっくりと少しずつ一人のおじさんが顔を出した。
「ひっ……わっ……」
血だらけの僕をみたためか、驚いたようだ。
「もう出て大丈夫ですよ」
安心させるようにそう声をかけてみたが、言葉が出てこないのか分からないのか、こちらをみて男は固まっている。
ゆっくりと男の視線を追うと僕の下半身へと視線は向いていた。葉っぱ一枚を腰からぶら下げて走ったらどうなるかというと、うん、モロだしですね。
僕は素早く後ろへと半身を回転させた。
「こっ、これは色々ありまして……」
僕がしどもとどろに伝えると、向こうも商売人なんだろう、居住まいを正して
「この度は命を救ってもらったようで、ありがとうござい……ブフッ」
再び振り返ってこんにちはした僕(隠語)をみまた吹き出してしまった。
おじさんはひとしきり腹を抱えて笑ったあと横倒しになった荷馬車へ戻っていき。
「これで身体を拭いてください。それから私のでサイズは合わないと思いますが」
といって、布切れ(タオルがわりのものなのだろう)と水、そして服の一式をわたしてくれた。
「あ、ありがとうございます」
なによりも有難い。身体にまとわりつくぬるい血液をゴシゴシと拭き取って、どれくらいぶりかわからない服という文明を身に付ける。
なんだろうこの身体を包む安心感。服っていいなぁ。
そんなバカなことを考えている間におじさんは場所を抜け出して、道に転がっている人たちを介抱していた。
寝転んでいる人はわずかに身じろぎをしていて、少なくとも命を取り留めていることがわかる。
よかった
そう呟いておじさんの手伝いへと向かう。
寝転がっていたのはごついガタイのおっさんであった。商人のおじさん(タインさんというらしい)の指示に従って鎧を脱がせたり、馬車から水や飲み薬のようなものを持ってくるなどお手伝いをすると、やはりさすがファンタジー世界なのか、薬を飲んだ後の体調の回復が著しい。
護衛のおっさん(ライルさんというらしい)はどうやら骨が折れてしまっていたらしく鎧を着れるまでは回復しなかったが、ずいぶん良くなったようだ。
荷馬車も魔法の力で強化されているようであれだけ熊に襲われていても目立った傷などは見つけることができなかった。
普段なら襲われても何ということもないらしいのだが、あの熊はラージグレイズラーベアーと言われる特殊な大型の熊であり、馬車自体をひっくり返されるとどうしようもなかった。
タインさんと協力してそのひっくり返った荷馬車を起こしたのだが、これまた剣の影響か信じられないくらいの力を発揮でき、タインさん、ライルさんにずいぶんと驚かれてしまった。
いや一番驚いたのは多分僕なんだけども。
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